第70話 勇者、堕ちる
「とくしまではどうあがいても私に勝てないんですよ」
後にごくまろが得意そうな顔で言っていた。
威力はとくしまの方が上でも速攻性がないもんな。対してごくまろは一瞬にして攻撃態勢に入れる。1対1ならとくしまに勝ち目はない。
「変態勝負ではごくまろの勝ちってことか」
「それじゃまるで私の方が変態みたいじゃないですか!」
ごくまろが憤慨している。
だけどどっちがより変態かというのは難しい問題だよな。ベクトルが全く異なる。
盗撮癖のあるごくまろは、覗きも好きだ。
とはいえ他人の私生活を覗きたいという気持ちは誰にでもあると思っている。ようはその気持ちが薄かったり理性が勝っている人が多いだけで、見たくないわけじゃないだろう。つまり一般的願望を露出させているのがごくまろだ。
対してとくしまは妄想の中だけとはいえ、他人に蹂躙されるのが好きなんだ。いやそれ普通に変態だろ。ようするにとくしまはナチュラルボーンアブノーマルなわけだ。
しかし一般人は理性のほうが強いから覗きたくとも行動したりなんかしないし、倫理的に宜しくないから他人にもやめるよう言い聞かせる。だからそれをやってしまうということは理性のタガが外れているわけで、つまり変態なわけだからごくまろも充分に変態素材なわけだ。
「勇者殿、どうしたね。そんな難しい顔をして」
「いや……ごくまろととくしまってどっちの方が変態なのかなって」
「「勇者様!!」」
ふたりが憤慨した顔で俺を睨む。一緒にされたくないのだろう、互いに。
「またアホなことで悩んでるね。勇者殿の頭の中はどうなってんね?」
「昨日それでふたりが喧嘩してただろ。そんでふと思ったんだ」
「あー……じゃあとくしまね」
ごくまろは両腕を天高く上げ、とくしまは床に膝をついた。なんとかペダルのゴールした瞬間を彷彿とさせる。
「な、何故ですかちとえり様! 私のどこに問題が!?」
ちとえりの足元へすがるようにとくしまは訴える。
「簡単なことね。ごくまろは私の弟子だからごくまろが疑われたら私まで疑われるね」
とくしまは自分の弟子じゃないから変態でも自分に疑いの目は向けられないってか。相変わらず自分本位な回答だな。
「ふぅむ。そうなるとこの馬車内の変態ランキングは、上位からちとえり、シュシュ、とくしま、ごくまろってことでいいな?」
「な……なんでね!? なんで私が一番なんね!?」
「いい加減気付けよ。お前ほどの変態は俺の人生の中でもいないぞ」
「じゃ、じゃあ勇者殿の友人のアレはどうね!?」
「あいつは別に友達じゃないが……あいつなぁ……」
確かにあいつはこの世の最底辺とも言えるロリコンとかいう変態だ。
だが世の中というものはバランスによって作られているんだ。明暗や善悪。つまり善であるお姉さま好きに対する悪のロリコンはバランス的に必須ともいえるため、おいそれと駆逐するわけにはいかない。必要悪という実に厄介な相手だ。
……おぅ、重要なことに気付いた。ロリコンが最底辺だというのなら、その対極であるお姉さま好きは最頂点ってことじゃないか。やはりな。
「勇者殿、まぁた変なこと考えてるね」
「……おおそれだよそれ! それも含めてお前らに色々聞きたかったんだよ!」
よく顔に出るとか目は口ほどにものを言うって言うけどさ、いまいちよくわからないんだよ。そもそも考えているときの自分の表情がわからんし。
でも撮ったり鏡で見る気はない。俺はナルシストじゃないからそんなじっくり自分の顔なんか見ていられない。
「唐突になんね」
「コムスメにも言われたんだけど、俺ってそんな顔に出るのか?」
「モロね。モロチンね」
「勇者様ほど顔に出やすい人って見たことないですよ」
それほどかよ。自分としてはポーカーフェイス気味だと思っていただけに若干ショックだ。
「……とか──」
「とかいって、ほんとはカマかけてるだけで読めないんだろ? って言いたげな顔ですね」
……言いたいこと全て読まれてた……。どんだけわかりやすい顔なのか逆に興味でてきたぞ。
「じ──」
「実は私が心を読む魔法を使っているだけじゃないかって言いたいみたいですが、そんな便利な魔法ありませんよ。第一魔法陣さんも出ていないじゃないですか」
ないのにそこまで読めるものなのかよ。そこまで表現しきれる自分の顔が怖いわ。
もう俺、喋る必要ないんじゃね?
「ああーもうどうすんね。勇者殿黙っちゃったね」
「表情だけでわかるんだったら言う意味ないなって思ったんだけどわかんなかったのかよ」
「常に読めるわけじゃないね。大抵アホな考えに行き着いたときだけね」
誰がアホな考えしてるってんだ。
だけど顔に出やすいというのはデメリットが多そうだし、なるべくやめるよう努力しよう。
「まあそのことはこの際どうでもいいや。それより勇者力ってなんだよ!」
「……ちっ、またあのコムスメ余計なことを……」
ちとえりが顔をそむけて舌打ちした。知ってて俺に隠していたんだろう。
「今更知らなかったは通用しねえぞ。それによると俺は最強に近いらしいじゃないか。今まで散々雑に扱いやがって」
「ナニをイってんね! だから大切に扱ってたね!」
「どこが……あ」
そういや基本、俺は矢面に立っていない。戦闘はごくまろやとくしまがメインで行っていて、俺は大抵見てるだけみたいな感じだった。
「戦闘面で気を使われていたのは確かに認める。だがその他はなんだ?」
「男は胃袋と玉袋を握っておけば離れないって言うね。その頑張りは認めて欲しいね」
玉の方は知らないが、そういう言葉はあるな。
「でも俺はお前らに胃袋を握られてないぞ」
「そんなの当たり前ね。料理なんて下賤な仕事するわけないね」
どこのお貴族様だよ。
「つまり胃袋を握れないから代わりに下を握ろうとしていたわけか」
「そういうことね」
それならばある程度辻褄が合うか。散々狙われていたし。
「だけどお前らでなんとかなるわけないだろ」
「長く一緒にいることで愛着や愛情が湧くこともあるね。そこから恋愛にハッテンしたりもあり得るね」
「ないな」
ロリコンは精神の病気だという説がある。だから俺のように健全な精神を持つ人間が堕ちるようなことはない。
「前、ごくまろにドキッとしていたことがあったね」
「あいつ顔はガキの癖に大人っぽい表情するときあんだよ」
つまりガキに対してなにかしらの感情を覚えたわけじゃない。そもそもごくまろは俺と同じくらいの歳だ。見た目不相応な時間を過ごしている。
だが俺と同じくらいということはガキということでもある。つまり眼中にない。あれは気の迷いみたいなものだ。若さ故の暴走な感じ。
「じゃあその表情が続けば問題ないってことね?」
「んなわけねえだろ。20過ぎてない女なんて動物と変わらん」
「だったらどうすればいいってんね!」
「わかってんだろ? レクシー様だよ」
レクシー様にできれば甘えさせて欲しい。いやわかってる。彼女は俺同様でガキが嫌いなことを。そして俺が同世代の女をガキだと思っているのと一緒で俺自身もガキだということもわかっている。しかしこればかりはどうしようもないんだ。
「オスガキはママにでも甘えてな」
「俺、母親いないんだ……」
「勇者殿、どうしてそうさらっと嘘つくね」
「黙っててくれよ!」
畜生、母親のぬくもりを知らない少年に母性をくすぐられる作戦が一瞬にして崩された。俺を引き留めたかったら少しくらい協力してくれてもいいんじゃないか?
ああ、またレクシー様の俺を見る目が酷くなっている。終わった……。
そんな打ちひしがれていた俺の肩を誰かがチョンチョンとつつく。そちらを見るとゆーなが俺を受け入れるように両手を突き出していた。
駄目だ、あいつは子供だ。姿はお姉さまだが実は違う。わかっている、わかっているのに体が言うことをきかない。
ふらふらと近寄る俺の頭をゆーなは胸へきゅっと抱きしめた。
ああ、俺、もうロリコンでいいや。
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