第19話 やり直し幻想
クウヤは本の山に埋もれ、手当たり次第に読みあさっていた。呆れた様子でソティスが見つめていたが、全く気にしていない。更に彼は何やら書きものを初める。何をしているのか皆目見当の付かない彼女はただ首を傾げ腕を組みながら、彼の行為を眺めている。
「一体、どうされたのです、クウヤ様?説明してください。クウヤ様! 聞いてます?」
ソティスが一方的に喋るが当のクウヤは右から左へ聞き流す。そんな彼の振る舞いに、とうとう彼女の怒りが頂点に達し、抑えきれず大爆発する。
「クウヤァァッ様ぁぁぁ!!!!!!」
彼女は思い切り机を両手で叩き、クウヤの対応に抗議する。彼はそんな彼女の突然の小さな反乱に驚き、蛇に睨まれた蛙のように凍り付く。彼の様子を見て彼女ははっと我に返り、己の行為を恥じる。
「………失礼しました。しか、しクウヤ様どうしてそのようなことを……」
「いや、ただ僕は目の前で起きたことを理解しようとしているだけなんだ。そうしてないと……何かが心の奥から叫ぶ声が聞こえるみたいで、耐え難いんだ。目の前にいた子供たちが叫ぶんだ。そんな光景が頭の中から消えなくて、何か他のことに気を集中していないと……集中していないと……いないと…………」
クウヤは語り始めたがだんだんと言っていることが支離滅裂になる。しかも突然大粒の涙を流し、泣き崩れだした。そんなクウヤの様子をみて、何かを感じたソティスはそっと彼のそばに寄り、抱き寄せる。見た目ではわからないクウヤの精神的なダメージの大きさにソティスは改めて驚かされるとともに、彼の先行きを案じる。
「…………クウヤ様」
ソティスはただ何も言わず、溺れて死にかけた子犬のように震えるクウヤを抱きしめ続ける。彼女は彼の心の中をはかり知れず、ただ抱きしめ続けるしかなかった。しばらく彼は泣いた。押し殺すような声をあげ、彼女の腕の中で鳴きるづける。しばらく泣いたあと、ひとしきり泣いて落ち着いたのか、彼の震えが止まったのを彼女は感じた。
「落ち着きましたか?」
「…………ありがとう。落ち着いたよ」
クウヤは泣きはらし、赤くなった目をこすりながら無理に微笑む。そんな彼の姿にソティスは改めて彼の被ったダメージの大きさを知ると同時に彼の変化に気づく。事件前の彼であればただひたすら、拗ねて何もしないか、ただ甘えるだけだっただろう。そういった点でも、彼の中で大きく何かが変化したことが彼女にもはっきりと感じられた。
「………それで、何かわかりましたか?」
ソティスは重々しい雰囲気を変えようと、わざと話題を変えた。なんとなくそのことがわかったのかクウヤもそれに乗る。
「……難しいね。昔から帝国ともめていた国はたくさんあるし、爆発する魔法なんて割とありふれていいるみたい。ただ……」
「ただ………? 何でしょう?」
クウヤが言いよどみ考える。ソティスはそんな彼の発言の続きに意識を集中するが、彼の雰囲気の変化が気にかかる。今まで泣き続きていた子供が老獪な策士となった雰囲気を一瞬感じたためである。
「猟場や漁場の奪い合い、国境線争い、いろいろあったけど譲れないこともなかったんじゃないかな。あとから見ればほんの些細な理由で奪い合い、殺し合って、傷つけあってきて、全然協調することがなかった。それがこじれて今回の事件みたいなことがイッパイがあったけど…。でも、例外が一つだけあった」
「何でしょう?」
「大魔戦争……。このときは国同士の諍いが殆ど無い」
「そうなんですか?でもそれは例外中の例外では……。大魔皇帝と魔族の力があまりにも強大で各国の被害が甚大だったからではないのですか?」
「かもね。でもそれと似た状況に世界を追い込めば、再び世界は統一できるんじゃない?そうすれば、今回の事件のようなことは防げると思うんだ」
「……しかしそれは」
ソティスは一瞬、背筋の寒くなる思いがした。それは強大な力で総てを抑える強権的なやり方であり、その反動も大きい上に失敗すれば世界を破壊しかねない。かつての大魔戦争ように…。そこまで彼女の思考が至ったとき、クウヤが彼女にとっては衝撃的な発言を更に重ねた。
「…………もう一度やり直せないかな、“大魔戦争”を」
「クウヤ様なんてことを…………」
ソティスはクウヤの発言に絶句し、彼女が彼に対し初めて見せるような嫌悪の表情を見せた。彼は彼女の表情を見て、苦笑しながら更に説明する。
「いや、もう一度戦争しようってわけじゃないんだ。紛争が起きないように、押さえつける力を形にしたらどうかなぁってことなんだけど………」
クウヤは言葉を濁しごまかそうとするがソティスはかなり本気で怒り、クウヤを諭す。
「紛争を起こさない仕組みを考えるのいいですが、大魔戦争をやり直すなんて絶対言わないでください。あの戦争でどれくらいの被害をこの世界が被ったかお分かりですかっ!!」
「………いや、その…。……はい、すいません」
クウヤはソティスの語気の荒さに驚き戸惑い、ただただ平身低頭するしかなかった。
「でも、今までのやり方ではうまくいかないのは間違いないんじゃないかな。何もかも最初からやり直すぐらいのやり方でないと…」
「それはそうですが、大魔戦争を引き合いに出すのはおやめください」
思わぬソティスの反論にあい、クウヤは頭を抱える。とは言うものの、彼は“大魔戦争のやり直し”というフレーズを
「大魔戦争のやり直しはともかく、今回の事件の糸口になりそうなことは何か見つかりましたか?」
そんなクウヤの様子をみて いい加減、大魔戦争のやり直しから意識を外して欲しいソティスはまた話題を変える。彼は彼女の顔を見て、やや微笑み言い切る。
「はっきりした情報はなかったけど、調べる価値のありそうなことはみつけた」
そうはっきりと言い切ったクウヤの顔は仄かに黒く老獪な笑みが宿っていた。その顔を見てソティスは悪寒が背筋を走るのを感じ、彼の考えに一抹の不安を覚えた。彼が危険なところへ首をつっこみ、自ら危険を呼び込みそうな予感がしたからである。そんな彼女の心配をよそに彼は嬉々と更に本の山に挑みかかっていた。
(…………大丈夫かしら?)
ソティスの心労はまだまだ続くようであった。
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