第125話 魔族との邂逅
「……貴方はあそこにいたんですね」
わずかな時間で憔悴してしまったクウヤにタナトスが声をかける。その声は詰問するような声ではなく、同情に満ちたものだった。
「……ああ」
「あの場所へは貴方自らの意思で?」
「結論から言えばそうなる。ただ、結末があんなことになるなんて……」
静かに句切れ句切れに語るクウヤの言葉をタナトスは静かに聞き続ける。本職で培った信徒の懺悔を聞いていた経験が物を言い、クウヤはとつとつと心中を吐露し始めた。
「はじめはあまり深く考えず、自分の力を試したくてあそこへ潜り込んだんだ。でも一緒にいた孤児たちの扱いを見て……」
クウヤは黙り込み、視線を下げながら拳を握る。口を真一文字に結び身体を僅かに震わせている。
「あの場所で起きたことについては聞いています。所長の暴走とは言え、我が国に何の責任もないとは言い難いと思います。それ故、関係者を処分し、あのような場所が二度とできないよう対策はしたつもりです」
タナトスはクウヤを諭すよう語り続ける。クウヤも先程の興奮は冷め、静かにタナトスの言葉を聞いている。
「……あの場所のことを思い出すと得体のしれない感情が沸き上がってどうしようもないんだ」
クウヤは付き物が取れたように穏やかに語る。先程の興奮状態が嘘のようである。タナトスのクウヤを見る目も穏やかで静かにクウヤの話を聞いている。
「そうでしょう。まだ幼かった貴方が受け止めるにはあの場所で起きたことは重すぎます。むしろ、そのような光景を目の当たりにして、理性を保ち続けていることのほうが驚きです」
タナトスの静かな語り口はクウヤに一定の安心感を与えていた。
「……気が済んだ、クウヤ? ほんとしっかりしてよね」
ルーがぶっきらぼうにクウヤへ言葉を投げつける。腕を組み、斜に構える。
「まあまあルーさん、許してあげてください。目に見ることのできない心に積もった重荷はいつどこで心を乱すのかわかりませんから。クウヤ殿も、心乱れたときはいつでも言ってください。お手伝いいたします」
タナトスはやや苦笑いし、ルーをなだめながらクウヤに声をかける。
クウヤはタナトスに軽く会釈し、謝意を示す。
ルーはそんなクウヤに苛立ちをみせ、強引にクウヤを動かす。
「ほら、クウヤ! 魔の森へ行きましょう、早く!」
「ちょっ、ちょっま……」
ルーがクウヤの背中を力任せに叩き、引きずる。
憐れクウヤはされるがままであった……
その姿にヒルデは大きく息をついた。
「るーちゃん、もっと素直になればいいのに……」
ヒルデはルーに聞こえるか聞こえないかの微妙な大きさの声で一人つぶやく。
蚊帳の外のエヴァンは目の前で繰り広げられた光景を、ただ眺めるしかできなかった。
――☆――――☆――
クウヤたちは一旦トゥーモへ向かう。魔族に話をつけるためである。魔族との交易などはすべてトゥーモ経由となっていて、交渉事の窓口もこの街だけだった。
もし同意なく魔族の領域たる魔の森へ進入すれば魔族に対する敵対行為とみなされる。最悪の場合魔族との戦争にもなりかねなかった。
そのためどうしてもこの街で一度魔族に話をつけなければならない。クウヤたちが魔の森へ行くのはリゾソレニアの救援のためであり、魔族と一戦交えるつもりないからだ。
魔族に話をつけ魔の森の魔物を討伐することは魔物の発生源を元から絶つためにはどうしても必要なことであった。
魔族からすれば魔の森の外で他種族の国が存亡危機を迎えようと全く関係のない話である。リゾソレニアの立場からすれば理不尽な話ではあるが、それが魔の森から溢れ出た魔物が原因であったとしてもである。
「この街がトゥーモですか。ずいぶん栄えていますね」
港に上陸したタナトスは港の盛況ぶりに感心する。タナトスの性格からその言葉は皮肉ではない。ただ周りの人間にはそのようにまっすぐ捉えられるとは限らない。
「確かに栄えていますね……リゾソレニアの騒乱が嘘のよう、ですよね? あれだけの人が犠牲になりながら、ここは我が世の春を謳歌するなんて。そうは思いませんか、猊下」
ルーは斜に構えタナトスに挑発するように話しかける。
タナトスはなぜルーがつっかかってくるような物言いをするのかわからず、首をひねりながら答える。
「リゾソレニアの状況は厳しいものがありますが、だからといって、他の地域が同じ目に合わなければならないということはありません。この街が繁栄を謳歌できるのならそれはそれで喜ばしいことだと思いますが……」
「……そうですね。もういいです」
自分から挑発しておいて、ものの見事に肩透かしをくらい上げた拳の下ろしどころを失いバツの悪い思いをするルー。
「まあまあるーちゃんたら……」
ヒルデが苦笑しながら、ルーをなだめる。ルーの真意に感づいている彼女はただルーをなだめるだけだった。
「何やっているんだ? 行くぞ」
その場の空気を読めないクウヤがルーたちをせかした。
「クウヤが悪い」
「痛っ……な、何なんだよ……」
ルーはクウヤにバツの悪い思いをすべてふつけるように八つ当たりする。状況を理解していないクウヤはなぜルーに殴られたのか皆目見当がつかない。
「何怒っているんだよ? 何かしたかな?」
クウヤはルーの顔をのぞき込む。のぞき込まれたルーはぷいっと顔を背ける。
「……クウヤが悪いんです。あんなことを抱えていながら、一言も言ってくれなかったじゃない。私じゃダメ……?」
そう言ってルーは上目遣いでクウヤを見る。その表情に思わず、クウヤはやられる。
「……い、いやだめじゃないけれど。あのことはそんなにおおっぴらに話すことじゃないし……だ、だからその」
なおも上目遣いのルーに、クウヤは何を話すべきか迷い、しどろもどろになる。
「ハイハイるーちゃんたち、天下の往来でそんなことしないの。街の人の邪魔でしょう」
ヒルデがクウヤたちのやり取りに割って入る。クウヤとルーは周りを見た。二人をもの珍しそうに横目で皆から通り過ぎる人々が彼らの目に入る。
クウヤとルーは顔を見合わせ、お互いに空笑いする。
「……とにかく行きましょうか」
最終的にはタナトスに促され、その場を離れた。
――☆――――☆――
クウヤたちはトゥーモの中心にある街にあるどの建物より立派な建物に到着した。
「ようこそ、トゥーモへ。リゾソレニアからはるばるお越しくださいました」
トゥーモの街長はクウヤたちを形式的に歓迎した。
「すでに魔族の代表団の方はおつきです。さあお早く中へ」
魔族の代表団はすでに到着しクウヤたちを待っているという。クウヤたちは挨拶もそこそこ、建物の中へ入っていった。
「こちらの部屋です」
街長が先導し部屋に入る。クウヤたちもそれに続く。
部屋の中には大きなテーブルがあり、すでに何人か着席している。魔族側の代表者たちだ。魔族たちは腕を組み瞑目しながらクウヤたちを待っている。
「少々遅くなってしまい申し訳ない。こちらがリゾソレニア側の代表者とその付添人の方々です。付添人の方は面識があると思いますが」
街長は魔族たちにクウヤたちを紹介した。クウヤたちが魔族たちをみると前に魔の森を探索した時に案内人を務めた魔族がいる。
「お初にお目にかかります。リゾソレニア代表のタナトスです。我が国の緊急事態につき早速本題に入りたいのですが」
タナトスが開口一番魔族との交渉を始めようとした。魔族はその瞬間眉をひそめ、タナトスをにらむ。
「まったく……リゾソレニアの人間はモノを頼む手順というものを知らんらしい。何事もそれなりの手順というものがあるだろう?」
魔族は不快感をあらわにした。タナトスはやや怯み、次の言葉を探す。
「これは汗顔の至り。何せ我が国は存亡の危機にある。そこのところを斟酌されたい」
タナトスは魔族に対し謝罪の念を示すとともにリゾソレニアの窮乏を訴えた。しかし、魔族の反応は冷淡なものだった。
「貴国がどのような危機にあろうとも我々の関知するところではない。貴兄は何か大きな勘違いをされているのでは?」
魔族は若干侮蔑したようにタナトスの訴えをこともなげに否定する。タナトスは魔族の反応に内心たじろぐがそんな様子は表に出さなかった。
「なるほど。そちら側の立ち位置については了解した。ではどこから話を始めればよいですかな?」
タナトスは恥辱に耐え、なおも魔族との交渉を続けようと話し続ける。それに対し魔族の反応は冷淡そのものだった。
「さて……こちらとしてはリゾソレニアの状況なぞ関知するところではない。と言いたいところですが、遠路はるばるこのような辺鄙なところまで来られた方に何の手土産もなく返したとあっては魔族全体の名誉にもかかわりかねません。我々にも矜持というものがありましてな」
そこまで言って、魔族は言葉を切り、黒い笑みを見せる。タナトスは内心何を言われるのかと恐怖した。
「我々魔族は過去、さまざまな人間に迫害されてきました。特に特定の宗教を信仰する集団には相当の辛酸を味あわされてきました」
魔族はそれまでの口調とは打って変わって静かに語り出した。しかしそのことが魔族の恨みつらみの深さをいっそう強調する。特に『特定の宗教を信仰する集団』のところについてはことさら力を込め強調する。
「魔大戦の罪を生まれながらに問われ続け、ありもしない罪で迫害を受けるだけでなく、無残に四肢を八つ裂きにされ、生きながらに肝を切り取られ、幼子ですら凌辱される屈辱と痛みを――」
魔族は鋭く殺気のこもった視線でタナトスを射抜き言葉を続ける。
「――そのことは貴兄がよくご存じと思いますが、ヴェリタ教皇タナトス殿」
この魔族の呼びかけで誰に対する非難かをタナトスは悟る。直接名前を挙げて非難したわけではないが、態々タナトスを教皇と呼んだところから明らかにヴェリタに対する非難であった。
タナトスは信徒の一部に過激な行動に走り、他教徒に対し理不尽な行為を繰り返していることを漏れ聞いていた。彼が教皇になってからそのような行為を戒めていた。他教徒との共存を望み、教団の引き締めを行ってはいた。しかし、過去に行った行為があまりにひどく、またディノブリオンを筆頭とする過去の教皇はヴェリタの優位性優越性を強調するあまり、そのような悪逆非道な行為に対しては見て見ぬふりをしていた。そのような雰囲気のあった教団の信徒が魔大戦の元凶とされた魔族に対しどう行動するのか――火を見るよりも明らかだった。
魔族の話していたことは『魔族の迫害は過去のヴェリタの罪であり、その罪の清算もなくヴェリタの国であるリゾソレニアが存亡の危機に陥ったからと言って迫害していた魔族に力を貸せとは何事か』ということであった。
その意図はタナトスには届いていた。しかしながら一国を背負う以上個人的な罪悪感や謝罪で済む話でないことも十分理解していた。
「……不幸な過去の歴史については聞き及んでおります。非常に残念なことでしたが我が信徒の一部に不心得なものがいたのは紛れもない事実であります。私が教皇となりそのような不心得ものがでないよう信徒の引き締めをはかり、過去の清算を行っております」
この回答で魔族側の満足を得られるとはタナトスは思っていなかった。しかし、立場上過去の問題にとらわれ現在の非常に深刻な問題をうやむやにされないため、タナトスの必死の弁明が続く。魔族は胡乱な目をしたままタナトスの弁明を聞いている。
「そんな過去がありながら、魔族の領域たる魔の森へ足を踏み入れられることに抵抗感を持つのは理解できます。しかし我が国とて生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているのです。過去の問題があれど引き下がるわけには参りません」
「なんと都合の良い……これだから人間は……」
魔族たちはあきれ顔でタナトスの弁明を非難する。
「なんともあまりに都合の良い話ばかりで、空いた口が塞がらない。これ以上は時間の無駄だ」
そう言って魔族たちは席を立つ。タナトスは慌てて引き止める。
その時、誰かのつぶやきが聞こえる。
「ケツの穴の小さいこと」
そのつぶやきに魔族たちは激昂する。
「何ぃ?」
タナトス以外の口から出た言葉に魔族たちは思わず発言の主の方を睨む。その先にいたのはクウヤだった。
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