第32話 真夜中の攻防
なんてことだ。この宿にはダブルのツインはなかった。
この国は俺基準だと小人族であり、ベッドのサイズが小さい。だから俺が寝るには、ダブルベッドが必須である。
だけどごくまろと同じベッドで寝るつもりもない。だからツインルームである必要もある。
一緒に寝てくれというのは、一緒の部屋で寝てくれという意味であり、同じベッドで寝るつもりは全くなかったのに、結局同じベッドで寝ることになってしまった。
そのせいかごくまろはすっごく嬉しそうな顔で俺を見上げている。
やめてくれ、そんな顔で俺を見るな。罪悪感が俺の心を蝕むから。
最悪、俺はソファで寝ようかな。
そしたらこれだ。この部屋にはソファがない。それどころかベッドしかない。もっと言うなれば床すらない。中が全てベッドで作られているかのように錯覚する部屋だ。
「凄い部屋ですね……」
「ああ。考えた奴アホだろ」
壁には靴と荷物を置けるような台が付いているだけ。まさに入って○秒で本番みたいな勢いだ。
とにかく靴を脱ぎ、部屋に入る。無駄だと思うが一応鍵をかけ、荷物を置く。
「ごくまろはドア側な」
「ええ、もちろんです」
さすがごくまろ姉様。俺の言わんとしていることをもう理解しているようだ。
俺をシュシュの淫手から守る。これがごくまろに与えられたミッションの全貌である。だけどこいつもずっと魔法を使っていたし、疲れているだろうから寝かせてやらないといけない。
ならばまずごくまろを寝かせ、その後入れ替わりで俺が寝ればいい。
「よしごくまろ、先に寝ろ」
「えっ!?」
「お前も疲れてるだろ。俺が見てるから先に寝ていいよ」
「い、いえ、そうではなく……」
どうだというんだ。ごくまろはもじもじしながら俺をちらちらと見ている。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言ったほうがいいぞ」
「あの、勇者様には寝ている間に相手へいたずらするような趣味は……」
「ないな」
「ですよね」
はぁと溜息をついて、ごくまろは脱力した。なんだ、寝ている間に襲って欲しかったのか? 俺にその気はないけど。
全く、仕方ないな。
「ほれごくまろ。あれやってやるから来い」
俺はあぐらをかき、ふとももをぽんぽんと叩く。俺の意図を理解したのか、うれしそうな顔で近寄ってくる。
「あのっ、表ですか? 裏ですか?」
「どっちでもいいよ。早くしろ」
「で、では表で失礼します」
ごくまろは俺と向い合せに立ち、俺の肩に手を乗せゆっくりとかがんだ。こっちが表だったのか。
足を俺の脇腹の後ろへ伸ばし、背中の辺りにかかとをひっかけてくる。
「たいたいめーん、ざーい。たい、めんざーいっ」
「なんだそりゃ」
「タイメンザイの歌ですよ」
「妙な歌作るな気色悪い。それよりもやるぞ」
「はいっ」
ごくまろを軽く抱きしめ、体を左右に揺らす。
「ごくまろはーがんばったー。ごくまろはーすごいー」
「あうぁぅぁー」
耳元で囁くサービスをしてやったら8秒で落ちた。
しあわせそうな顔で寝ているごくまろをゆっくりと引き剥がし、布団をかけてやる。
さてどうするか。
やることがなく暇な状況というのはとにかく辛い。縦穴のときは幸いにも他の奴らがいたからいいんだが、今は俺1人で誰と話せるわけでもない。
ごくまろの荷物の中になにかしらあるかもしれないが、他人の荷物を漁るような趣味はないし、本などあっても俺には読めない。
だからといって何もしないというのは非常にまずい。睡魔が襲ってきて寝てしまう。そうなったらアウトだ。
ちょっと思い立ち、窓の鎧戸を開けて外を眺める。町はもう寝静まっているようで、明かりは大きな通りにある街灯的なものと、見張り台の篝火しかない。
隣の建物の屋根まで、目測で10メートルくらいだろうか。この低重力なら飛べば届きそうだ。いざとなったらここから逃げよう。
それで窓を開けた理由を実施しようと思う。
手を前に突き出す。すると俺の手の前に魔方陣さんがやってくる。
以前魔法を使おうとしたときは中断したから、実際にどの程度の威力があるのか試してみたい。
だが待てよ。ここは町中だ。こんなところでとんでもない威力の魔法なんて放出してしまったら、大惨事を招いてしまう。
でも試せるのは俺だけしかいない今だけだ。道中でなんか恥ずかしくて絶対にできないからな。
町の外へ出るか? こんな時間に出歩いていたらどう見ても怪しいな。わざわざ門を開けてもらうのも気がひけるし。
今日はやめとこう。ひょっとしたらこの町に数日滞在するかもしれないんだし、何度かチャンスはあるだろう。
────あ、やばい。眠気が来た。
他に考えねばならないことは山ほどある。頭を振って気持ちを切り替える。
まずはなんだ。学校のことか? いや、これは考えたところで今どうにかなるものじゃない。
やはり明日からのことだろう。とにかくちとえりと合流することが最優先だ。それ以外に大事なことはない。
俺が日本に戻ることも、これから先へ進むにしても、ちとえりがいなければどうにもならない。ほんとバカなことをした。
いやいや、そんなことはない。あれはちとえりが悪い。割合で言えばあいつが8で俺が2くらいだろう、多分。
今ごろあいつ、俺たちを探しているのかもしれないな。まさかこんなところにいるなんて思っていないだろう。どうやって見つけるんだろう。
あ、駄目だ。目の前が暗くなってきた。や……ば……。
「…………わ……やっぱり……凄……」
誰かの声が微かに聞こえる気がする。
「…………こ、これ…………硬……」
俺はだいぶ疲れていたみたいだ。まだ体が麻痺しているように眠りこけているし、頭の中がぼやけている。
「…………これ、入……かな……」
何かが下半身辺りで蠢いている。一体なんなんだ……。
「って、ああああああ!!」
俺は一気に目覚め、起き上がると布団をめくり上げた。すると驚いた顔でこちらを見上げているごくまろがそこにいた。
「て、てめっ! な、何してんだよ!」
「ここここここれはその、あのっ」
「そのあのじゃねえ! 何してんだって聞いてんだ!」
ずり降ろされていたズボンを引き上げながら、ごくまろを糾弾する。
暫くうつむいていたごくまろは、意を決したように再び俺を見上げた。
「だ、だって仕方なかったんです! 気持ちが抑えられなくて止められなかったんです!」
「俺の知ってるごくまろはそんなじゃない! ちゃんと自制心を持っている奴だ!」
「それは勘違いです! それにこれは仕方ないことなんです!」
「何が仕方ないんだよ」
質問をしたところ、ごくまろがまた黙ってうつむいてしまった。何が仕方ないのかはっきりしてもらいたい。
「だって、だって好きな人が横で寝てるんですよ! その気持ちを抑えられるわけないじゃないですか!」
おうふっ、ストレートに来た。これの直撃は痛い。
そういやごくまろが俺を選んだうえ、その理由が結婚したいと思ったからとかそんなだったな。
いかん、迂闊だった。俺だって自分好みのお姉様が隣に寝ているとしたらドキドキが止まらなくて襲ってしまうかもしれない。
いや襲うね。絶対に襲う。だってどう考えても襲うべきシチュエーションだろ。襲わないとか逆に失礼だ。
つまりごくまろは無罪。これは本当に仕方がない。
「わかった、ごくまろは悪くない。誰が悪いと聞かれたら、ごくまろの気持ちを無視していた俺だろうな」
「そんな、勇者様は悪くありません! 自分を止められなかった私が悪いんです!」
「あ、そう? じゃあそういうことで」
「えっ!?」
自白をしたため、ごくまろは逆転有罪となった。自ら罪を認めておいて、何故か納得のいかないといった顔をするごくまろ。
「そこは『そんなことない』って言うところじゃないんですか!」
「だってお前、認めたんだし」
「ううー」
凄い形相で睨みつけてくる。そんなことしても罪は消えない。それが世の中のルールだ。
「……なんでそうやっていじわるなことするんですか」
「そりゃごくまろがかわいいからだよ」
「えっ!?」
かわいい子にはいたずらしたりちょっかいをかけたくなるのが男心というものだ。それくらいごくまろだって知っているだろ。17年も生きていれば。
「そんなことをしていいのは10歳までです! かわいいって言えば女が納得してくれると思ったら大間違いですから!」
ちっ、やっぱりそうはいかないか。
いたずらしたりちょっかいかけて自分に対し反応をしてもらいつつ、別にあいつのこと好きじゃねーしアピールできるみたいな頭の悪い考えを大人がするわけない。さすがに騙されないか。
というか遊びが過ぎた。ごくまろは真面目に俺のことを好きだと言ってくれているんだ。ならば俺も真面目に答えてやらないといけない。それが紳士というものだ。
「じゃあはっきりさせよう。俺は大人な女性の体が好きなんだ。お前の知っている範囲で言うならゆーなだな。あれで胸がでかかったら最高なんだけど」
「う……。それ、どうにかなりませんか?」
どうにかって言われてもなぁ。こればかりは根深いものだから難しい。
俺にとって最大の障害である双子の妹。あいつらさえ…………いや、あいつらは大事な妹だ。無事生まれてきてくれたときにはそりゃあ喜んだものだ。あいつら無しに今の俺はいないと思う。
待てよ、俺が子供嫌いな理由はあいつらがやかましいからというのではなく、子供を見ると妹と同類────つまり、妹として見てしまうからなのではないだろうか。
それに加え、俺が静かなところが好きというのも、1人ネットでエロ……じゃなく、美しい女性の肉体美を鑑賞しているところに乱入してくるあいつらに対し、いいから一人にさせてくれといった感情からではなかろうか。
つまりこれは改めることが可能であると見ていいかもしれない。
そして改めてごくまろを見る。
これだけ俺のことを好いてくれている女の子が他にいるだろうか? いやいまい。これを逃したら永遠に恋愛できないという可能性もある。
だからといって妥協で付き合あうというのは失礼だ。ごくまろを好きになれるよう努力をしてみるのも────。
「ちょっとどうにかするのは難しいかもしれないな」
「そこをなんとかっ」
なんでさっき俺は俺を好きになってくれる女はいないと思ったんだ? 違うだろ。
世の中に女性はいくらでもいる。そして彼女らは俺と会ったことがない。つまりシュレディンガー先生の言うところによると、俺を好きになる女性は50%もいることになる。
つまり2人に1人、俺を好き。これって凄いことじゃね?
「ふぅ、モテる男は辛いな」
「勇者様のポジティブさは見習わないといけないですよね……」
ごくまろがため息交じりに言う。安心しろごくまろ。俺も50%の確率でお前が好きだから。
ただここにいる俺が残りの50%だったというだけの話だ。
気付くと鎧戸の隙間から空が明るくなっているのに気付く。小鳥も囀っているし、これが朝チュンか。
とりあえず、もう一眠りしておくか。
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