第98話 皇帝の策謀

「クウヤ様、急なお話で申し訳ありませんが陛下のお召しにございます」


 会議後、控室でクウヤがマグナラクシアへ帰還の準備をしているときに突然皇帝の執事が部屋に入ってくる。皇帝から急な呼び出しであった。


「陛下が……? あ、はいわかりました。急いで向かいます」


 皇帝の思惑が分からず、戸惑うが迷う暇もないので、取るものもとりあえず執事とともに皇帝の下へ向かうことにした。


「すまん、ちょっと行ってくる。ある程度荷物の整理は済んでいるんで、遅くなったら俺の荷物は適当に積んでおいてくれ」


 仲間にそう頼むと、部屋を出ていく。

 皇帝の下へ向かう道すがら、クウヤはどんな用向きで呼び出されたのか、あれこれ考える。


(いったい何の用で……? 急に呼び出されてもなぁ。どうせ、また無理難題を押し付けられるんだろうけれど……やってられないよな。とはいえ、やらないわけにかないしなぁ……はぁ、厄介な)


 クウヤは皇帝の身勝手な振る舞いに嫌気がさしていた。しかし自分の立場を考えると表立っても文句を言うこともできず、ついついため息が漏れる彼であった。皇帝の待つ控室までは帝宮の皇帝私室へ向かう道のりに比べればはるかに短く単純な道のりなのだが、今のクウヤには帝宮のものと大した差は感じられない。


 そうこうするうちに、皇帝が控室に使っている貴賓室へ到着した。


「陛下、お連れしました」


 クウヤに先立ち、執事が入室し皇帝に報告する。クウヤもそれに続いた。目の前にはやや不自然な笑みを浮かべ、部屋の中でくつろぐ皇帝がいた。


「おぉ。よく来たの。ま、近こうよれ」

「失礼します」


 皇帝はとってつけたような好々爺然とした態度で迎え入れる。クウヤはどんな無理難題を押し付けられるのかと内心戦々恐々としていたが、極力表に出さないよう作り笑いでごまかそうと努力する。


「そう緊張することはなかろう。魔の森へ向かう前に少し打合せしておきたいことがあってな。そうややこしい話ではないと思うが多少時間をもらうぞ」


 クウヤは内心『今まで呼びつけられてややこしくない話をしたことがあっただろうか?』などと突っ込んでいたが、さすがにそれを口に出すことははばかられ、苦笑するしかなった。


 内心、心穏やかでない思いはあったものの表立って文句のいえないクウヤは皇帝の話をとりあえず聞くことにした。


「とりあえず、今回の会議では、主要国の同意を得、連合軍の編成の合意を取り付けることができてめでたい。クウヤ、お主も会議の場でもご苦労だったな」


 当たり障りのないねぎらいの言葉だったが、皇帝の性格を考えると次にどんな無理難題を切り出されるのかと緊張するクウヤ。とはいえ何も反応しないわけにもいかず、生返事するにとどまった。

そんなクウヤの反応に思わず苦笑する皇帝。


「ふ……。まあよい。帝国としては今回の会議でかなりの外交的な成果が上げられた。外交的なところではな。当然次は内政……という話になる」


 皇帝はクウヤの反応を見ながらわざとらしく区切りながら話を進める。クウヤは話を区切られるたびにわずかながらおびえの表情を見せる。その表情が気に入ったのか皇帝は繫々とクウヤを見つめ、卑下た笑みを浮かべる。


「……クウヤよ、お前が魔戦士になるとして、我が帝国で一番難色を示しそうなものは誰か分かるか?」


 唐突に皇帝に質問され、回答に窮するクウヤ。仕方なく、思いついた名前を挙げる。


「……一番に反対するのは我が父ドウゲンでございましょう。父は私が魔戦士の試練を受けることに猛反対しておりましたので……」


 その答えに皇帝はやや失望の色を示した。どうやら、皇帝の望んだ答えではなかったらしい。クウヤは動揺を隠せないでいる。


「……まぁそれはそうだが。そんなことよりもっと厄介なヤツがおるであろう。お主もよく知っているのではないか」


 仕方がないといった表情で珍しく皇帝が助け舟を出す。クウヤはなぜこんな回りくどいやり方をするのかわからないまま、考え続ける。クウヤの額には嫌な汗が流れ始める。


「分らぬのか? 意外とお主は察しが悪いのう……」


 皇帝はため息をつき、クウヤを見る。その目には失望と同時に侮蔑の眼差しが混じっていた。その視線を感じ、クウヤは焦りを感じる。


「……お爺様……公爵では?」


 クウヤは恐る恐る皇帝に答える。皇帝は『やっと思い出したか』と言わんばかりの顔をしている。


「そうじゃ。公爵じゃ。ヤツは裏で何か良からぬ策謀をめぐらしておる。今のところ、我が帝国に仇成すようなことにはなっておらんが、漏れ伝え聞く話によれば、ヤツは古の技術を復活させることに躍起になっているとか。ヤツは自身の手で魔戦士を造ろうとしているのではあるまいな?」


 皇帝は探るような目で、クウヤをさり気なく睨む。断片的でも公爵のしていることについてクウヤから情報を引き出そうとしていた。


「……畏れながら、そのあたりの話については何も存じておりません」


 本当に何も知らないクウヤはそう答える以外の答えを持っていなかった。


「……そうか……それは残念だな」


 皇帝は落胆の色を見せたが、探るような目は変わらなかった。どうやら、別のアプローチがないか探っているようだった。

 クウヤは皇帝の次の行動が読めず、どう行動すべきか決めかねていた。


「……しかし、お祖父様が魔戦士復活のための古の技術を復活させようとするのは何のためでしょうか?」


 クウヤは皇帝の考えを探るため、あえてそんな質問をしてみる。それに対し、皇帝はいいさかも表情を変えない。


彼奴きゃつの考えは計り知れないところがある。このワシでさえ、その真意を測りかねている。だからこそ帝国にとって危険なのじゃ。帝国の安寧のために、不確定要素は可能な限り排除しなければならん。その意味で公爵のしていることは看過できるものではない。しかし、現状では彼奴の行動を縛る大義名分がない。縛ろうとしてもあのタヌキは、簡単に尻尾を出すまい。そういう状況なので彼奴のすぐそばまで近づけるお主なら尻尾をつかめると思うてな。前にも頼んだが、なお一層彼奴の動向を探ってほしい」


 皇帝の『お願い』という名の命令にクウヤは少し意識が遠のく感覚がした。


「陛下、お言葉ですが……」


 クウヤは反射的に出た言葉を途中で濁した。彼の立場から、皇帝の『お願い』に異議を唱えることにためらいを感じたからだ。


「何か問題でもあるのか?」


 何となくクウヤのささやかな抵抗を感じ取った皇帝はクウヤに問いただす。クウヤは皇帝の問いに答えあぐねる。


「……いえ、問題と申しましょうか、何と申し上げればよいか……」


 クウヤの歯切れの悪い回答に皇帝は少々焦れてクウヤを急かす。


「構わぬ。有り体に申せ」

「は。ありがとうございます。では……有り体に……」


 クウヤは大きく息をして、意を決したように語りだす。


「私が魔戦士となれば、以前のように『祖父と孫』の関係を維持するのは難しいと思われます。というのはこちらはある意味公爵に匹敵する力を持つことになります。自分に匹敵する力をもった義理の『孫』……あの公爵が今まで通りの関係を続けるとは思えません。となれば、公爵の身近で様子をうかがうのは困難になるものと思われます」


 皇帝はクウヤの言に一理あると思い、目配せし続きを急かす。


「そうすると公爵の真意を探る方法について再考しなければなりませんが、愚考いたしますに選べる方法は限られます。その中で可能性の高い方法は――」


「――その方法とは?」


「魔戦士となった暁に公爵との直接対決を申し込むという方法です。古の技術を用いて魔戦士を創造しようとしているならば、自ら開発した技術がいかほどのものか興味を示すはずです。となれば、魔戦士となった私に興味を持つのは必定、その『性能』についてはもっと興味を持つことでしょう」


 クウヤはまっすぐ皇帝を見つめる。場所が場所ならば、無礼打ちされても仕方がない行為をあえてした。そうすることで、ほどを示したかったからだ。

 皇帝も静かにクウヤの話を聞いている。


「古の技術を復活し魔戦士の創造を狙っているのならば、間違いなく何らかの反応を示すはずです」

「なるほどのう……しかし、公爵は本当にのってくるか? 流されたらどうする」


 皇帝は顎に手を当て考えるポーズを取る。クウヤはつかさず、続けて自分の考えを話し続ける。


「その時はその時です。その場合、公爵は黒に近い灰色から白に近い灰色に変わるだけのこと。大差はありません。陛下が掴まれたという情報が真なれば、十中八九間違いなく、何らかの形で応じるでしょう」


 皇帝はクウヤの話に満足したのか、玉座の背もたれにもたれかかり、怪しげな笑みを浮かべる。


「……子供の戯言と看過するには惜しい考えよの。考えが雑なところは否めないが、基本的なところは面白い。その話、進めようではないか。些事は任せる。お主と執事長とで話を進めよ、良いな?」


 皇帝の決は絶対決定事項である。この場に皇帝の決を覆すことのできるものはいなかった。


「よし、懸念事項について一定の見込みができて何より。後はお主が魔戦士になり、我が下へ戻るのを待つだけだな」


 その言葉にクウヤは平伏する。皇帝はその時思いついた。確実にクウヤが魔戦士となった後、自らの下へ戻ってくる縛りを。


「よし。勅命として、命ずる。汝クウヤ・クロシマよ魔戦士となり、我が下へ再び参れ。わかったな」


「クウヤ・クロシマ、勅命を拝命いたしました」


 クウヤとしてはまだ皇帝に対し、いろいろ言い足りないことがあったが、勅命が下され話が終わってしまった以上退出する以外の選択肢はなかった。


 仕方なく、クウヤは一礼し、貴賓室を出る。


「……さてさて、アヤツがどう化けるか楽しみじゃわい。公爵に対するカマセ犬くらいにはなってもらわんとな。ふっふぉふぉ……」


 室内で皇帝は一人ほくそ笑んだ。

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