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  • 第六章  《アイハ(16)》 -旅立ち-

第六章  《アイハ(16)》 -旅立ち-

  パパが日本へ逃げた。


 逃げたかどうかわからないケド。とにかくいなくなってしまった。パパらしいと言えばパパらしい。だけどママを悲しませちゃいけないと思う。


 なんかオトナってメンドくさい。ずっと小さい時から思ってた。みんな仲良くやればいいのにって。

 だいたいオトナって役割に囚われ過ぎているのよね。

 “親”とか

 “夫”とか

 “夫婦”とか

 “教師”とか

 “博士”とか

 “管理職”とか

 なんとか。

 そんなことは生きていく上での足かせなんじゃないかと思う。もっとみんな自分らしく生きればいいのに。友達でもそうだ。『うちのママなんてこうよ!』だとか『先生はちっともわかってくれない』だとかもうどうでもいいじゃないって思っちゃう。


 コドモがオトナになったのがオトナなんだから、出来ないことがあったっていいじゃん。みんな基本ワガママなのよね。“こうでなければならない”とか“こうあるべきだ”とかね。


 私はそんなことより自由に生きたい。自由を感じて生きたい。


 だって、人が何を言おうが、朝の山はすごくきれいに見えるし、夕方の空気はなんか淋しげだし、雨の日は空気が重たげだけど雨上がりの草花はなんだか嬉しそうだし。かと思えば、気分が悪い時には世界はなんだかやぼったく見えたりする。


 それって気分次第で世界が変わるってことじゃない!?なんでみんなそれに気付かないカナァ…


 そういえば私初めての飛行機でして。いや―飛ぶんですね!いやいや当たり前ですケド。

 ギュゥーン!ってなったら、ドドドォッ!となって、ビィヤー!と飛びましたよ。これを体感した時には『パパ飛行機乗りたかっただけじゃないのか?』と思ったほどでしたね!いやぁ興奮しました。思わず「ビバ飛行機」とツィートしてしまいました。すると隣の太っちょマダムがプゲラプゲラ笑うものだから、一緒になってプゲラプゲラ笑ってしまった。んで、マダムとは何故か仲良くなり、うちの家族メンドくさい談義に花が咲きまして。マダムは息子が日本に留学しているらしく。なんだか『サカナクン』という人をリスペクトし過ぎて日本へ行ったというアクティブな息子さんをお持ちで。私はここ最近で一番必要のないと思われるマダムの息子の話を聞かされるハメになりました。まぁまぁ、旅の始まりとしては悪くない出だしですね。


 パパ―待っててねー!


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 はい!そんなワケでTOKYOに着きました!人がいっぱいです!


 日本のおじいちゃんどこかなー?あースマフォに電源入れてーの。

 あ!ママと博士のおじいちゃんからメール入ってるわ。


 どれどれ…ママたくさん入ってるなー。なになに?

 んと。パパ居たのか…すぐ捕獲されたみたい。ちょっと面白い。ケドせっかくのパパ捜索大作戦は無しか…まぁいいか。あー日本のおじいちゃんの電話番号ね。これ大事。登録っと…

 え…とパパと話したのか…日本のおじいちゃんと話がしたかった?ふぅん。電話でいいじゃん。んで…ふむふむ。電話だと良くわからないからパパが何をしたかったのか良く聞いて…と、ハイハイわかったわかった。パパってメンドくさいからねー。了解っと。

 えと…ハイハイ!博士のメールアドレスと電話番号ね!登録っと。このメール博士の方のおじいちゃんのか…なになに?落ち着いたらパパと話をしたい…と。うん、わかったよー。ママは―あ、これで最後か。

 んと、日本のおじいちゃんの言うこと良く聞きなさい…か。普通だな。


 あ!荷物来た来た!ハイよっと。んじゃ行くかな。


 さてさてー出口は―?あった!てかパパ居た!

 早ッ!

 隣にいるのが日本のおじいちゃんかー。…じゃがいもに似てるなぁ。


「パパー!おじいちゃーん!」


「アイファー」


 アイファ?

 てか殴られてるじゃーん!もー日本のおじいちゃんもアクティブ過ぎ!

 ちょっと面白いケド。


「もーパパ何やってんのよー大丈夫ー?」


「ごめんごめん。大丈夫だよ。こっち、ママのお父さんだよ」


「あー日本語かぁ。久しぶりだなぁ。えーコホン。初めマシテ!アイハです!おじいチャンヨロシクね!」


「おう」


 まぁおじいちゃんあんまし喋らないって聞いてたし、こんな感じでいいか。


「とりあえずまぁ、パパはこれからどうしたいの?」


「あ…いや…少し日本にいようかと思って…」


「は?なんで?みんな心配してるから帰ろ?」


「いや…日本のおじいちゃんと話がしたいんだけど、ほら…言葉が通じなくてさ…それできちんとコミュニケーションが取れるまでこっちに居たいんだ…」


「はぁー↑?何それ?」


「いや…おじいちゃんと話がしたいんだよ…」


「パパ!」


「なんだいアイファ?」


「だめ」


「どうしてだい?」


「帰るから。ママも心配してるんだよ?」


「いや…」


「なんなのもー!帰るって言ってるじゃんか!みんな心配したんだよ!?」


「あの…さ…アイファ…聞いてくれるかな…」


「なに?」


「あの…パパさ…マシンに入っただろう?そしたらさ…おじいちゃんずっと一人だったことに気付いたんだよ……その辺を…何て言うのかな…きちんとおじいちゃんの気持ちを知りたいのと…その…話し合いたくてさ…」


「だから夜中に急に抜け出したの?」


「あぁ…なんかパパも面倒臭いの嫌でね…昨日サイトウと話したら、まだまだ退院出来ないっていうからさ…どうしても日本のおじいちゃんと話さなくてはと思って…なんか、やってしまったんだよ…」


「あー」

 わかる。と思ってしまった。


 私もやりたいことがあったら優先してしまう。てかこれはパパの血筋なのか。


「はい」とパパにスマフォを手渡した。


「何?」


「ママと博士に電話して」


「あぁ電話なぁ…そうだね。でもこれどうやって使うんだい?」


「あぁもう!貸して!」スィッスィッススススス…

「あ!ママー?着いたー。パパー?いるー。日本のおじいちゃんもいるー。

うんうん…そうそんな感じ。殴られてた。うん…うん…わかった。それでね、なんだかパパ、日本のおじいちゃんと話がしたいんだってさー。そう!電話しなってカンジだよねー!んでね、…そう、そう、うん同じこと言ってる。あーそっちのおじいちゃんは何て言ってるの?え?あーあーわかった。

そんなカンジね。あのさぁ、とりあえずママ、パパと話して。うん、そう、ハイ、パパ」


「あ…もしもし…キキョウ…?うん…いや…いいんだ…ごめん…うん…そう…それでさっきも話したけれども…そう…うん…だから…いや…そうじゃないんだ…うん…うん…少し待ってくれるかな…」

 とパパにスマフォを渡された。なんだか捨てられた子犬みたいな目でめっちゃこっち見てる。


 “助けて”みたいなカンジ。何でママいつもパパにビビってるんだろ?


「あ―ママ?ダメだわーなんかこっちのおじいちゃんと仲良くなりたいみたい。うん、うん、パパー私学校あるからダメだってー」


 じっ…て見てる!


「なんか“帰らないもん!”みたいな目で見てるんだけど…え?あーおじいちゃんに代わる?待っててー。

 えーコホン。おじいチャン、ママ」


「おぅ。…うん。…わかったおまえ逹帰れ」


 黄金の一言。パパも日本のおじいちゃんが何を言っているか察してる様子…


 !


 ジャパニーズ土下座!!

 ジャパニーズ土下座ですよ!!


 いやー空港の出口ですよ。めっちゃ見られてるわー通行人めっちゃ見てるわー


「…少しだけ日本に居させてください…」


 声めっちゃ小さい!しかも泣いてる!…でもパパ…おじいちゃん英語わからないぽいよ。


「…わかった」


 わかったの!?てか日本に残るの!?


「こいつら少し預かっていいか?…おう……おう…アイハも…少し…いいか?…おう。わかった」


 おじいちゃんが無言でスマフォを手渡してきた。


「ママ?え?いいの?…うん。あーおじいちゃん言い出したら聞かないのかーそんなカンジだもんねー。うん…うん…わかった。ちょびっとだけいてパパが納得したら帰るよ。うん…うん…大丈夫だって!はい…ごめんなさい。うん…じゃあまた連絡するね。はい。ハイハーイ、おやすみ〜」


 チラリとパパを見るとまだ土下座したままプルプル震えている。チワワみたい。


 日本のおじいちゃんがガッシリ肩を掴むと無理やり立たせて「来い」と言った。そして私の荷物を掴むと、日本のおじいちゃんはずんずんどこかへ歩き出した。その背中はなんだかすごく大きく感じた。


 その後ろをパパと二人でちょこちょこついていく。

「おじいちゃんが少しならいいよって言ってくれたよ」

 そう話すとなんだかパパはちょっと嬉しそうだった。


 おじいちゃんについていくと電車に乗るようだった。切符を買ってもらい、おじいちゃんのマネをして改札機を抜ける。突然後ろからビー!という音と「アウチ!」というヘタレなパパの声が聞こえてきた。


 改札機に止められている。

 カッコ悪い。カッコ悪いよパパ。頭の上の?が8個くらい見える。手のひらを上に上げて肩をすくめるその仕草がジム○ャリーに見える。


 冷たい視線を浴びせていたら、おじいちゃんが無言でパパの切符を改札機に入れてくれた。


 アレ?おじいちゃんはなんだかずっと怒っているのかと思ったケド、ひょっとしたらこれがデフォルトな顔で怒ってないのカモ知れないな。パパはなんだか出来の悪い息子のようで、岩のようなずんぐりむっくりのおじいちゃんとは対称的に見えた。


 電車の中でちょこっとおじいちゃんに話し掛けてみた。

 昔は日本人学校に通っていたから日本語は喋れるケド、なんだか久しぶりで緊張する。おじいちゃんは腕を組みながら下を向き、じっと目を閉じて座っていた。


「おじいチャン」


「ん…」

 片目を開けて私をチロリと見てくる。


「キョウはありがと」


「ん?…おぉ」


 あれ?これは…(照)←これじゃないですか!?ほんの少し、ほんの少しですが、表情が和らいでおります!


 ハハ〜ン…さてはおじいちゃんは…“武士”だね。


 ブシ。やっぱりいたんだー。さすが日本だなー。てかおじいちゃんブシとか自慢だなー。なんか“サムライ”の方が有名だけど、私は“ブシ”派なんだよねー。サムライってなんか颯爽としてるカンジだけど、ブシっていうとなんか武骨なカンジ?あれータイプだわー。パパはなんか言うなれば“騎士”ってカンジだもんねー。ヒョロいんだよね。やっぱり男は武骨じゃないとねー。いや、パパは大好きだけどね!タイプの話。


 えーとパパはー?

 あ、なんかおじいちゃんの真似してる。パパ…きっとそれ日本の電車のマナーじゃないと思うよ…腕組みをした二人のオッサンに挟まれた女子高校生はなんだか連行されているように見えますよ。


 そんなこんなで私達はKAMATAという駅に降り立った。おじいちゃんについて行くと駅から近くのホテルに泊まるようだ。小さなホテルの入り口に入るとおじいちゃんは慣れたようにシングルの部屋を3つ取ってくれた。サインの様子を覗き込むと…『葉内武士』って書いてるッ!!おじいちゃんはやっぱりブシだった!!


「おじいチャン!『ブシ』ってナマエなの!?」

 鼻息荒く興奮気味に聞くと、「たけしだ」と短く答えてくれた。


 “たけし”か…ちょっとガッカリしながらも「アタシおじいチャンに“ブシ”を感じるから“ブシおじいチャン”ってよんでイイ?」と聞くと「おぅ」と言ってくれた。心なしか耳が赤い。ブシおじいちゃんは耳がポイント…と。パパはサラサラ名前と住所を書いている。オトナって感じ。なんか私はパパの子供で通じたみたい。てか武士おじいちゃんが怖くてなんとなくホテルの人は気圧されていた。


 途中コンビニでご飯を買っていたからブシおじいちゃんの部屋で3人で食べることになった。コンビニは色々な食べ物があってびっくりした。当然グラタンをゲット。色とりどりの袋に色んなチョコがある。当然ゲット。飲み物を選んでいる時、パパが取ったミネラルウォーターの横にオレンジの絵が付いたミネラルウォーターを選んだ。オレンジの香りのする水なんてオシャレですね!そうやっておじいちゃんの部屋に入ると、狭ッ!これは狭いわー。

 そーかーだから一人ずつかー。


 入り口は一人が通れるくらいで、すぐ横にバストイレ。奥にはベッドと小さなテーブルにTV、電話、ミニ冷蔵庫。以上。私はベッドの上を陣取ると、ブシおじいちゃんはベッドの端に腰掛け、パパはイスに座った。おじいちゃんがコンビニの袋をガサゴソ開けて、みんなに食べ物を分けてくれた。


 フゥ。まずは水でも飲むか…

「フオォォォォォッ!!」


 うまいッ!!思わず吠えてしまったぐらいうまいッ!!ブシおじいちゃんとパパはちょっとびっくりしている。そうだよね。夜中だもんね。ごめんなさい。

「ソーリー」


 でもこれもうオレンジジュースじゃん!!やるなぁ日本。ふとブシおじいちゃんを見ると何も入っていないオニギリをペロリと二つ平らげていた。


 …シブイ。

 ほうじナンチャラと書いてる飲み物を実に旨そうに喉を鳴らしながら飲んでいる。似合い過ぎ。パパはもぐもぐとこれまたブシおじいちゃんと同じオニギリを食べているが途中でむせてゲフンゲフンしていた。

 カッコ悪い。

 さて、このグラタンもさては…


 …もぐ…もぐもぐ…


 はい、普通。てかぬるい。まぁこんなもんよね。グラタンはママの勝ちー。


 私がグラタンを食べ終えたところで、ブシおじいちゃんが一言言った。


「明日は札幌に帰るぞ」


 SAPPORO?ふぅん。

「OK」


 軽く返事をしてコンビニ袋を漁る。チョコだ。これを食べなければ今日は終わらない。袋を開けて一つ口に入れる。

「フオォォォォォッ!!」


「うるさい」


「ソーリー」


 ブシおじいちゃんに怒られた。


 でも…これは…“ガ〇ボ”か…繊細かつ濃厚なこの味は向こうの国には出せまい…これが『ワビサビ』なのか…隣でパパを見ると声には出さないけど同じようにフオォォォォォな顔をしていた。パパ大好き。


 そして各々の部屋に戻り、夜はふけていく。私は時差ぼけの為は早々に寝てしまった。

 そして朝。なんだか肌寒い。時間は8:00を過ぎていた。あー寝過ごしてしまった。隣の隣の部屋のブシおじいちゃんのところにパジャマのまま会いに行くと、もう準備は万端でカップ味噌汁にお湯を注いでいるところだった。


「ブシおじいチャンオハヨー…」


「…飯食え…」


 パパは寝癖全開でおにぎりを頬張っていた。


「おあようアイア」

 もぐもぐ


 なんだか普通。非日常的日常なカンジ。サンドイッチとオレンジの水があったので食べる。感動は薄くなっていたケドこの水はンマイ。サンドイッチは普通。もぐもぐもぐもぐ食べているとブシおじいちゃんからジーと見られていた。にこっと笑うとブシおじいちゃんはプイッと横を向いてしまったケド、耳が真っ赤なのは見逃さない。

 フフフ。ブシおじいちゃんは私が好きなのだ。私もブシおじいちゃんが好きだ。きっとブシおじいちゃんは不器用なだけなのだ。


「飯食ったら行くぞ」


「ハーイ」


「ワカリマシタ」


 もしゃらもしゃらおにぎりを食べているパパはなんだか家と違いだらしないカンジだったけどイヤじゃなかった。サンドイッチを食べてから部屋に戻り、準備をして外に出るとなんだかちょっと都会の喧騒とは違う街の音に溢れていて、あぁ違う街にいるんだなぁと思った。


 パパはなんだか嬉しそうに見えた。でも、こうして見ると痩せたなぁ。着のみ着のままのパパはスラックスとセーターにカーディガンを羽織っているだけで、11月の風には何だか寒そうに見えた。私は厚手のアウターを持ってきていたので中はTシャツ一枚で充分だ。仕方ないからニットの帽子を貸してあげると、ニヤニヤ喜んでいた。


 あれ?なんだかパパキャラ変わってない?ニヤニヤがなんとなく気に食わなかったので、帽子はブシおじいちゃんに被せてあげた。


 ブシおじいちゃんは顔を真っ赤にして「やめろ」と言った。止めない。すぐに帽子は取ってしまったので、仕方ないからまたパパに貸してあげた。そうこうしているうちに駅につき、そこからまた電車に乗った。またパパとブシおじいちゃんは腕を組んで目を瞑っている。だからパパ、それマナーとは違うと思うよ。そう思ったケド、ちょっと面白いから黙っておいた。あーまたしばらく乗るのかなぁ。昨日出来なかったメールでも返すか。



『to 博士のおじいちゃん』

『昨日連絡しなくてごめんなさい。これからSAPPOROに行くからまた落ち着いたら連絡します。』


『to ママ』

『今からブシおじいちゃん(ブシだから!)とパパとSAPPOROってとこ行くからまた落ち着いたら連絡するねー。

パパ元気そうだから安心してねー。』


…ヨシと。

<ピロピロピロピロ>


『from ママ』

『SAPPOROに行くの!?それおじいちゃん家じゃない!なんでか聞いてッ!』


 SAPPOROはブシおじいちゃん家かー


「ブシおじいチャン。

ママがナンでSAPPOROいくのって」


「…東京は落ち着かん」


ええと、

『to ママ』

『TOKYOはオチツカナイ?からだって。』


<ピロピロピロピロ>

早ッ!


『from ママ』

『今電話出来る?』


『to ママ』

『今電車。出来ないと思われ。』


<ピロピロピロピロ>

『from ママ』

『わかったわ…SAPPORO着いたら電話ちょうだい…』


 おぉ!なんか諦めてる!

 てかSAPPORO遠いカンジかな?


 でもまぁ、仕方ないよね。

 ブシおじいちゃんしか頼れる人いないし。


 あ!博士のおじいちゃんからメール来てる!


『from 博士のおじいちゃん』

『わかった。ラブイズの様子はどうだい?』


 あーパパねぇ。

 そういえば、病み上がりっぽい扱いだったわ。見たカンジ普通だよね。あ!今終点って言った?


 その時ブシおじいちゃんの目がカッ!と開いた。パパは寝てるっぽい。


「下りるぞ」

 ブシおじいちゃんはそう言って立ち上がった。


 シブイ!シブイわー。

 一方パパはよだれを垂らして寝ていた。パパ起きてー行くよー。


 駅から降りて改札を抜けるとそこは空港だった。

 マジか…日本狭いはずなのにまた飛行機乗るのか…それはママも諦めるカンジになるわ。でもまた飛行機に乗れる!へへへ…やった!


 受付に行ってすぐ乗れる便を探すと一時間後にはあるみたい。会計の時にパパがクレジットカードを出すと、ブシおじいちゃんは「いらん」と言い、財布から現金を支払っていた。そういえばホテルのお金もブシおじいちゃんが払ったのカナ…一応ママから一枚クレジットカードは預かっているケドまだ使っていない。


「ママからクレジットカードあずかッてる」


 一応ブシおじいちゃんに聞いてみたケド、案の定「いらん」と言われた。さて、フライトまで一時間か…と思ったら、検査を抜けてフライト場に辿り着くまで20分も掛かってしまった。


 ムダに広いなこの施設…


 ブシおじいちゃんは搭乗口に着くとイスに座り、また腕組みをして目を瞑っていた。隣でパパもまたマネをしている。


 パパ…なんかそうしているとウォー〇ーみたいだよ…なんか探されちゃうカンジ。


 さて、とりあえずパパの目的をハッキリさせるか。博士のおじいちゃんに報告しなきゃいけないからね!


「パパ…」


「ん…?」


 片目をチロリと上げるその顔はブシおじいちゃんのマネですね。だからパパがそれしても似合わないって。間違った日本文化を広めないでほしい。


「普通に話して」


「あ…はい」


「あのね、パパこれからどうしたいの?」


「あぁ、まぁお義父さんと仲良くなって、話をしたいかな」


「じゃあ今すればいいじゃない」


「いや…パパ、日本語話せないからなぁ…」


「私が通訳するよ」


「うーん。なんていうかさ、落ち着いて自分の言葉で話し合いたいんだよ。

また聞きだと繊細な意味合いも歪められてしまうからね」


「じゃあどうするのさ」


「うん。パパが日本語を覚えるしかないかなぁ」


「…それって時間掛かるんじゃない?」


「いやぁ、一年もあれば何とかなると思うよ」


「一年!?何言ってんのパパ!私学校だってあるんだよ!?」


「アイハは帰っても大丈夫だよ。パパさ、ひょっとしたらマシンから起きなかったかも知れないだろう?それを考えたら、今目の前に出来ることをやって生きようと思ったんだよ。それはママやアイハのことも考えたよ。たくさん考えた。結果として色々迷惑を掛けたけれども、今パパは生きていて、そしていつかはいなくなる。その時間を考えた時に、私の家族の中ではママのお父さんの時間が一番短い確率が高いんだ。

 パパはママのお父さんと一回しか会ったことがなかった。それからは自分のことで精一杯だった。

 だけど、アイハ。君の成長した姿を見た時に、驚きと、そしてその後とてつもない喪失感に襲われたんだ。


 “時間は戻らない”ってね。


 パパは君とたくさんの時間を過ごしたかった。そうした時に、ママのお父さんもそうなんじゃないかって気付いたんだ。

 でもパパとママのお父さんは違う。だからパパはまずママのお父さんの気持ちを知るところから始める。

 最も人生が短い確率の家族と今しか出来ないことをするのはとても合理的だと思ったことと、私がもし起きなかったことを考えると、私がいなくても向こうの生活は変わらないだろうという浅はかな推測が合致した時、もう身体が動いていたんだ。

 明日、ママのお父さんに何かあったら永遠に会えなくなるってね。ただ、今はそれは間違いだとも思う。

 ママのお父さんに限らず、君やキキョウにも明日会える確証がある訳ではないからね。だからアイハ。今君に会えて良かった。ありがとう」


「パパ…」


 その時場内に搭乗のアナウンスが流れ始めた。ブシおじいちゃんはまたカッ!と目を見開いて「行くぞ」と立ち上がった。

 私は歩きながら、そして飛行機に乗り込んだ後も、何回も何回もパパの言葉を思い出していた。

 飛行機が飛び立つ瞬間を忘れる程に。


 パパはブシおじいちゃんとの失われた時間を埋める為に日本へ来た。それはママや私との時間をないがしろにした訳じゃないと私も思う。パパも間違っていたと認めていた。だけどパパはなんだかスッキリした顔をしている。なるほど、パパがブシおじいちゃんのマネをしている意味にも納得がいく。パパはブシおじいちゃんの気持ちを理解しようとしている。いつもはメンドくさいパパの説明じみた話が、今日は何かが違った。パパが“心”を大事にし始めたからだ。

 それは今まで自分のことしか考えなかったパパとは確かに違う。でも、なんだかまどろっこしい。いや、ストレートなのかな?

 ああん!なんだか頭が忙しい!よし!考えるのやーめた!…ってああ!もう飛んでるじゃーん!

 ビュオオ!ブワッ!キィーン…はもう終わったの!?むむむ…パパめ。まぁそんな時もあるか。


 席は私を真ん中に左にブシおじいちゃん。右にパパ。

 相変わらず同じカッコで腕組みしている。ブシおじいちゃん。ブシおじいちゃんはどう思ってるのかな?


「ネェ、ブシおじいチャン」


「ん…」


「パパね、ブシおじいチャンとナカヨクなりたいミタイだよ」


「ん…」


「これからドウするの?」


「ん…帰ってから決める」


「ソウかぁ…」


 …手強い。必要最低限のことしか話さないのは武士たる所以か。てか私も日本語のボキャブラリーが圧倒的に貧弱だ。そうだよねー。日本語なんて小学校以来だもんねー。しかしパパ…これは強敵だよ…パパを見るとまたヨダレを垂らしている。

 パパ…ブシおじいちゃんは寝ている訳ではないのですよ…むむむ…心配だ…


 そうか。さっきパパが言っていた『今出来ることをする』みたいなことか。私はパパの力になりたい。あと、さっきパパの話を聞いたらブシおじいちゃんに興味が沸いていた。


 ブシおじいちゃんが何を考えているか。

 ブシおじいちゃんがどう生きてきたのか。

 ブシおじいちゃんはこれからどうしたいのか。


 ブシおじいちゃんだって家族じゃんか。ママがいなくなってから、ずっと一人で生きてきたんだ。ずっと…一人で…


 私はママがいて、パパがいて、博士のおじいちゃんがいて、病気だけどおばあちゃんもいた。ケド、ブシおじいちゃんはずっと一人だったんだ…


 うん!私もブシおじいちゃんと一緒にいよう!パパと、ママと、ブシおじいちゃんと、博士のおじいちゃんと、おばあちゃんと、みんなで暮らせばいいじゃん!


 そうかーパパやるなーその為に仲良くなるのかーなんかやっぱりさすがパパだなー。うん、決めた。私も日本にしばらくいよう!パパ…一緒にガンバろうか!

 そうこう考えているうちに飛行機はあっという間に空港に着いた。飛行機の降り口が開くと、ヒヤッとした冷たい空気が機内に流れ込んできた。


 サム!SAPPOROは寒いところかー。もう一枚着とくかな。パパを見ると寒さで目覚めたのかぱっちり目を開けている。


「行くぞ」


 ブシおじいちゃんの号令で私達はもそもそと動き出した。荷物を取って出口に出ると、さっきの空港よりも小さな感じだ。


「ここがSAPPOROかぁ…」と呟くと、「ここは千歳だ」と言われた。


 えーまだ行くのー。


 頭が寒いのでパパに貸していた帽子を剥ぎ取ると、「OH!NO!」とガッカリしていた。仕方ないから私のパーカーをバッグから出して貸して上げた。カーディガンの下に着込ませるとピチピチだったけどなんとかしのげそうだ。白いパーカーを頭から被り、いかつい目で身体を縮込ませ、ポッケに手を突っ込んでウロウロしているパパはおっさんギャングのようだ。ブシおじいちゃんは慣れた手付きでイカしたジャンパーをバッグから出して着込んでいた。


「おじいチャンそれアッタカソウだね」


「ドカジャンだ」


 そう言って自分が着たばかりのドカジャンを私に羽織らせてくれた。ふわっとブシおじいちゃんの匂いがした。そしてとても暖かくて優しい匂いに感じた。


「アッタかい」


「着とけ」


「でもブシおじいチャンサムイよ」


「いいから着とけ」


 そしてずんずん歩き始めるブシおじいちゃんの後ろから、私はふいに帽子を被せてあげた。


 ブシおじいちゃんが「いらん」と頭に手をおいた時に私はその手を上から掴んだ。そして「イイカラキトケ」と言った。


 ブシおじいちゃんはびっくりした顔でこっちを見ていたケド、すぐに「ありがとな」としわくちゃでへんてこな笑顔を見せてくれた。すぐ振り返り前を歩き出したブシおじいちゃんは、耳を真っ赤にして足早に進んでいった。

 ふとパパに目をやると、羨ましそうな、微笑ましそうな不思議な顔でこっちを見ていた。

 それから電車で一時間。そしてタクシーで10分。ようやくおじいちゃんのアパートに着いた。


「上がれ」


 ブシおじいちゃんに続いて部屋にあがる。…意外に小綺麗にしている。

 玄関にはブシおじいちゃんの仕事道具なのか、色んなものがところ狭しと置かれていたケド、中はシンプルなカンジで清潔感がある。


 パパはブシおじいちゃんが付けてくれたヒーターの前に釘付けになって、ガタガタと身体を震わせながら縮込ませていた。確かにサムイ。ケドパパ寒がり過ぎじゃないの?


「…なんか食うか?」


 時間はもう12:00を過ぎていた。あーおなか減ったかも。でもちょっと疲れたー。パパはブシおじいちゃんの言葉は聞こえなかったのか一番暖かいと思われるヒーター前に体育座りをし、ガッチリガードしている。するとブシおじいちゃんは何も言わずにドタン!バタン!と外に出ていってしまった。


 …気マズイ…


「パパが無視するからブシおじいちゃん怒っちゃったじゃーん!」


 パパ微動だにせず。


「ねぇパパ!聞いてるの!?」


 と肩に手を置いたらなんだか様子がおかしい。そしてグラッと揺れたと思ったらバタンと横に倒れた。


「えッ!?パパ!?」


 あれあれあれ?すっごい震えてるんですケド?


「ゥゥゥゥゥゥ…!」


 超具合悪そう!


「寒いの!?パパ寒いの!?」


 もう具合悪くて何も喋れないカンジだったので、とりあえずありったけの服をバッグから出してパパに掛けてあげた。パパは芋虫みたいになりながら、時折唸り声をあげている。


 ちょっとちょっとちょっとちょっと!なになになになになに!!風邪ッ!?それともマシンとかが関係あるのッ!?あぁ!おじいちゃん!博士のおじいちゃんに電話しなきゃ!!


 急いでスマフォを探ったけど、パパに被せた服のどこに入ったのかわからなくなってしまった!


「あーん!おじいちゃーん!」


 その時、ドタン!バタン!と音がして、ブシおじいちゃんが帰って来た!


「おじいチャン!パパが!パパが!」


「どうした!」とパパにブシおじいちゃんは駆け寄ると、難しい顔をしてパパを見て、おでこを触った。そしてすぐに奥に行ったかと思うとベッドパッドを敷き、その上にパパを寝かせ、山ほど布団を上に掛けた。


「寒くねぇか」


 ブシおじいちゃんが話し掛けるとパパは「ォ、ォー…ケー…」と力なく答えた。


「おじいチャン…パパ…」


「心配すんな。ちょっと冷えただけだ」


 そういってブシおじいちゃんは私の頭を撫でてくれた。


「ヒエタ…ダケ…?」


「そうだ。おまえも休め」


 そう言ってブシおじいちゃんはあのオレンジのお水のペットボトルを私にくれた。

 ふぅ。ブシおじいちゃんからもらったお水を飲んで一息ついた。


「パパ…ダイジョブカナァ…?」


「大丈夫だ」


 ブシおじいちゃんにそう言われるとなんだか大丈夫な気になってくる。不思議だ。きっとたくさんの人生経験があるから頼りがいがあるんだと思う。


「食え」


 ブシおじいちゃんはまたコンビニからグラタンを買ってきてくれた。私が昨日食べていたやつだ。なんだか不器用なブシおじいちゃんの思い遣りを感じた。


「ブシおじいチャンは?」


「ん…」と後ろから何やらお酒のようなものと缶詰めを取り出した。コップにおっきいお酒のビンをコクコクコク片手で注いでから、何やら魚の煮付けのような缶詰めをくるくると開ける。


 …これは…野武士スタイル…!?


 見たことがある…前にネットでサムライとブシを調べていた時に出ていた画像にあった…


 “ノブシ”…!!


 野に下った武士のことを“ノブシ”という…そうか…ブシおじいちゃんは“ノブシ”のランクか…ますます野性味が溢れていますね!


 ブシおじいちゃん。

・じゃがいもに似てる

・ずんぐりむっくり

・言葉少な

・パパを殴る

・言うこと効かない

・名前から“ブシ”

・照れると耳や顔が赤くなる

・笑顔はへんてこ

・不器用な優しさ

・ランクは“ノブシ”←NEW


 ですな。


 あーパパ見に行くか。

「…パパ…大丈夫?」


「ゥゥゥゥゥゥ」


 ピト。おでこアッツ!これ熱すごいんじゃない?


 トタトタトタ

「ブシおじいチャン!パパオデコあつイヨ!」


「大丈夫だ」


 …本当カナァ?


「熱出てりゃ大丈夫だ。じき良くなる」


 …うん。わかった。ブシおじいちゃんが言うなら大丈夫だろう。


 さて…「ブシおじいチャン」


「ん」


「コレカラどうスルノ?」


「治るまで帰れねぇな」


「ソダネ」


「しばらくここにいろ」


「ヤッタ」小さくガッツポーズ


「帰りてぇんじゃねぇのか」


「ウウン。ココニいたい」


「そうか」


「アノネ、ブシおじいチャン」


「なんだ」


「パパはココニいたいミタイだよ?」


「そうみてぇだな」


「ブシおじいチャンはいいの?」


「俺が選ぶことじゃねぇ」


「ナンデ?おじいチャンのウチデショ?」


「ここはおまえの母親の家だ」


「ママの?」


「そうだ」


「デモおじいチャンすんでるンデショ?」


「そうだ」


「じゃあブシおじいチャンのウチじゃないノ?」


「そうだ。俺は守っているだけだ」


「マモッてる?」


「そうだ」


 マモる…まもる……ガードか!家をガードしているって…

「ダレかセメてくるの!?エネミー!?」


「えねみ?誰も攻めて来ねぇ」


「…マモるッテなに…?」


「家を守るってな…誰が帰って来ても大丈夫なようにすることだ。…もううるせぇ、おまえも休め」


「オマエってナマエジャナイ」


「……アイハも休め…」


 そう言うとブシおじいちゃんはゴロリと後ろを向いて寝てしまった。


「ハイ!」



 トタトタトタ

「パパ!ブシおじいちゃん“家を守ってる”らしいよ!」


「ゥゥゥゥゥゥ」

 とパパはガタガタ震えていた。可哀想だから一緒の布団に入って背中を丸めているパパに抱きついて温めてあげた。そのうち私もうとうと寝てしまった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……暑い。…あぁ、寝てしまったのか。

 窓から夕日が差し込んでいて、山がキレイに見えた。あー外国にいるんですねぇ…あ!パパ!…すやすや寝てる。ピト。熱は下がったみたい。ひとまずは良かった。さすがブシおじいちゃんだな。あーパパのこと、ママと博士のおじいちゃんに報告しなきゃ!ええとスマフォスマフォ…あった!

 スィッスィッーあ!ママからメール来てる!


『From ママ』

『着いた?落ち着いたら電話してね。』


 あー2:00過ぎに来てるー。


 スススススス…

「あ!ママー!遅くなってごめんなさい。うん…うん…いや、話してたんじゃなくてパパがお熱出ちゃって…うん…寝てる。病院?なんかブシおじいちゃんが寝てれば治るって…あーママもいつもそうだったのかー。うん…うん…あー本当は辛かったんだ…うん、うん、わかった。博士のおじいちゃんにもパパのこと聞いてみるね。んでね、とりあえずパパの調子が戻るまで居ろってー。うん、うん、私は大丈夫。うん、まぁそうだね。あとブシおじいちゃんねーなんか家族の為に家を守ってるらしいよ!ここはママの家だからって!あ、ママ…


 …


 …ブシおじいちゃん、ママの為にお家守ってたんだね…

 …


 うん…


 うん…


 うん…


 ママ…ママもこっちに来ない?パパもまだ不安定だし…

 うん…

 うん…


 そうかぁ…そうだね。また行き違いになるかも知れないしね…


 あのねママ…パパね、しばらくこっちにいたいみたいだよ。

 うん…


 ブシおじいちゃんが、家族なのに一人でいたことに自分を重ねているみたい。…うん、そう。それでね、パパ、自分の言葉でブシおじいちゃんの気持ちを聞きたいんだって。


 うん…

 あのねママ、私、パパと一緒にいたい。パパと一緒にブシおじいちゃんと仲良くなりたい。学校はこっちで通う。…ダメかな…?


 なんで?

 だからなんでこっちの学校はダメなの!?


 ブシおじいちゃんは自分で決めなさいみたいなこと言ってたもん!


 いや…ごめんなさい…


 うん…そうだね。まずはパパが元気になってからにする。


 ママも考えておいて。こっちで家族で暮らすこと。


 あ…おばあちゃんか…


 うん…

 うん…


 わかった。とりあえずはそんな感じで。


 うん…


 ママ…パパのことは任せておいて。


 うん…


 ママ、大好きだよじゃあまたね」


 …ママはパパにまだ恐怖を持っている。あとはブシおじいちゃんが苦手なんだと思う。私のことは心配だけど、どうしていいかわからないみたい。明確な答えがないと不安定になる人間とならない人間がいる。ママはなる人間の方だ。それはパパのことでたくさん悩んだからに違いない。ママにはきっと時間が必要なんだと思う。

 パパに会えなくなってからの止まった時間とは別の、パパが起きてからの動き出した時間が。それまでは私がママの代わりになろう。ママの代わりにパパといよう。


 ママ…そばに居なくてごめんなさい。だけど、私はパパといたい。私の人生の半分近くはパパといることが出来なかったから。今はパパといたい。


 パパ…寝てる。

 前はモニター越しにしかパパの顔は見れなかった。しかも生きているのか死んでいるのかわからない顔だった。今はきちんと生きている顔をしている。スヤスヤと寝息を立てて眠っている。ふと気付くと頭の中に傷がいくつもある。パパが良くなる為に受けた傷痕…

 パパ…私にはパパがそんなに苦しい病気だったのかはわからない。ママが見せないようにしてくれたのかも知れないケド、私にはそんなパパも大好きなパパだった。私は子供で何も知らなかっただけかも知れない。今だってそんなに変わらない。だけど、私はパパを暖めることが出来る。前よりもっとパパの力になれる。私の夢は家族で幸せに暮らすことだ。その家族にはもうブシおじいちゃんも入っている。


 トタトタトタ…

「ブシおじいチャン」


「ん」


「イマまでたくさんアリガトウ」


「ん…」


 後ろ向きに横になりながらブシおじいちゃんは無愛想に返事をした。耳は赤くなかったケド、肩が微かに震えていた。


 そして私は部屋に戻り、またパパの布団に潜り込んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 パパの布団でうとうとしていると、ふとパパがいないことに気付いた。そして向こうの部屋から声が聞こえた。


「モウシワケナイ」


「寝てろ」


 5秒で会話は終了し、パパがのそのそ戻って来た。


「アイハ…ごめんよ…」


 しょんぼりしている。

 しょんぼりしているパパはなんだか捨てられた子犬のようだ。


「いいんだよー。みんな具合悪い時だってあるじゃん!それより何か食べる?」


「うん…食べるものはいい…それより汗をかいたから着替えたい…

サムイ…」


 もそもそ布団に潜り込んで来たパパのおでこに手をあてるとまだ熱い。


「着替えね!分かった!」


 トコトコトコ

「ブシおじいチャン。パパのキルモノかいにイキタイ」


「んお」


 読んでいた新聞を畳むと、テーブルの上に置いてブシおじいちゃんは立ち上がった。ドカジャンを羽織り、車のキーをポケットに入れると「来い」と一言言うと、外に出て行ってしまった。


 はっや!

 急いでセーターを着込み、アウターを羽織って外に出る。

 外に行くともう辺りは真っ暗で、白くて小さいワゴン車にブシおじいちゃんは乗っていた。


「サッム!」

 吐く息は白く、ぽやぽやしていた頭が一気にスッキリ目覚めた。そして私もその車の助手席に駆け込んだ。


「行くぞ」


「ウン」


 車の後ろを覗くと、ブシおじいちゃんの仕事道具が色々載せられている。これ…『職人』か…!!見たことがある…“武器職人”という職業があるということを…車に揺られながらブシおじいちゃんに聞いてみた。


「ブシおじいちゃん“ショクニン”ナノ?」


「おう…」


 シブイ。この「おう…」の深みは素人には出せまい。

 そっかぁ、職人かぁ。ママからは家を作る仕事って聞いてたから、てっきり工事とかで働いているイメージだったケド、なんだかこれは違いそうだなぁ。



 ブシおじいちゃん。

・じゃがいもに似てる

・ずんぐりむっくり

・言葉少な

・パパを殴る

・言うこと効かない

・名前から“ブシ”

・照れると耳や顔が赤くなる

・笑顔はへんてこ

・不器用な優しさ

・ランクはノブシ

・仕事は“職人”←NEW

 だね。

 おじいちゃん職人とかホント自慢過ぎるわー。


「サムライソードつくれる?」


「知らん」


 知らないかぁ。防具専門かなぁ。


「アーマーは?」


「知らん」


 …後で日本語調べよう…そんなこんなで“JUSCO”という字がピカピカしてるトコに着きました!


「キレイ!」

 すごくキラキラしてる!何より息苦しくない!私こういう場所息苦しくなってダメだったんだー。日本は清潔だよねー。ずんずん進むブシおじいちゃんについていく途中、可愛い服とかがいっぱいあって目移りしまくりだったケド、今はパパの服が優先だ。ガマンしていこう。紳士服売り場に着くと「ここだ」とブシおじいちゃんは言った。なんかいっぱいある。とりあえずパパ何もないからなー。風邪の着替えもあるし、下着はそれぞれ一週間分として7つ買うか。


 買い物カゴに適当にMサイズを入れていく。あ!このパンツかわいー。

 シャツはなんかこの“GUNZE”ってヤツでいいか。3枚入りのを3つ行っとこう。後はパジャマだな…3着はいるな。一つ着て、一つ予備で、一つ洗濯だ。あーあー靴下も必要だ。やーカゴが重うなった重うなったと思っていたら、ふわっと腕が軽くなった。私の後からついてきたブシおじいちゃんがカゴを持ってくれた。このカンジ…パパに似てる。パパも私が荷物で困っていたら、いつもこうやって持ってくれたっけ…


「ブシおじいチャンアリガト!」


「おぅ…」


 プイッと顔をそむけたケド、耳が真っ赤だぞ♪


 後はーまぁこんなもんか。お会計お会計。ママから預かったカードを出そうとしたら、ブシおじいちゃんはさっさと現金で支払ってしまった。


「ブシおじいチャン、アタシオカネあるヨ?」


「いい」


 大きい紙袋を掴んでずいずい歩いて行くブシおじいちゃんの背中はなんだか頼もしかった。しかし…“JUSCO”か…また来よう…帰り道に“STARBUCKS”があるのを私は見逃さなかった。帰りにコンビニでまたご飯を買って帰った。パパは「いい」と言ってパジャマに着替え直しまた寝てしまった。

 てかまたコンビニか…


「ブシおじいチャン」


「ん」


「いつもコンビニ?」


「おぅ」


 …栄養偏るなー。てか飽きた。仕方ない、作るか。パパもお粥とかあった方がいいもんね。「キッチン見せて」と言い終わらないうちにキッチンに行った。


 無い。何も無い。あ、包丁はあった。冷蔵庫は…あった。漬物…?くさい。ママがたまに食べてたヤツだ。よく冷蔵庫くさくなるってケンカしたな。やっぱり親子なんだな。ママは日本のソウルフードって言ってた。炊飯器は…あった。ケド小さいなコレ…まぁいいか、とりあえず色々無いということが判明したな。


 トコトコトコ

「ブシおじいチャン」


「おぅ」


「イロイロない。かってキテいい?」


「…明日にしろ」


「ハイ」


 明日か…まぁパパ寝てるしいいか。

 

 モグモグモグモグ…でも日本のコンビニって何でも食べ物あるなー。ママも色々料理作れる訳だわ。


 ごくごくごくぷはー!ほんとこのお水ンマイなー。


 フフフ…今日はNEWお菓子を買って来ましたよ…


 じゃーん!ジャイアントカプ〇コ!


 イチゴ味ですねー

 ジャイアントですねー

 チョコキングですねこれは!


 カプ…


 んまーーーーーーーーッ!

 

 これは食べごたえありますねッ!ほのかに香るイチゴをこれでもかっ!ってくらいチョコが蹂躙しています。


 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ…


 ゲプ…


 うむ。満足じゃ。さーシャワーでも浴びるか!


「ブシおじいチャン。シャワーあびタイ」


「そこだ」


 トタトタトタ


「…おユは?」


 ドシドシドシ

「ここだ」


 ポチ。ピー!


 おおぅこの小さい機械か。ほほぅ。


「じゃあシャワーハイる」


「おぅ」


 パジャマを用意してーあーバスタオルない。


「ブシおじいチャン」


「おぅ」


「バスタオル、カして」


「おぅ」


「じゃーハイるネー」


 バタン。ふんふーん。あ、シャンプー無い。


 ガチャ

「ブシおじいチャンシャンプー、ナい」


 ………返事がないナァ


「ブシおじいチャーン!」


 しーん。トイレかな?ムムム…仕方ない。このビ〇レで洗うか…あわあわあわあわー♪

 …ゴワゴワなった。仕方ないなー明日買うかー


 ふんふふふ〜ん


……………………………


 シャワーからあがって身体を拭くと、ブシおじいちゃんのバスタオルはブシおじいちゃん臭かった。…バスタオルも買うか。てか私のものも色々ないなー。


「ブシおじいチャン、アがったヨー」


 しーん。


 いない。えーなんでー。


 着替えを済まし、そのままゴロゴロとスマフォをいじって待っていたら、しばらく後にブシおじいちゃんが帰って来た。


「ア!ブシおじいチャン!ドコいってたノ?」


「銭湯だ」


「セントウ?」



 グー〇ル“セントウ 英訳”

 “Top”


「トップ?」


「知らん」


 …違うのか…


「“セントウ”ってナニ?」


「あぁ、温泉みたいなところだ」


オンセン…?グー〇ル

“オンセン”英訳


 おぉ!スパか!いいなー、私もスパ行きたいなー。


「アタシもイキたい」


「今度な」


 エヘヘー!やったぁー

 ガサゴソとブシおじいちゃんが袋から、石鹸だとか、タオルだとかを取り出して乾かしだした。その袋からバスタオルが出てくることは無かった。その代わり濡れたフェイスタオルが3枚出てきた。


「ブシおじいチャン」


「ん」


「アタシにバスタオル、カしてくれたノ?」


「違う」


「…アリガト」


 ブシおじいちゃんは黙って濡れたタオルを干していたケド、耳は真っ赤に染まっていた。


 また一つ、ブシおじいちゃんが好きになった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おはようパパ。調子はどう?」


「あ…あぁ…おはようアイハ…まずまずかな…ぅぅ…身体が痛い…」


「あー熱出たもんねー。ゆっくりしてて」


「うぅ…」


 さて!起きるか!


「オハヨウブシおじいチャン!」


「おぅ」


 ブシおじいチャンとメガネと新聞とお茶…似合い過ぎ。“日本のおじいちゃん”ってカンジだよね!あーサンドイッチあるー♪


「食え」


「イタダキまーす!」


 モグモグモグモグ。あ、パパ何か食べるかなぁ。


 トコトコトコトコ

「パパ、何か食べる?」


「うぅ…簡単なものでいいよ…」


 うむ。お粥だな。


 トコトコトコトコ

「ブシおじいチャン、パパたべるモノ」


「おぅ」


 あ、レトルトのお粥あるー!ブシおじいチャン優しいナァ…よしよし。あたためーの…出来た!


 トコトコトコトコ

「パパ出来たよー。食べー」


「うぅ…」


 仕方ない食べさせてあげるか。

「はいあーん」


「んあぁ…」


 パパ弱ってるなー。まだダメだなー。こうやって見るとパパ普通だよなー。何が悪かったのかなぁ?あー!そういえば博士のおじいちゃんにメールしてない!後でしとくか。


 今日はー買い物してー洗濯してーなんだか奥さんみたいだなー。ママから料理とか洗濯とか教わっといて良かったー。パパの面倒見れてるよママ。てかパパ治ったらほんとにこのままいるのかなぁ?私もどうしよう?ま!考えても仕方ないっか!まずはパパを元気にしよう!


「もう…いい…」


「え?パパまだ半分も食べてないよ?」


「寝る…」


「うん。パパ、ゆっくりでいいからね」


「ありがとうアイハ」


「いえいえーじゃあブシおじいちゃんと買い物に行ってくるねー♪」


「はい…」


 弱々だな。まだ9:00か…


 トコトコトコトコ

「ブシおじいチャン」


「おぅ」


「カイモノいきたい」


「おぅ」


 ブシおじいちゃんは颯爽とドカジャンを着込むと車のキーを手に取った。


「まだ9じダヨ?」


「開いてる」


 はっやー!日本人働き過ぎ!!でも便利だなぁ。よし。準備して行くか!


 昨日のJUSCOであらかた買い物を済ませ、ブシおじいちゃんにせがんでSTARBUCKSに入った。車で見ていると小洒落たカフェもちょいちょい見かけたケド、McDonald'sとSTARBUCKSはとりあえず向こうと同じみたく安心する。てかブシおじいちゃんコーヒーも飲むんだな…


「ブシおじいチャン」


「ん」


「パパいたいッテいったらイイノ?」


「おぅ」


「アタシは?」


「好きにしろ」


「ハイ」


 はい会話終了ー。

 でも不思議とイヤなカンジしないナァ。やっぱり血が繋がってるからかなぁ?


「ブシおじいチャン」


「ん」


「ブシおじいチャンはドウしたいノ?」


「ん。なるようになる」


 深い!なるようになるかぁ。そだよね。なんとなく私もそう思うし。…似てんのかな…


「行くぞ」


 早ッ!あの!5分も経ってないんですケド!あの熱いのよくゴクゴクいけるなぁ。あ…私に付き合ってくれたのか…やっぱりブシおじいちゃん優しいなぁ。


 好きだな。うん。


 ママからはなんだか色々とブシおじいちゃんに対して諦めを感じるけれども、ちょっとブシおじいちゃんが不器用なダケできっとママのことも愛してるんだと思う。だってブシおじいちゃんはこんなに私達のことを考えてくれてるんだもん。


「ブシおじいチャン」


「ん」


「アリガト」


「おぅ」


 耳真っ赤。可愛い。…ずっと一人で暮らしていたんだよね…

 ブシおじいちゃんは“守ってる”って言ってた。こんな日が来ると思ってたのカナ…なんとなくブシおじいちゃんがいると安心する。ブシおじいちゃんに守られているカンジがする。パパはなんとなく感じていたのカナァ。

 ブシおじいちゃんの気持ち。


 ママは…ママはブシおじいちゃんのことどう思ってるんだろう?色々聞いてみよう。


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