第54話 異世界から異世界へ

 世境の長いトンネルを抜けると、そこは魔物の群れの中心だった。


 ……マジで!?

 やばい、やつら突然現れた俺に一瞬驚いたっぽいが、人間だと判断するや否や、臨戦態勢になった。

 しまった、武器的なものを全く持たないままじゃないか!


 慌てて周囲を確認する。誰もいない!?

 しかも囲まれていて逃げ場がない。


「ゆーしゃさまーっ!」


 万事休すと思った瞬間、天の声がこだました。見上げると大量の瓶と共にごくまろが降って来た。

 瓶をかわしつつごくまろをキャッチ。これで助かった……のか?


「ごくまろ、助かった! あとでまろまろしてやるからこの状況をどうにかしてくれ!」

「まろまろがどんなものかわかりませんが、やらしそうな感じがするのでOKです! まかせてください!」


 するとごくまろは落ちてきた瓶を魔物に向かってえいえいと投げつける。全然大丈夫そうに見えない。

 あれじゃダメージにもならない。ちょっと嫌がって怒りを増幅させるだけだ。


「こんなもんでいいでしょう」

「よかねーよ! 余計悪くなったじゃねーか!」


 今にも飛びかかってきそうな魔物の群れ。ごくまろはそれに向かい手を突き出す。するとその先に出現したのは──魔法陣さん。


「上手くいきました! オートフォーカス!」


 俺とごくまろを中心に、魔法陣さんが周りを囲う。ああそうだあの瓶の中には魔法陣さんが閉じ込められていたんだ。


 そして光弾が一斉に魔物を貫く。ごくまろ様マジ天使。


「早く、勇者様! 逃げますよ!」

「どうした、押し切れそうだったぞ?」

「魔法陣さんの数が全然足りません! 暫くは逃げ回って増えるのを待たないと!」


 それはよろしくない。今無理をして後々困るのも問題だ。俺はごくまろを担いで一気に走った。




「あの、勇者様」

「なん……はぁ、はぁ……なんだよ……」


 数キロは走っただろうか。ごくまろの体重を仮に15キロと設定したとして、その重量のものを担いで走るのはかなりきつい。息も絶え絶えだ。


「できればお姫様だっこをして欲しいんですが」

「こっちには、ぜぇ、そんな余裕、げふっ。ねえっての……」


 くっそ、この場で放り出してやりたい。

 だが今の俺の生命線はごくまろだ。手放すどころか機嫌を損ねるわけにもいかない。


「づはぁっ」


 流石に限界が近くなり、地面へ座り込んだ。枯渇したら動けるまで回復するのに時間がかかる。だからその前に休まねばいけない。

 それと他にちとえりととくしまだ。あいつらどこへ行ったのかわからないから、あまり遠くへ行くのも問題がある。


「ごくまろ、ちとえりたちはどうした?」

「魔法陣さんが増殖するまで待機するとのことです」


 あんのクソアマ! だったら俺を先に落とす必要なかったじゃねえか!

 それとも俺を囮に露払いさせ、魔物がいなくなったところを下りたとうとでもいうのか。なんてやつだ。


「んで魔法陣さんはどれくらいの時間で増えるんだ?」

「以前ちとえり様が他の異世界へ連れ込んで調べたそうなんですが、そこでは大体8秒間に0.5Mhjまほうじんだったらしいです」

「よくわからんのだが?」

「つまり8秒間に0.5増えるそうです。魔法陣さんを100連れてきたら、8秒で50増えるということですね」


 うむぅ。つまり8秒後に150、16秒後には225、24秒だと337って感じか? 凄まじい増殖率だな。

 ごくまろが瓶を割ってからもう数分は経っているから……計算すんのが面倒だぞ。


「だけどそんなに増えるなら転送魔法もっと使いまくれるんじゃないのか?」

「それだけ増えるのは、周囲に魔法陣さんがいないのが前提らしいですよ。だから私たちの世界では、10時間に0.5MHjなんです。しかもみんな日常的に魔法を使っているので、その増えた分はほぼ消費されてしまいます」

「なるほどなぁ。ってか、消費って魔法陣さんって魔法使ったら消えるのか?」

「正しくは、興味が消える、です。以前話したように、魔法陣さんは突き出した手に興味を持ってやってくるのですが、魔法を使うと興味が失せ、空の彼方へ行ってしまうと言われています」


 飽きっぽい奴らだな。だけど力を貸してくれているんだから文句は言えないだろう。



 そんな会話をしていたら、遠くで巨大な炎の龍がのたうつように暴れだした。


「ありゃあとくしまかな」

「みたいですね。行きましょうか」


 はぐれたままどうしようかと思っていたが、あれだけわかりやすければその心配は杞憂だったな。




「勇者殿、囮ご苦労ね」

「てめぇには後でいくらでも言いたいことがある。だけど今はそれどころじゃない」

「わかってるね。まずコムスメとやらを見つけることからね」


 ちとえりの分際でよくわかってるじゃないか。

 そうだ。まずはここがどこかから始めなくてはならない。コムスメの話によると、人が住んでいるところはもう数少なくなっているらしいから、上空からだと見つけやすいだろう。


「ごくまろ、ドローンだ。人が住んでいそうな場所を探してくれ。夜だし明かりのあるとこを探せばいいから楽だろ」

「待つね。それ私にやらせてね」


 ちとえりがしゃしゃり出てきた。ごくまろがあれをやるといつも悔しそうに見てるもんな。きっとやりたいんだろう。


「でもあれはお前にできるもんじゃねえだろ」

「そんなことないね! 師匠より優れた弟子なんていないね! あれくらい私にだって……」

「んじゃ試してみろよ」




 それから1時間後。そこには泣きながら手をあげているちとえりの姿が。



「だから無理だっつっただろ」

「そ、そんなことないね! 私にだって!」

「人間、向き不向きがあるんだよ」


 ドローンの利点は遠くのものが見えるということなんだが、それは盗撮大好きごくまろとの相性がとてもいいということだ。

 しかしちとえりは自分の体をまさぐることに興奮するタイプであり、盗撮で喜んだりしない。だから使えない。


「じゃあ私が盗撮に興奮を覚えれば使えるね?」

「駄目だろうな。ごくまろの盗撮癖は年季が違う。これは努力でどうなるというものじゃないだろ」


 ちとえりは項垂れた。

 こいつは自分が万能じゃないと気が済まないのか。以前も同じことをしたんだから、いい加減学習してもいいだろう。


 やれやれといった感じでごくまろがドローンを飛ばすと、ここから約200キロほど先に城のある町があるらしいことがわかった。


「200キロか……。遠いな」

「馬車もないですしねぇ」


 こいつらの国だったら馬車で2日くらいだが、ここは重力が地球と同じくらい……つまり大巨人族のエリアと同等だから、1週間くらいかかりそうだ。

 実際問題として、馬車と徒歩で移動できる距離は大差ない。ただ荷物を運ぶなどを考えたら馬車のほうが長くなる。

 だけど今の俺たちは特に荷物もなく、体力と足さえもてばそれなりの距離を移動できるはずだ。


「……なあちとえりよ」

「なんね?」

「俺たち、荷物ないよな?」

「それがどうしたね?」

「食料とかどうすんだ?」

「…………みんなぼやぼやしてる場合じゃないね! 早く城まで行かないと命がないね!」


 またかこんにゃろ。いっつもいっつも肝心なとこが抜けていやがって。せめて水くらいないと移動すらままならないぞ。


「魔法陣さんには申し訳ないが、一旦戻るという手もあるぞ」

「無理ね。ここから帰るために必要な魔法陣さんの数を考えたら、3日は必要ね」


 えっ!?

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