第33話 勇者なあいつ

「な、なんだ!?」


 突然の騒音で目が覚めた。外からとんでもない音がしている。そっと窓と鎧戸を開けたとき、その正体が室内へ入り込んできた。

 小石……だよな。最初は雹かと思ったが、BB弾くらいの大きさの小石がいくつかベッドの上に転がっている。

 隙間から外を見ると、どうやら町中にこれが降り注いでいるようだとわかった。


「ごくまろ、起きろ。大変だ!」

「う、んー。おはようございます……」

「よくこんな音の中で寝ていられるな。それよりも外が大変なことになってるんだ」


「な……なんですかこれ!」


 寝ぼけ眼で外を見たごくまろは、異変によって瞬時に目が冴えたようだ。


「俺もよくわから……おい、空を見てみろ!」


 上空には……何かよくわからない、アメーバのような姿をした巨大な物体が浮いていた。この石もそいつから発生されているみたいだ。


「ごくまろは急いでとくしまのところへ行け! 俺は外の様子を見てくる!」

「はいっ」


 つい死亡フラグ的なことを口走りつつ、俺は宿の階段を駆け下り外へ出た。

 が、玄関から先へ出られない。

 屋根のないところへ出てしまうと小石の雨が襲いかかってくる。その状態で見上げるのは無理だ。せめてメガネかゴーグルが欲しい。

 アメーバ状の物体はうねうねと動いたまま町の上空で止まっている。あれをどうにかしない限りこの状況は打破できないだろう。


「お待たせしました!」

「おう来たなごくまろ、とくしまっ」


「あれは一体なんなんでしょうね……」


 こいつらが知らないんだから、俺ではわかりようがない。なにせ生まれたときからこの場所にいる連中と比べて俺なんか最近来たばかりだ。


「とにかく迎撃を。オートフォーカス、チーズ!」


 ごくまろの前に大量の魔方陣さんが現れ、一斉に光弾を放つ。だが土砂降りのように降り注ぐ小石に阻まれ、本体までは届きそうもなかった。


「う……厳しそうですね。とくしま!」

「はい! 『フン、下衆な小娘が』『お、おやめください帝王様! このような、このようなことは』『黙れ下賤な豚』『ひっ』『貴様には俺の肉奴隷の印を押してやろう』『や、焼き印いや! 熱い、熱いいぃぃ!!』」


 とくしまの帝王級……確か2番目に強いやつだっけか? 町中だし多少遠慮したのだろう。それが放たれた。

 炎は鳳凰のような、鳥の形をして上空の巨大アメーバへ襲いかかる。


 巨大な火の鳥は小石をものともせず敵に直撃。大爆発を起こす。


「これが汚い花火というやつですね」

「いやただの爆発だろ。ところでとくしま」

「はい?」

「帝王だったら自ら手を下す真似はしないと思うぞ」


 とくしまの妄想に水を差すようだが、こういうのは部下にやらせると思うんだ。これによりリアリティが増し、とくしまの魔法の威力を上げようという考えはない。


「違いますーっ。私の帝王様は自分の物を他人に触れられることを極端に嫌う人なんですーっ。特にお気に入りの雌豚は誰にも知られぬ城奥に幽閉し、自分無しでは生きられないようにしてるんですーっ」


 ぷんすかと怒りながらとくしまは脳内帝王の設定を話し出した。心底どうでもいい。


「はぁ、やっとみつけたのね」

「ちとえり!」

「「ちとえり様!」」


 なにやら疲れた感じでちとえりがこちらへ向かってきた。


「よかった、無事に合流できて……って、ひょっとしたらさっきのあれ、ちとえりがやってたのか?」

「そうね。ドラゴンの幻影から大量の小石を撒いてたね」

「えっ、あれドラゴンのつもりだったのか? てっきりアメーバかと」

「こっこのクソガキ……っ。うぅ、疲れてやる気出ないね」


 ずっと探していたのだろう。ほんと申し訳ない。

 ちとえりをねぎらう意味も含め、俺たちは朝食をとることにした。




「探しに来てくれたのはありがたいけど、なかなか無茶するなぁ」


 ちとえりがたらふく食って満足したところに、先ほどの騒動の話を持ち出してみた。


「この国の人間はアホが多いから大した魔法が使えないのね。だからあれにぶつけられる魔法が飛んできたら、それはとくしまだとわかるからね」


 わざと騒ぎを起こし、とくしまに魔法を使わせたわけか。探すのにはいいかもしれんが、多分いろんな町でやったんだろう。真夜中になんて迷惑な行為だ。

 だけどそのおかげでこうやって再会できたんだ。魔王を倒しに行く名目の上で許してもらおう。


「あの、ちとえり様。その言い方だと私が大したことないように聞こえるのですが」

「当たり前ね。ごくまろなんか早いだけで威力は放尿レベルね」


 ごくまろがショックで固まってしまった。まあごくまろの魔法の上級レベルであるところのオートフォーカスも数が多いだけで一発ごとの威力は低いからな。


「ちとえり様、あの、一応私の師匠なんですけど……」

「優れた弟子の師匠が必ずとも優れているわけじゃないのね」


 酷い言い草だが、それはよくあることだ。

 例えば相撲部屋の親方が皆横綱だったというわけでもないし、元横綱が親方をやっている部屋だから強いということもない。

 関脇以下の親方でも教え方が上手いとか見る目があるとかで優秀な力士をたくさん輩出しているところもあるからな。


「で、ですが……」

「まあ自分の師匠が悪く言われるのは嫌なのはわかるのね。私だってごくまろの師匠が悪く言われたら怒るね」


 それおめーじゃねえか。とことん自分がかわいいと思っている奴だ。


「とりあえず今日はもう休ませてもらうね。流石に4つも町を回ると疲れるね」

「お疲れさん。寝る前に俺を帰らせてもらえると助かる」



 今からなら遅刻で済みそうだからな。あとあいつに会っておきたい。





「────ん? ああ、あいつなら今日休みだぜ」

「なんだと?」


 学校へ着き、1時限目をボイコットした罪で職員室謝罪を済ませたあと、教室にあいつがいないことに気付きいつも仲のいい奴から問い正した。


「じゃああいつの家の住所教えてくれないかな」

「別にいいぜ。そういや最近お前ら仲いいのな」

「ま、まあな」


 個人情報だだ漏れで、そいつは住所を教えてくれた。とりあえず放課後に行ってみよう。




 そして放課後、俺はあいつの家を訪ねた。

 アパートの1階、1人暮らしをしているらしい。うらやましいことだ。


「おーい、いるかー?」


 チャイムを鳴らし、ドアをノックしてみた。しかし返事が特にない。

 試しにドアノブを回してみたら開いている。不用心だな。


「ちょっと入るぞー」


 中に入るとまずお出迎えしていたのは棚に並んだ美少女フィギュアとアニメのDVDの棚。凄い数だ。

 しかしどれにも食指が動かん。全部ロリものだからだ。


 更に中へ進み、奥の部屋への扉を開けるとあいつがいた。


「……よお」

「……勝手に入ってんじゃねぇよ」


 美少女アニメキャラのシーツに、抱き枕。その横にあいつは転がっていた。


 左腕の先と、右足の膝から下がない姿で。


「鍵、開いてたぞ」

「……マジか」


 俺は横に座りつつ、ボロボロになった姿をよく見た。恐らく左目もやられているだろう。包帯が巻かれている。


「酷いザマだな」

「……ああ、油断した」


「治るのか?」

「一応な。ただ回復役がドラゴン退治に相当な魔力を消費したらしくて、魔力が戻るのを待ってるんだ」

「そっか。でもなんでここにいるんだ?」

「ここが一番安全だからだな」


 どうやらあちらの世界は俺のとこよりも侵攻が激しいらしく、城にいれば安全ということではないようだ。


「今後どうするんだ?」

「まあ治るっぽいし続けるさ。向こうの魔王の切り札であるサタニックドラゴンを倒したんだからもう一息だしな」


 名前からして強そうだ。そんなものを倒す辺り、こいつは立派に勇者をやっているんだろう。


「で、お前はどんくらい魔物倒したんだ?」

「うっ……。オーク数匹かな」

「ちっ、楽そうでいいな」


 俺は基本的に戦わせてもらえない箱入り勇者なんだよ。そもそも伝説の武器的なものもないし。


「んでまあ今日来たのは、ドラゴンの倒し方について聞こうと思ってな」

「同じドラゴンかどうかわかんねぇからこれだとは言えねぇけど、とりあえず延髄辺りだな。後頭部の下」

「そっか、あんがと」


「ところで」


 立ち上がり、帰ろうとしたときに声をかけられた。包帯の隙間から見える右目からは、力強い意思みたいなものを感じる。


「なんだ?」

「お前のいるとこ、ロリばかりなんだろ?」

「まあ、そうだな」

「でかい斧とか振り回す子とかいないのか?」

「あいつら基本ひ弱だからな」


 多分腕の骨と割り箸を比べたら骨の方が固いんじゃないかな程度だ。骨が細いから腕はほとんど肉なんだろう。触ると餅みたいな感触がする。


「そっか、残念だ」

「じゃあまたな。鍵かけとくから」

「おう」


 あいつも大変だな。俺だったら心が折れていたかもしれない。

 てか一人暮らしだからいいものの、俺が手足失って帰ってきたら家が大爆発したように騒がれそうだ。警察まで呼ばれたりするだろうし。


 ……そういや俺のとこの世界には回復魔法がないんだよな。

 ドラゴン退治は諦めよう。

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