第20話 ソティスの心労

「それで、肝心の話はどうなんです?」


 話途中で作業に没頭し始めたクウヤにソティスは質問する。何やら彼の考えに一抹の不安を持つ彼女としては彼が何らかの行動を起こす前に手を打つべく情報が欲しかった。場合によっては、彼の情報を基に犯人と思しき人物、組織などを事前に排除できればと考えていた。


「文献によれば、似たような事件を引き起こしている集団が一つだけ見つかった。どこだと思う?」


 クウヤはまるで見たこともない昆虫を見つけたように嬉々として話す。ソティスは彼のそんな態度に多少苛立ちを感じながらも、次の言葉を待つ。


「……ヴェリタ教。過去の事件からすると可能性が高いと思う」

「ヴェリタですか………。随分とやっかいなところに目星をつけましたね」


――ヴェリタ教。それは元々北方の土着の信仰を起源とする教えだったが、大魔戦争後、一神教的思考とそれと同時に排他的独尊的思想を強めた教えである。その教えの排他的独尊的傾向のため、周辺諸国と諍いが絶えず、しばしば帝国とも問題を引き起こしていた。特にかの教えを信奉するものが異端視される理由は強烈な殉教精神であった。教えを守るためには自らの命をも惜しまずといえば聞こえはいいが、非信者から見れば単なる自爆破壊工作集団でしかなかった――


「それでなんでまたヴェリタに目をつけたんです?」

「過去の殉教事例と魔法技術。歴史の本を読むとそう思える。自爆は死ぬこと良しとしないとできないし、遠隔操作で魔法を発動させるためには相当な魔法技術がないとできないし。この2つをあわせて考えるとヴェリタぐらいしか候補に上がらない」


 そこまでの説明を聞いて、ソティスはクウヤの分析に感嘆するとともに違和感を感じた。齢5歳ほどの子供がこれほどの分析力を発揮できることは異常であり、何も知らない人の目を引くことがあるかもしれない。そのことが彼女には不安に感じられた。あまりに突出しすぎる能力は彼の素性を暴露しかねない危険なものだった。とはいえ彼女から見ると、現状では分析の精度はさて置いて、事件解決の取っ掛かりとして有力なもののようにも思えた。


「…わかりました。一度子爵様と相談してみます。クウヤ様はもうしばらく調べていただけますか?」

「わかった。やってみる」


 そういうとソティスはクウヤの自室を出ていく。クウヤは再び嬉々として本の山に向かう。そんなクウヤを見て、彼女は大きくため息を付き、顔を左右に振りながら扉を閉める。


自室に残されたクウヤは未だに本の山に埋もれて、本を読みあさっていた。


「さて、戦闘に使えそうなものはないかなっと……」


 クウヤは本の山の中から魔導書の類を引っ張りだし、更に読みふける。分厚い魔導書には様々な魔法が紹介してある。炎をだす魔法、旋風を起こす魔法、空気中の水分を抽出する魔法など多岐にわたっていたが彼はその中で戦闘に使えそうな魔法を探す。


「おっ、これは使えそう。……どこで試そうかな…。…………何だか眠い」


クウヤは不意に睡魔に襲われる。本に囲まれつつ、彼は眠りの世界へ誘われていった。


――――☆――――☆――――


 廊下はいつものごとく光と影の強いコントラストをなしていた。ソティスは子爵の執務室へ向かう道すがら、クウヤのことを思い悩む。あの事件以後、彼の様子が明らかに異常な行動を示しており、そのことが気がかりでならなかった。さらにその異常な行動から彼が転生者であるという確信を強めており、そのことも彼女を悩ましていた。そんなことを思い悩みながら、長い長い廊下を歩いていく。


執務室の前に着いたソティスは扉を叩く。程なくして子爵の返事があり、彼女は入室する。


「どうした? またあいつが何かやらかしたか?」

「いえ、クウヤ様が犯人の目星をつけられたのでご報告をと」


子爵が珍しく冗談めかして尋ねたが、彼女は軽く受け流し、淡々と報告する。子爵は多少心地悪い思いをしたが、思い直し彼女の報告を更に聞く。


「犯人の目星だと!? 聴こうか」

「はい、結論からいえばクウヤ様のお見立てではヴェリタの人間だそうです」

「ヴェリタか…」


子爵はさもありなんと言いたげな態度で彼女の報告を聴く。それとともに険しい表情になり、内心策謀を練り始める。


「子爵様、いかがしましょうか?」

「“影”に探りを入れさせる。ことと次第によってはそのまま叩き潰す。……内々にな」


 しばし、子爵は沈黙し考え事をする。ソティスはしばらくその様子を見つめていたが話をすすめるために口火を切る。


「クウヤ様は?」

「あいつにはまだ早い。留守番をさせる」

「なぜでしょう?ゴネそうですが……」

「そこはうまく言い含めろ。ヴェリタの人間がやっているなら、ほぼ間違いなく裏でリゾソレニアが動いている。万が一のことがあって外交問題に発展すると厄介だ。アレにはそういう感覚がないからな。置いてく方がいい」


――リゾソレニア それはヴェリタ教教皇ディノブリオン四世が統治する国家。ヴェリタ教の教えに基づき国家運営される専制国家でもある。教えの実現のためには手段を選ばない国と周辺国から警戒されており、裏での闇工作も激しいとの噂の絶えない国家である――


「確かに厄介な相手ですが…。置いて行くと恨まれますよ。クウヤ様に」

「やむを得ん。ややこしいことをアレの関与でさらにややこしくしたくない。なんとかうまいことやってくれ、頼む」


 子爵にそう懇願されたソティスは困惑したものの、承諾する以外に選択肢はなかった。彼女は天を仰ぎ、己の悲運を嘆く。


「……わかりました。事が終わるまで、クウヤ様を引き止めておけばいいんですね?」


 子爵は無言で首肯する。ソティスは肩を落とし、大きなため息をつき執務室を出ようとする。


「…スマンな。アレを守ってやれるのはお前しかいないんだ。苦労をかけるがよろしく頼む」


 その言葉を聞いて、ソティスは胸の奥にこみ上げるものを感じたがそれを抑え軽く会釈するのみであった。彼女はクウヤの自室へ向かう。その足取りは執務室へ行くときより重いものであったが、しっかりと床を踏みしめ、一歩ずつ彼の自室へ向かう。彼女の心労募るばかりであったが、それも宿命さだめと気をしっかりと引き締めた。

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