第34話 とくさつと寝る

 家に着いて一息ついたとき、手が震えていることに気がついた。

 ……ああ、怖いんだな。それくらいはすぐにわかる。

 あの姿を見てしまってから、なるべく考えないよう意識を切り替えていた。だけどやっぱり自分を偽ることはできない。


 あいつは治るらしいが、俺は治らない。もし腕を失ったら、血止めのために傷口を焼かれる。考えただけで身震いがする。

 ひょっとしたら回復魔法みたいなのがあるかもしれない。とにかくそれを確認しよう。最重要だ。


 だけどあいつらの────ちとえり論による魔法で回復できるとは全く思えない。一応基礎の魔法詠唱はできるらしいのは知っているが、回復魔法はどうだろう。

 以前犯罪者の治療をしたのは傷口を焼いただけだった。あれは犯罪者だからそうしたというだけなのであれば、まだ希望が持てる。

 

 とにかく、飯を食ったらすぐ行こう。そして聞かないといけない。





「あっ、勇者様!」

「おうとくさつ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 風呂を抜け、まずこちらへやってきたとくさつに聞いてみることにする。


「なんですか? 私の開発方法ならお任せしますよ」

「別にお前をどうにかしようなんて────そういやとくもりは?」


 いつもいるはずのとくもりがいない。一応俺専属メイドで常駐しているはずだから、いないと何かあったのではと勘ぐってしまう。


「とくもりは勇者様の服を取りに行ってますよ。大丈夫、私が洗ったので」


 とくさつもとくさつで危険なんだが、とくもりよりはマシだ。

 服がないため、俺はベッドに入り布団に潜る。やはり全裸を見られるのは慣れない。


 するととくさつが靴を脱ぎ、いそいそと布団の中に入り込んできた。


「おいてめぇ、何してやがる」

「えっ、お誘いじゃなかったんですか?」

「誰が誘うかクソガキめ。ほれ、とっとと出ろ」

「で、でも勇者様、聞きたいことがあったのでは?」


 追い出そうとする俺に食い下がるとくさつ。なんだこいつ、話してやるからこのままでいろっていうつもりか?


「……何もすんなよ」

「はいっ」


 とか言いながら手をまさぐらせようとするな。バレバレなんだよ。


「じゃあ早速。怪我とかを治せる魔法はあるのか」

「ないですよ」

「まじかぁ」


 やっぱりないのか。これじゃあ無茶できないな。こないだオークと戦ったのもかなり危なかったわけだ。


「じゃあお前ら怪我したらどうするんだ?」

「治るまでじっと我慢します」


 なんか切なくなってきた。こんな小さなガキが怪我をしてうずくまってるのを想像したら可哀そうになってくる。


「お前らも大変なんだな」

「なにかよくわかりませんが、はいっ」


 強く生きろよとくさつ。俺が主でいる間だけでも怪我のないようにな。



「なっ、何をしているんですか……」


 その声に振り向くと、俺の服を持ってきたとくもりが、わなわなと震えて立っていた。


「ん? 服がなかったから布団に入ってた」

「で、ですがとくさつは……」

「なんか入ってきやがったんだ。それより服を早く」


 俺はとくもりから服を受け取ると、とくさつを布団から追い出し横着した。


「そういや回復魔法がないのはわかったけど、薬的なものはないのか?」

「薬といいますと?」

「うーん、ポーションとか」

「放ション?」


 きたねぇ呼び方すんなよ。ポーションだよポーション。

 というかポーションという言葉が一般的じゃないのだろう。そうじゃないとこんな間違いはしない。


「じゃあエリクサーは?」

「……襟、臭……いいですね」


 匂いフェチのとくもりが反応している。駄目だこいつらは。


「よくわかりませんが、薬とかそういうのでしたらごくまろ様に聞けばいいと思いますよ。専門分野ですし」


 えっ、そうだったのか。ただの盗撮魔じゃなかったんだな。

 俺はとくもりを布団の中に突っ込み悶えさせ、ちとえりたちのもとへ向かった。



「おっと勇者殿。おかえりね」

「おうよ。ところでごくまろは?」

「来て早々ごくまろをご指名とは、昨晩はとてもお楽しみだったのね」


 ぐっ、蹴り飛ばしたい。

 だがちとえりの重要性は嫌というほど思い知らされた。ここは堪えねばならない。


「そんなに楽しくはなかったかな。それよりどこだ?」

「ちっ、ごくまろだったらまだご飯ね」


 だから舌打ちするなよ。どれだけ突っ込まれたかったんだ。

 それよりもごくまろを待つ間、ちとえりにでも聞いておこう。


「ちとえり、怪我を回復させる魔法ってないんだよな?」

「ないね」

「回復させる薬とか、他の手段はあるのか?」

「あるね」


 よかった、あるみたいだ。

 だが待てよ。放置するよりはマシ程度の代物だったらあまり意味ないし、それこそ腕がもげても治るようなものでなければ意味がない。


「なんか急に怪我の心配してるけど、何かあったね?」

「ああ、実は──」


 俺はあいつの話をちとえりにしてみた。




「なるほどね。勇者殿の知り合いの他の勇者が……」

「ああ。それでちょっと不安になってな」


 正直ちょっとびびっているんだ。俺もいつあんな風になるのかと思ったら気が気でない。


「それより、その勇者と勇者殿は仲よくないね?」

「なんでそう思う?」

「いつもあいつあいつって言ってるのね。なんで名前で呼ばないのね」

「あいつの名前があいつだからだよ」


 相津俊雄あいつとしお。それがあいつのフルネームだ。あいつだからあいつと呼んでいるのに、他にどう呼べと言うんだ。

 俊雄って呼ぶか? ごめんね、あいつくんとはまだそこまで仲良くないの。


「勇者殿の周りにはロクなのいないのね」

「お前が筆頭だけどな」

「このクソジャリ! 筆おろししてやる!」

「筆頭だけにってか? マジでやめて!」


 ちとえりは相変わらずのちとえりで不安しかない。



「なにか楽しそうですねお2人とも」


 俺たちが激しいズボンの奪い合いバトルをしていると、ごくまろたちがやってきた。


「おうごくまろ、助け──」

「ちとえり様。やめて下さいね私の勇者様に」


 俺がいつお前のものになった。そして納得したかのように渋々手を離すな。


「違いますわ! 勇者様は私の」「フォーカス」「う、ぐぐぐっ……これだけはいくらごくまろ姉さんにでも譲れませんわ!」


 割って入ったシュシュをごくまろは止められない様子だ。両者のにらみ合いが始まる。


「私は昨晩、勇者様にベッドへ押し倒されたくらいの仲なのですから!」

「私なんか昨日、勇者様に跨ってタイメンザイの歌を歌いました!」

「なっ!?」


 驚愕の表情でごくまろを見、そして嘘だと言ってくれと懇願するような目で俺を見るシュシュ。


「んー、まあ嘘ではないが、歌っただけだからな」

「で、ではおしべとめしべは!?」

「小学生かよ。まあ接触すらしてないな」


 シュシュはほっと胸を撫で下ろす。けっこうどうでもいい。


「それはさておき、ごくまろ。お前に用があったんだ」


 俺はちとえりに話したことをまた繰り返した。




「怪我を回復する術ですか」

「ああ。みんなのアイドルごくまろちゃんなら知っているはずだって」

「そ、そんな……。ありますよ」


 頬を赤くしているごくまろちゃん、マジ天使一歩手前。なんだやっぱりあるんじゃないか。


「さすがごくまろ。後で褒美やるからな」

「ありがとうございます!」


 俺は褒めて伸ばすタイプじゃないが、こいつらチョロいから褒めれば伸びるだろう。


「んで回復する方法は?」

「確か大巨人族の秘術でそういったものがあったはずです」


 なるほど。どちらにせよ進まないといけないわけか。現在位置がどこらへんかよくわからんが、やる気が出てきたぞ。


「よし、じゃあとっとと行こうぜ!」


 目指すは大巨人族、つまり俺と同じくらいの背丈の人々がいる国。秘術を持っているのが綺麗なお姉様だったらいいなぁ。

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