第69話 ごく
「おいコラちとえりぃ!」
「なっ、なんねいきなり」
夜になってから俺は早速ちとえりらを問い詰めることにした。突然の切り出しに困っているようだ。要するに俺から怒鳴られるようなことはしていないと思っているわけだ。
「お前、俺と他の奴ら相手じゃ態度違うらしいじゃねえか。どういうことだ?」
「そんなの当たり前ね。外交もできない人間はただの下賤ね」
「だったら俺にもそういう態度しろよ!」
「なにイってんね。勇者殿は内の人間ね」
俺は元々外の人間だろうが。なのにお前ら最初からそんなだったじゃないか。
「まあこの件は今更感があるからいいだろう。んで、どういった対応してたのか見せてくれないか?」
「それはできないね」
「なんでだよ」
「そりゃ……見られるの恥ずかしいね」
頬を赤らめて言うな。
大体、もっと恥ずかしいこと普段から言ってんじゃねえか。こいつの羞恥の基準が全くわからん。
「私たちは普段通りでしたよ」
「ああ、お前らはいつも丁寧な変態だもんな」
ごくまろは頬を膨らませながら無言でポカポカ殴ってくる。ええい鬱陶しい。
「勇者様は誤解しています。私は勇者様が思っているほどおかしくはありませんよ」
「とくしまはド変態の視点では普通だもんな」
更にとくしまが加わりふたりで殴ってくる。うぜえ。
「勇者様はもっと女の子に対してデリカシーを持つべきです!」
「ちゃんとあるぞ。でもお前らってジャンルで分けると女の子じゃなくて変態だろ?」
こいつら蹴りまで加えてきやがった。地味に痛い。
「勇者殿、なんでも本当のことを言えばいいわけじゃないね」
「俺は親父から正直に生きなさいって育てられたんだよ」
「正直に生きるのとなんでもずけずけ言うのは違うね。言えばいいってものじゃないね」
「それ、お前にそのまま返すよ」
攻撃してくる奴が3匹に増えやがった。いい加減キレんぞ。
だけど俺が本気で振り払ったら多分こいつら死ぬだろう。ムカつくが、流石に殺すほどは嫌いじゃないからおいそれと手は出せない。
「やめろやごるぁ!」
「へぶぁっ」
もちろんちとえりは別だ。こいつはなにをしても死なない。だから顔面に蹴りを入れても大丈夫。
「ちょっ、勇者様! それは流石にどうかと思います!」
「ごくまろはちとえりがこの程度でどうにかなると思ってんのか?」
「なるとは思ってませんが、ならなければいいというわけではないです」
「じゃあなにか問題あるのかよ」
「とくしまが興奮しています」
うっぷす、そりゃ問題だ。自分が実際に痛いことをされるのを嫌がるファッションMが、他人が痛めつけられている姿に興奮していやがる。実はSなんじゃないかと疑い始めたぞ。
「おい変態、なにを妄想してんだ? まさか顔に蹴りを入れられたいとか?」
「だから変態じゃないです! ただ帝王様が跪く私の顔に素足を突き出し『舐めろ』と言って頬をつま先でグリグリしている姿が浮かんだだけです!」
それ変態だろ普通に。
「じゃあとくしまの考える変態ってどんなものなんだよ」
「そ、それは……えっと、こっそり他人の情事を覗いてる人とかです」
「とくしまぁ!」
ごくまろが吼えた。今までずっと弟子に変態だと思われていたことが発覚したのだ。ショックだったろう。やってしまった感のあるとくしまの表情と、それを怒りの形相で見るごくまろ。一触即発だ。
「うふふ、醜い師弟の争いを観覧できるのですね」
「なんだシュシュ、そういうの好きなのか?」
「普段はそうでもないですわ。ですがごくまろ姉様が潰れてくださる可能性がある以上、見ておかねばと思いまして」
こいつまだ『ごく』の称号を狙ってたのか。
「ごくまろがやられれば『ごく』が自分に回ってくるかもしれないって? 『ごく』の称号ってそんな特別なものなのかね」
「当たり前ですわ。特別……いえ、この場合は極別とでも言いましょうか。『ごく』は別格なのですわ。『とく』如きと一緒にしてはいけませんわ」
そういや『とく』はばらまけるけど、『ごく』は決められた人数にしか与えられないんだっけか。とくしま、とくさつ、とくもりと、とくだらけだもんな。
「おうそういえばちとえり……ちとえり?」
ちとえりは背を向けて体育座りをしていた。心なしか震えているようだ。時折鼻をすする音が聞こえる。
「なにしてんだよ、泣いてるのか?」
「あ、当たり前ね! あんな酷い仕打ちをしておいてなにを言ってるね!」
「ほんとはうれしかったんだろ?」
「馬鹿にしないでね! あんなのちょっとしかうれしくないね!」
ちょっとでもうれしい時点でおかしいんだよこの変態。
「悪かったって。後でまろまろしてやっから」
「え……えーっと、それはうれしいんだけど、でもあれは……」
急にもじもじしはじめたぞ。気持ち悪い。
「なんだよ不満か?」
「そうじゃないんだけど……うんと……あれ以上やられたらね、本当にあれなしじゃ生きていけない体になっちゃうと思うの」
口調を変えるな気色悪い。一応年上なんだからガキみたいな喋り方すんな。
「そんなことどうでもいいとして、ちょっと気になったことがあるんだよ」
「なんね?」
「『ごく』って年間授与数が決まってるんだろ? だけどこれって年を重ねるごとに『ごく』を持っている人の数が増える可能性があるってことだよな」
「そうね」
「ごくまろ以外の奴を見たことないんだけど、何人くらいいるんだ?」
「『ごく』の数は国家機密ね。よそ者の勇者殿に教えられるわけないね」
お前さっき内の人間だとか言わなかったか? そもそも俺が知ったところでなんの問題もないと思うんだが。他国に通じているわけでもなし、この世界の人間でもない。
「じゃあ質問を変えよう。なんでこの旅についてきた『ごく』はごくまろだけなんだ? 魔王を討伐に行くんだから最大戦力で臨むべきじゃないか?」
「そりゃ勇者殿を選んだのがごくまろだからね」
「いやそれは知ってるよ。なんで他の『ごく』は来なかったのかって話だ」
「そんなん、『ごく』は国防の要だからね。本来なら国外へ出ることはないね」
なんかすげえ真っ当な回答だった。恐らくは王族的なものの親衛隊ポジションだったりもするんだろう。だとしたら王が国内なのに外へ行くわけがないな。ごくまろがここにいること自体が特殊なわけだ。
「なるほど、理解した。そういうことなら他の『ごく』に会ったことないのも納得だ」
「ナニをイってんね。勇者殿はごくまろ以外の『ごく』と会ったことあるね」
「えっ、誰?」
「女王様ね」
あっそうなの? まあどちらにせよここへ来れないことには変わりない。むしろ来たらまずいだろ。
そういや今更だが毎日のように城へ行っているが女王と会ったのは初日だけだな。まあ通過するだけで中を歩き回っているわけでもないし、だからといってわざわざ俺と会うためにあの部屋へ来ることもないだろう。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。てことは女王もアレなのか?」
「アレってなんね」
「変態なのか?」
「あ……あんた一国の王に向かってなんてこと言うね!」
「いや、だってほら」
「だってでもほらでもないね! 王を馬鹿にするってことはその国を馬鹿にするのと同じことね!」
「わかった悪かったって。それでどんな性的趣向をお持ちなんだ?」
「あんたなんもわかっておらんね!!」
色々聞きたいことがあったはずなのに、今日はずっとちとえりの説教を聞かされるはめになってしまった。
ごくまろととくしまは、ごくまろの圧勝にていつの間にか幕が降りていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます