第2部
『それにしてもよく分かったね? インターフェースシンボルから粒子ビームが出せるなんて』
ムーンアーク内にそびえる居城【月光城】、その更に内部にあるムーンアークのメインブリッジへ戻る道中で、トーマスがインカムデバイス越しに問いかける。
「君が最初にこのスーツを寄越した時に言ったのだろう。私の魔法が一切使えない戦闘状況を想定して作ったと。ならば、私が使っていた物に類する兵装がまだ備わってる筈だと、そう考えたまでだ」
『それで引き出せちゃうんだから・・全く、君の戦闘勘は凄まじいよ』
「それより、これまでの状況で得られた情報を整理しなければ」
『もう準備は出来てるよ。皆ミーティングルームで待ってる。後は君が来るだけだ』
「すぐに行く」
そう言うと、パンドラは【
「・・待たせた。では早速始めよう」
ミーティングルームに出現したパンドラは、既に着席済みの童話主人公達に対して報告を始める。
「まず、現時点で存在が確認出来た勢力としては、治安維持を生業とする機関、それと蝙蝠女といったところか」
「・・治安維持機関とは衝突は勿論、接触も避けるべきだろうな。元々目立つ外見に加えて顔も覚えられてる可能性が高い」
パンドラとの空中追跡戦の記録映像を見ながら、赤ずきんが言った。
「おちおち歩き回る事も出来ぬとは・・不便よのう」
手の爪にマニュキアを塗りながら、童話主人公ウラシマが溜め息混じりに言う。
「あら~! カワイイマニュキア使ってるじゃなーい」
それを見た同じ童話主人公の桃太郎が、眼を輝かせながらウラシマに話しかけた。
「そうであろう。わらわの故郷で作られた特産品じゃ」
「話を戻そう」
盛り上がりかけた二人に釘を刺す様に、パンドラは本来のルートへと軌道を修正する。
「治安維持機関に関しては接触を避けるとして、問題はあの蝙蝠女の方だな。そもそも何者かが分からん上に、【
「ンーでも、向こうの居場所が分からないし、調べるにしても、とっかかりが無さ過ぎる。蝙蝠女の情報がもっと欲しいね。昨日の騒ぎの事は何かニュースになってないかな?」
「てゆーかアタシ思ったんだけど、それよりもここが何の童話世界なのか、アタシ達としては、それの調査を優先させるべきじゃないの?」
「ウム。我々の目的はあくまで洗脳された童話主人公を倒し、封印契約する事にあるからな。その少女がそこに関係があるのかは、童話世界関連の情報を集めていけばおのずと分かるかもしれぬ」
「・・良いだろう。だが山をくり抜いた都市とはいえ、狭くは無いぞ。人手は要る」
そのすぐ後、パンドラ、キタカゼ、赤ずきん、桃太郎、ウラシマの五人は、機械の馬が牽引する魔法馬車へと乗り込み、都市へと上陸すると、各自別方向へと散らばった。
「ン? オペラ? 金太郎、ワード候補に〝オペラ〟を入れておいてくれ」
『あい分かった』
『それなら〝コンサート〟もね』
『なら、歌手・・いや、〝歌〟はどうかの?』
『フムフム』
『オイ王子』
『ん? どうした?』
赤ずきんの呼びかけに、金太郎は耳を傾ける。
『〝声〟とそれから・・』
『「〝窃盗〟」』
『・・何だ、主殿とキタカゼは同じものでも見ているのか?』
「新聞だ」
『右に同じく』
『・・アナログな手段とは意外だな』
「情報戦に限った話ではないが、デジタルとアナログ、両方を使いこなせなければスマートとはいえんな」
『それにしても多いねコレ。一ヶ月で四件か』
パンドラと同じ新聞を読んでいたキタカゼは、その一面に載っている【美声、また一つ奪われる】と書かれた記事の内容に眼を通しながら言った。
「確かに多いな。・・〝突如豹変した関係者により、歌手の声が奪われる〟・・か。最初に起きたのは三ヶ月前と。これも童話主人公洗脳による異変か?」
『主よ。ならば事件の関係者に話を聞いてみては?』
「悪くは無いが、見ず知らずの他人に詳細な情報を話すとは思えん。この事件の他のニュースや記事もあされば共通項ぐらいは見つかるだろう」
『こっちはそれを取っ掛かりにするしかないかぁ』
「いや、まだあと幾つかある」
パンドラは新聞の記事から眼を離さないまま、金太郎に再び要請を出す。
「〝蝙蝠〟〝ロバ〟〝犬〟を検索ワードに追加しておけ」
『あい分かった。・・・・・・ン? 一軒だけ見つかったぞ』
報告されていたキーワードを片っ端から入力し調べていた金太郎が、その検索結果を告げた。
「何だ?」
『・・【ブレーメンの音楽隊】だ。蝙蝠は出てこないようだがな』
「まぁ、百パーセント同じという事はあるまい。当面は【ブレーメンの音楽隊の世界】と仮定するとして、その本来の主人公はどんな奴だ?」
『これは・・ロバ、かな? 他に犬と鶏と猫も出てきて、彼等が活躍する話のようだけど』
「だが、そのロバも、犬も、まるであの女の使い魔の様だった。なら奴が童話主人公なのか?」
『となると、やはりその者を追うのか?』
「完全にそれだと決まったわけではないが、追う価値は充分にある。私はこの事件を追うぞ」
『ヤレヤレ。リーダーがそう言うんじゃ、アタシ達は従うしかないわね』
無関係と思われていた歌手連続傷害事件、通称[声の窃盗事件]に童話主人公の気配を感じ取ったパンドラは、その詳細な調査に動き出す事となる。
「新規でファイルを作成して、事件の調査データーをそこで閲覧出来る様にしておけ」
『了解』
パンドラの命を受けた金太郎は、即座に手元のコンソールから月光状のサーバールームへアクセスすると、専用のフォルダをそこへ作成した。
「まずは被害者達のデータを洗い出すか」
そう言うと、パンドラは新聞、雑誌、ネットの記事を詮索し、四人の被害者達のプロフィールを金太郎にリストアップさせる。
『フム・・全員歌手である事と、関係者に加害者がいる事以外にここから分かる共通項は無しか』
「被害者はともかく加害者まで全員関係者というのは妙だな?」
『その手の掲示板やサイトも無いみたいだよ。まぁ裏のまで探すとなると、もう少し時間かかるけど』
「いや、いい。恐らくそちらの線も無いだろう」
『何故?』
キタカゼが意外そうにパンドラへ訳を尋ねた。
「各事件の発生日がてんでバラバラだ。通常、どこかで事前に計画を練ってこの手のものを実行に移すなら、同時多発させる筈だ。そうでなければ事実そうなった様に、後になればなる程警戒が強まるだけだからな」
『成程、確かに』
『日付に何かしらの法則は無いのか?』
赤ずきんが、事件発生日そのものではない部分について着目を促す。
『特にコレといって特定の数字が入っていたり、足したりかけたりもなさそうだな』
『ならきっと曜日が同じとか?』
『残念ながら、それも無さそうじゃ』
『アラ』
折角の予想も外れ、桃太郎はガクッと肩を落とした。
「視点を変えよう」
手詰まり感を覚えたパンドラは、異なる切り口から共通点を探そうと、各事件現場の項目に眼を移す。
「これから各事件現場を回る。キタカゼ、一緒に来い」
『了解~』
『我々はどうすればいい?』
「そうだな・・・・・・」
このままムーンアークまで帰すのはもったいないと感じたパンドラは、その後の作戦行動について考えを巡らせる。
「馬車で待機だ。加害者達がそれぞれの被害者を襲った経緯について、もう少し調べておいてくれ」
『・・分かった』
赤ずきんとの通信が切れると、パンドラは早速一つ目の事件現場へと向かった。
「ここが一軒目か」
パンドラとキタカゼが付近の建物の屋上から見下ろしたそのコンサート会場は、五つのフロアで構成された、都市の中でも割と大きな五階建ての建物である。
「事件の影響か、やはり警備が厳しくなってるね」
「それだけじゃ無さそうだ。身体検査を事ある毎にやっているな。特に関係者の出入りするスペースで徹底的に」
「当時はここまでじゃなかったにしろ、人目に付く場所には変わりない。ここで襲ったのは何故だろうね?」
「! ・・どうやらゆっくり考える時間は無さそうだ」
生体波導を感じ取ったパンドラが後ろを振り返ると、暗闇の地面から這い出る様にロバ頭の怪人が姿を現した。
「コイツは!」
「使い魔を送りつけてくるとは・・よほど我々に嗅ぎ回って欲しくないとみえる」
パンドラは両前腕部のユニットを展開すると、ロバ頭の怪人へ向けて光学サブマシンガンを浴びせかける。
だが、エネルギー弾の雨は怪人の身体に一切の傷を負わせる事無く、そのまますり抜けていく。
「・・やはり影には効かんか。ドレスチェンジ!」
光と風の属性を持つミラージュドレスに変身すると、、光属性の左手からフォースボールを撃ち放った。
瞬間、閃光弾の様な強烈な光が辺り一帯を照らし、視界が白一色に満たされる中、ロバ頭の怪人が身を焼かれるようにしてその場から消失する。
『どうした主殿!?』
「・・あの蝙蝠女の使い魔がまた現れた」
『何だと? すぐに行く』
馬車の中で金太郎との通信を聞いた赤ずきんが、増援に向かおうと勢い良く立ち上がった。
「いやいい、もう失せた。それより戦闘で目立ち過ぎた。一旦そっちに退却する」
そう言うと、パンドラは自分達の存在がバレない内に、キタカゼ毎【
*
「あらぁ~どうしちゃったの? 早かったわね?」
足早に帰還したパンドラに、桃太郎が声を掛ける。
「私とした事が、しくじった」
「どういう事だ?」
パンドラから聞く珍しい報告に、赤ずきんの表情が僅かに曇る。
「一軒目の事件現場を外から観察中に、蝙蝠女の使い魔が一体現れた。退けたのはいいが、方法が甘かった。・・光属性の攻撃を行うべきではなかったな。この都市ではどうやっても目立つ」
「更にマズいのがあるだろう? 使い魔に襲撃されたって事は、向こうにこっちが事件を嗅ぎ回ってるのがバレてるって事さ」
パンドラに続きキタカゼが参ったといわんばかりの様子で報告を追加した。
「それもあったか・・・・・・」
「完全に状況は悪化しておるのう」
そう言いつつも、ウラシマはどこか優雅というかマイペースな様子で紅茶を口に運ぶ。
「一度状況を整理しよう」
パンドラはおもむろに【
「まず、この世界に来てすぐに新型コスチュームの性能試験をした。結果として現地の警察機関に追い回されたが、その最中に現れたのが、あの蝙蝠女だ」
「奴は単純な戦闘能力もそうだが、巨大蝙蝠と群像体への変身能力に加えて、使い魔による能力強化も可能と」
「使い魔が影の中から現れた事を考えると、奴自身も同様の事は可能だろうな」
「で、童話世界としての情報を集めてたら、童話主人公があの蝙蝠女である可能性が出てきて、更に発生中の声の窃盗事件に関わってるかもしれないって事ね」
「+妨害してくる使い魔共を、街中で注目集めずにどう処理するかだ」
「光もダメ、音もダメ、注目も集めないようにとなると、ほぼ一撃か、それに近い短期決戦による形で仕留めなければならないという事か」
「という事は誰の力が? まぁ少なくとも私と金太郎は適さないと思うが」
「影をどう攻略するかがカギだな。せめてアリスが顕在ならやりようがあったんだが」
「そうなのか?」
「アリスなら、重力魔法によるマイクロブラックホールで、一瞬にして消し潰せる。最も影から生み出される奴等を完全に消滅させるには、あの蝙蝠女を叩きのめさんと根本的な解決にはならんだろうがな・・いや、待て」
「どうした?」
「そうか・・・・・・どうしてもっと早くこの手段を導き出せなかったのか、己の間抜けさに軽くへこんだぞ」
「アラ、何かいい案でも思いついたの?」
「使える手段が多いと、案外すぐ出てこないものだな。これ以上ない程ベストな案だ・・・・・・シラユキのタイマーフリーズを使う」
「!」
「成程、確かに時間を止めてしまえば、妨害もクソも無いね」
「あぁ、それとどうも客が来たようだ。招かれざる客がな」
馬車の外に迫る複数の生体波導を感知したパンドラは、窓の外を覗く事無く告げる。
「私をつけてきたか・・いやいい、私がやろう。行くぞ」
加勢しようと立ち上がる童話主人公たちを制止し、ゆっくりと扉に向かって歩きながら、パンドラはシラユキを呼び寄せた。
「あぁ」
そしてフローズンギアのスイッチが押されたその瞬間、世界が静まり返り、パンドラはドアノブに手をかけると後ろを振り返る。
「では行って来る」
「いってらっしゃ~い」
時間停止の最中においても、制約によってその影響を受けない童話主人公達に見送られ、パンドラは馬車を後にした。
馬車から降り立ったパンドラの前には、人型や獣型の影が今にも馬車を襲撃せんと取り囲んだ状態で止まっている。
「アクセレート」
《
その直後、世界からパンドラの姿が消失した様に見えるのと同時に、影の化物達がまるで見えない何かに吹き飛ばされたかの如く跳ね上がった。
だが、影の化物達が徐々に消え始めた状態で再び停止する中、既にそこにパンドラの姿は無く、暗い都市の中をとてつもない速度で駆け巡る光の筋は、真っ直ぐ第二の事件現場へと向かっていく。
《
「ここだ。この屋敷だ」
目的地の前で急ブレーキをかけたパンドラは、第二の現場となった歌手の屋敷を見上げた。
「さてと、本来なら外から見える範囲で済まそうと思っていたが、時間が止まっているなら・・」
時間を停止させた事で、人目を気にせず堂々と建物内部へ侵入する事が出来るようになったパンドラは、【
「こういう事も容易な訳だ。フム、ここは一軒目と違って、人の出入りが殆ど全くといっていい程無さそうだな。周囲の人口密度は関係無いのか。だが、どちらの事件も容疑者は即座に関係者によって取り押さえられている・・つまりターゲット一人から声を奪った時点で、それぞれの目的は達成され、逃亡の必要も無かったという事か? いや、コレに蝙蝠女が関わってるとするなら、この容疑者達は恐らく使い捨てだな。ン?」
床を見渡していたパンドラは、その一角に人為的な傷がつけられているのを見つけた。
「コレは・・何かで引っ掻いた様な傷・・それもかなり鋭い物でやられているな。床と・・壁にも複数・・逃げ回る被害者を追い回した時に出来た物か。他の場所にもあるかもしれん、次の場所へ向かうか」
そう言うとパンドラは再び【
「・・・・・・(あの傷、人間の手で作れるような物ではない筈だ。まるで獣の爪に切り裂かれたかの様な。だが実際には人間が人間を襲っている・・襲った際に人間を人外たらしめる物に変えた何かが起こったという事か? それに奴等が関係している? ・・やはりその場にいた人間の証言が欲しいな。警察機関に忍び込めれば捜査資料を漁る事が出来るんだが、場所はどこだったか)」
途中で方向転換し、都市の上空から見下ろしたパンドラは、それらしき建物が無いかと眼を凝らした。
「(この限られた範囲の中に作られた都市の公的機関とあれば、十中八九中心部に作られている可能性が高い。加えて上が覆われている以上、大型の建造物も限られる。あれだけのドローンを運用出来る機関だ。そう小さな建物でもあるまい・・・・・・見つけた。後は捜査資料の保管場所の在処だが、上か下か・・・・・・上では侵入が容易い。侵入が容易い分、脱出も容易い。密閉性が低い分、機密物の補完には不向き。となると・・下か)」
パンドラはビルの一階に視線を移すと、【
「さて、関係者しか入れない地下への入り口は・・・・・・ここだな」
探し当てた扉がカードキー式の物だと分かると、パンドラは再び【
「ビンゴ。どれどれ・・フム、事件発生の直前まで容疑者は普段と変わりなかったのか。突然眼を紅く光らせて化物になった・・という事は、それよりも遥か前のタイミングで何か仕掛けられたな。このタイミングはあくまでその仕掛けが発動したに過ぎん。容疑者共の事件前の行動を遡ればそれも分かろう。ン?」
四件の事件の調査資料を紐解き、同時に眼を通していたパンドラは、そこである共通点を発見する。
「コレは・・・・・・容疑者達が全員外出中に一度意識を失っている? どれもホンの一瞬の様だが、仕掛けられたとするならココだな。それぞれの意識喪失時の場所は・・成程。良し、知りたい事は分かった。後はこれらを順番に回っていくとしよう」
そう言って資料をしまい、【
「!」
パンドラの脳内に足元の影から奇襲を受けるビジョンが流れ込み、反射的にパンドラは振り返りざまにフォースバリアを展開するも、ビジョン通りの奇襲攻撃が孕んでいた予想外のパワーに、そのまま後方へと吹き飛ばされ、別の建造物の壁に叩き付けられた。
「・・・・・・っ、何だどういう事だっ」
ヨロヨロと体勢を立て直したパンドラは、鋭い眼光で蝙蝠女を見据える。
「何故奴が時間停止した世界で動ける!?」
『特異点なのかもしれない』
「もっと早く妨害しに来なかったのが気になるが、時間停止の中を動けるカラクリが奴にもあるという事か」
『タイマーフリーズを解除して彼等を呼ぶべきだ』
「警察機関の施設前で争っているのにか? それより確認するべき事がある」
そう言うと、パンドラはフローズンギアのもう一つの白いスイッチを押した。
《
「・・・・・・」
『・・・・・・』
「・・・・・・」
「シラユキ」
『何だ?』
「これは正しく発動しているのか?」
『・・いや、しているなら今頃彼女は氷付けだ』
「という事は・・」
『彼女は童話主人公という事になる』
《第3部へ続く》
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