第71話 真理への到達
「あんたなにしてるね!」
「うるせえ。ここが俺のいるべき場所なんだよ」
「ゆんなもそんな男とっとと離すね。魂が穢れるね」
「でもかわいそうだよぉ」
ああやばい、本格的にここへ居座りたくなってきた。慎ましやかな胸も悪くない。これじゃああいつと変わらないじゃないか。つまり変態の領域に足を踏み入れている。
──あれ?
「なあちとえり」
「なんね変態」
「いやな、変態変態と罵られるのは嫌かもしれないが、いざ自分で認めちまうとこれはこれで居心地がいいんじゃねえのかなって」
「勇者殿!? そ、その道は危険ね! 早く、早く戻ってくるね!」
ひとは受け入れがたいことに対して抗う生き物だ。
中二病で例えるならば、クラスで孤高を気取っている奴だ。周りのやつをギャーギャーうるさい他人の迷惑を考えぬクズと心の中で罵ってる感じ。でもいざ一緒になってバカ騒ぎすると楽しいんだよなぁ。
つまり今の俺は孤高気取り、つまりマイノリティな存在ではなくみんなで騒ぐマジョリティの側に立っているわけだ。
まてよ、ロリコンになった今の俺ならば、もしかすればごくまろのことを好きになれるかも。
ちらっ。
……うん、やっぱ無理だ。見た目にお姉さま的な美しさがない。
ああやっぱり俺は変態になれないらしい。
「勇者様! いまとんでもなく失礼なこと考えましたよね!」
「そんなことねえよ。被害妄想だろ」
「いいえ、今のは絶対『見方を変えてもやっぱりこいつガキだな』って顔でした!」
だからどんな顔だよ!
ちなみに今俺が考えていたのは『こいつにもきっと俺が惹きつけられる場所が……やっぱねえな』というようなことだ。
まあ然程ずれはないし、及第点をやろう。
「てか勇者殿、大切なこと忘れてないね?」
「なんだよ」
「もうじきゆんなちゃんと別れることね」
そういやそうだったな。
「まあうん、いいんじゃないか?」
「ずいぶんとドライね」
「そりゃまあ……」
個人的に絡むのを避けていたからな。かなり印象が薄い。
だけど散々目の保養にさせてもらってたし、特にあの黒スト様が似合う足は大変お世話になった。そう考えると一抹の寂しさがある。
「ごくまろ、お前確かカメラ持ってたよな」
「ええ。あっ、まさかみんなで記念に撮ろうというのですか?」
「いや足だけでいいんだが」
「サイテーですね」
ひとのこと言えんのかよ覗き盗撮者。それに今でも足しか見てないんだから変わらないじゃないか。
それにしても、もう山巨人族のいる場所に近付いているのか。初めてここへ来たときは遥か遠くに感じたものだが────
「ちょっと待て。今大事なことに気付いた」
「なんね」
「この星の赤道の周囲は何キロだ?」
「そんなん知るわけないね」
知っておけよ……というのも酷か。
この星は様々な星の寄せ集め、いわゆるキメラ星なわけだ。場所によって直径が全く違う。つまり単純な計算では表せられない。
全く見当もつかないから、地球と同じ4万キロと仮定しよう。
で、問題はゆーながどこから連れ去られたのか。ちとえりたちの国でならばまだ探しやすいだろうが、リング状に広い山巨人族の国を探すのは相当厳しいと思われる。
山巨人族の国というかこの世界は、恐らく俺の世界の国という分類とは異なるんだろう。同じ国の中にまた国があると思われる。大昔の日本みたいなものだ。紀伊の国とか武蔵の国みたいな。
で、ゆーなはその州のような国のどこにいたか、どの村だか町にいたかもわからない。はっきり言って探すのは無理だ。現代地球で例えるならば、密輸された動物を元いた巣に戻すような感じか。地域を大体で予測することはできても巣に帰すのはほぼ不可能だろう。
「んで、家が見つからなかったらどうするか」
「あー、山巨人族の住んでいるところが広大と思われるからどこから来たかわからないって話ね」
「そういうことだ」
「心配ないね。山巨人族の国はそんなに大きくないね」
「なんでだ? 外周なんだから一番でかいんじゃねえの?」
「海が大半を占めているね」
ああそうだよ、こいつらの国からずっと水が流れ落ちて溜まる場所なんだよな。例えるならばジンギスカン鍋の縁だ。んでもって溜まった水は魔法陣さんがなんとかしてくれるとかいうメルヘンチックな仕様。
「ところでどんな風に魔法陣さんが水を運んでいるのか見てみたいんだけど」
「あんたまだそんなん信じてるね? 嘘に決まってるね」
嘘と本当の境界線がわかんねえんだよ! 地球にゃ魔法陣さんなんてねえんだからひょっとしたらと思っても仕方ねえだろ!
「じゃあどうなってんだよ!」
「勇者殿の星だと赤道と呼ばれているところは、この星では蒸道と呼ばれてるね」
「蒸気の道?なんか意味あんのか?」
「そこは勇者殿の世界の数字で言うところの、摂氏300度ね」
超絶熱いな! 水なんて蒸発しまくって……ああそういうことか。蒸発した水は空気より軽いから、どんどん重力の軽いところへ流されていくわけだ。んでもってこいつらの世界は寒いからそこで降って来ると。
……いやなんかおかしいだろ。自然の摂理としてはそうあれば納得できそうなものだが、水蒸気は大して上空まで届かない。せいぜい数キロ程度なものだ。高い山の頂上は雲の上だったりするし。対してこの星の重力層がある崖は数十キロもある。届くわけない。
雲が崖にぶつかり水分を含ませ、毛細管現象で吸い上げ……これも無理そうだ。何十キロも吸い上げられるほど万能なものじゃない。もしそれほどの力があれば日本なんて大抵の地面がビショビショになっているはず。
「勇者殿、なんか難しい顔をしているね?」
「ああ。物理的におかしいだろって思ってた」
「えっ!? 勇者殿って物理語れるほど賢かったね!?」
こんなの中学生レベルの話だろ。
「じゃあヒントをあげるね。エッシャーの滝は知ってるね?」
「だまし絵だろ。あれこそ物理的に……」
……可能じゃねえか!
そうだ、重力が場所によって異なるこの星なら、水路をパイプにすれば可能なんだ。容量が異なる器に水を入れても繋がっていれば水面の高さは同じ。だが片方の気圧が異なれば水面の高さは変わる。
「理解したね?」
「できねーよ。短距離ならば可能だが、超長距離だぞ。無理に決まってる」
そもそもこいつらの国は重力が軽いはずなのに空気は然程薄くなかった。つまり大気圧はそれなりにある。だいいち真空状態でも水は10メートルほどしか吸い上げられない。
いや、重力が軽いのだからもっと吸い上げられるはずだ。とはいえ何十キロもの……違うな、いくつもの層を超えてきたのだから数百キロか。それだけの高さを上げるのは不可能だ。
「……勇者殿、この戦いが終わったら大学で教授でもやらないね?」
「こんなの日本だったらガキでも知ってんぞ」
全部中学で習うレベルだ。
だが中学や高校で習うような物理なんて所詮地球基準でしかない。重力が異なる場所がある星ではどうなるという教育なんて行われない。いや大学でも教えないかもしれない。てか根本的にそんな星が存在していないから無意味という考え方もできる。俺の世界には召喚魔法なんてないからな。
まてよ……全てがおかしすぎる。よく考えれば納得いかないことばかりだ。
そのうえでひとつの仮説に辿り着いた。これならば無理やりとはいえ納得できる。
「ちとえり、俺は多分すっげえ勘違いしてた」
「なんねいきなり」
「俺はお前に言われたまま、ここはいろんな星が召喚されて合体したキメラ星だと思っていたんだ」
「それはその通りね」
「お前は気付いていなかったのかよ。実はその考えが間違っていた」
「ど、どういうことね!?」
ちとえりが驚愕している。やはりこいつ自身気付いていなかったんだろう。
俺もまだ半信半疑だ。だがこの考えならば全て納得いくことができる。
「実は星の召喚なんて行われていない。ここは円環状に異世界へのゲートが開きっぱなしになっているだけなんだ」
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