第九章――【ブレーメンの音楽隊】編――
第1部
『本当に甲板でなくて良かったのかい? 広さは充分な筈だけど』
「広いだけだ。実際の環境は建造物や地形で入り組んでいる。そういう所で満足いく運用が見込めないのであれば意味が無い」
ムーンアークで新たな童話世界に辿り着いたパンドラは、その後、対ムーンフェイス戦を想定してトーマスによって製作された新型の戦闘コスチュームの性能テストを行っていた。
片耳式のインカムデバイス越しに聴こえてくる科学者トーマスの問いに対し、パンドラは立ち並ぶ高層ビルの間を潜り抜ける様に飛びながら答える。
『一理ある』
『それよりどうなのだ主殿。その・・〝ヴァルキリー〟とかいうスーツの調子は?』
同じデバイスから、今度は童話主人公である金太郎の声が届いた。
「悪くない。推進機関は確か〝PAG〟とか言ったか?」
『正確には〝
「そうでなくては。ムーンフェイスどころか童話主人公にすら手間取るのは御免だぞ」
その時、ヴァルキリーの襟部分から、危険因子の接近を知らせる警告音が鳴り響く。
「何だ?」
《後方ヨリ敵影接近中。数ハ二十》
ヴァルキリーと同期したニコラが、警告内容をパンドラに伝えた。
「どこの連中だ?」
《現地ノ治安維持機関ト思ワレマス》
『厄介だな。今反撃すると後々面倒そうだ。どうだろう主殿。ここは一つ、ヴァルキリーの機動力で以ってまいてみるというのは?』
「それもいいがトーマス、防御兵装も当然あるんだろうな?」
『勿論。フォースバリアの代わりに用意しているとも。その両手の甲を筆頭に全身八ヶ所にね』
トーマスの返答を受け、パンドラが全身にチラリと眼をやると、両肩、両手、両膝、両足にそれぞれクリスタル状のユニットがあるのが確認出来る。
「コレの事か。確か私の脳波で操作出来るんだったな」
そう言うと、パンドラはヴァルキリーの光学シールドユニットを全て起動した。
すると全身をクリスタルと同じ色の光学シールドが覆い尽くす。
「良し。さっさと敵をまいて街を離れるとしよう・・・・・・ン?」
パンドラがPAGの出力を上げて加速した時、新たに警告音が鳴る。
《更ニ後方カラ新タナ敵影ガ接近中デス》
「増援か?」
《イエ、コチラヲ追跡中ノ勢力ヲ後方カラ撃墜シナガラ接近中ノ為、ソノ可能性ハ低イト思ワレマス》
「第三勢力か」
《コノママデハ追イ着カレマス。アクセレートデ加速シマスカ?》
「いや、迎撃する。攻撃武装は無いのか?」
《固定武装トシテハ、光学サブマシンガンガ両前腕ニ。ソレ以外デスト専用ノ武装データーサーバーカラインストールゲートヲ通ジテ随時
「マシンガンから試すか」
《接近中ノ勢力ノ詳細ガ判明シマシタ》
「・・蝙蝠? にしては妙に早いな」
パンドラはヴァルキリーの光学サブマシンガンを起動すると、接近中の無数の蝙蝠に対して迎撃を開始した。
だが、攻撃を受けみるみるその数を減らしていた蝙蝠群は次の瞬間、寄り集まって巨大な一匹の蝙蝠へと姿を変える。
「デカイな」
大型化した蝙蝠に光学サブマシンガンは威力不足なのか、巨大蝙蝠は直撃をものともせず、みるみるうちにパンドラとの距離を縮めてきた。
「オイ、インストールゲートというのはどこだ?」
《ソノ両掌ニ》
「コレか・・」
パンドラは掌にあるインストールゲートを後方の巨大蝙蝠へ向けると、そこから無数の小型化されたマルチビットが吹き出す様に現れ、容赦なく光線のシャワーを巨大蝙蝠に浴びせていく。
その直撃を受けた巨大蝙蝠が埠頭に叩き落されるのに、そう時間はかからなかった。
数多の光線に撃ち抜かれ、複数のビルに激突しながらも都市部を抜け出た巨大蝙蝠は、転がり込む様に埠頭の建物の上に墜落した。
そして巨大蝙蝠は無数の蝙蝠へ分散したかと思うと、そのまま霧散し、中から文学少女の様な格好をした人間が現れたのである。
「! ・・人間?」
その直後、少女は足元の影から刀状の武器を取り出すと、着陸したパンドラへと斬りかかって来た。
「!」
すかさずパンドラも、インストールゲートからバスターソードプリンシパルをリアライズすると、少女の攻撃を防ぎ、逆にこれを吹き飛ばす。
「・・・・・・」
体勢を崩しかけた少女だったが、すぐに立て直すと、パンドラの追撃をかわし斬り付けた。
「っグッッ!」
手痛い一撃を受けたパンドラは、反撃の為プリンシパルを振るう。
だが、その刃が少女を捕らえる事は無く、ひたすらに空を斬る刃をかいくぐると、少女はパンドラを崩れた建物の壁へ向けて蹴り飛ばした。
「ッウゥッ!」
素早く動く少女に対してプリンシパルでは相性が悪いと判断したパンドラは、プリンシパルを放り投げると、そのままそれをドールモードへと変形させ、援護に回す。
更に体勢を立て直すと、パンドラは左手首の腕輪を捻った。
《
次の瞬間、パンドラは目にも止まらぬ速度で少女の視界から消え、両手の甲の光学シールドを展開すると、少女を横から殴りつける。
「!」
突然目の前から消えた相手からの攻撃に、一瞬で視界が上下逆転した少女は、頭部を激しく地面に打ちつけて跳ね上がった。
そこから少女が跳ね飛んだ方向へ回り込んだパンドラは、足のユニットから光学シールドを展開し、飛んできた少女を蹴り飛ばす。
加えて少女の正面に躍り出たパンドラは、両手のシールドを閉じると、前腕の光学サブマシンガンを叩き込み、少女の身体が緩やかに後方へ流れ始めた所で、跳躍し、トドメの一撃に入った。
「ムーンライトインパクト」
波導エネルギーを凝縮した右腕で少女を思い切り殴り飛ばし、それと同時にアクセレート状態解除する。
《
辛うじて意識を失わずに住んだ少女は、自らを再び蝙蝠の群生態へと変化させた。
「!? コイツ、【
周囲に散開した蝙蝠群の攻撃に、パンドラは【
すると少女は、影の中からロバの頭部を持つ怪人を召喚した。
「! 増援か?」
呼び出されたロバ頭の怪人は、少女の方向を向くと、持っていたチェロを奏でる。
「何をする気か知らんが、処理しておこう」
パンドラはマルチビットを操作すると、ロバ頭の怪人目掛けて光線の雨を浴びせかけた。
だが、その直前に音色を受けていた少女は何やら赤いオーラを纏うと、次の瞬間、驚異的な速度で再びパンドラに斬りかかる。
「!? 感触が変わった?」
咄嗟に光学シールドでこれを防いだパンドラだったが、先とは余りにも異なる威力に、後方へと吹き飛び壁へ叩き付けられた。
更に少女は、そこへ間髪入れずに影の刀でパンドラに突きを繰り出す。
「くっ!」
パンドラは光学シールドでこれを受け止めるが、その身体は徐々に壁にめり込んでいた。
「この盾、実体剣にも有効なんだろうな?」
『勿論。ボクがそんなガバガバな設計すると思うかい?』
「思わん」
しかし、その驚異的なパワーでパンドラそのものを押し込もうとしているのもまた事実。
そこでパンドラは身体を回転させ、少女の突きをいなす様にその場から逃れると、少女の刀がそのパワーで壁に突き刺さり、動きの止まった一瞬の隙を狙って両手に展開した光学シールドで少女を殴り飛ばした。
「・・あの女、どうもさっきの音楽から感触が違う」
『フム・・音色で己を強化するのか?』
インカムデバイスからの映像を見ていた金太郎が、その様子から少女の能力の一端を推察する。
「だとすると、また鳴らされたら面倒だな・・キタカゼ、来い。出番だ」
パンドラはブローチに変わるものとして、首元に設けられたムーンライトシンボルから童話主人公のキタカゼを召喚した。
「御用を何なりと、主様」
飄々としつつも、起き上がる少女から目を離さずに、キタカゼは指令を促す。
「奴が再び手下を召喚したら、暴風で妨害しろ」
「了解!」
パンドラの指令とほぼ同時に、少女によってトロンボーンを手にした犬頭の怪人が呼び出され、音を発するのと時を同じくして、周囲一体に暴風が吹き荒れた。
その策が功を奏したのか、少女を先の様なオーラが纏うといった事は無く、少女の表情にも僅かな苛立ちが感じ取れる。
当然、敵の強化策を潰しただけで満足するパンドラではない。
そこから更に、胸部中央に新たに配置されたインターフェースシンボルから、大型の粒子ビームを発射し、それは間違いなく少女に直撃した・・・・・・筈だった。
「!?」
その寸前で、巧みに身体を捻りこれを回避していた少女は、粒子ビームで開いた穴から飛び出ると、そのまま一瞬にして姿を消したのである。
「逃げた?」
「フン、実力テストでもしたつもりか」
不敵な笑みでそう呟いたパンドラは、プリンシパルとキタカゼをそれぞれの場所へ戻し、一度空中に停泊中のムーンアークへ戻るべく飛翔した。
蝶々仮面のパンドラ 第九章――《ブレーメンの音楽隊》編
《第2部へ続く》
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