第3部



「もし、そこの」

 パンドラは立ち去ろうとする羊頭の少女に声をかけた。

「? おねいちゃんだあれ?」

「パンドラというのが私の名だ」

「パン・・ドラ・・」

 そう口にすると少女の眼が一気に煌めく。

「しらないひとだ! はじめてしらないひとにあったァ!」

「! 君はこの世界の住人を全て知っているのか?」

「そうだよ。だってここはメリーのせかいだもん」

「? どういう事だ? 我々はそのメリーという人物を探しているのだが」

「? メリーならここにいるよ?」

「!」

 ここに来てようやく、パンドラは目の前の羊頭の少女こそがこの世界の童話主人公メリーである事に気付く。

「君がメリーだったのか。(・・気付かなかった。自分の事を名前呼びする奴は初めてだな)」

「そうだよ。でもここはメリーのホントのせかいじゃないの」

「どういう意味だ?」

「ここはメリーがみてるゆめのせかいなの。でもおきれなくなっちゃった・・」

「身体が覚醒状態に移行出来ないという事か!?」

「ゴズとメズが出てきたのもそのころから」

「・・・・・・(これは間違いなくムーンフェイスが一枚噛んでるな)」

 流石に夢の世界に入る技術までは無いのだろうと思いつつも、既に現実世界の方に手が及んでいる可能性を考えると、そうノンビリもしていられない。

「もう少し話を聞きたいのだが、構わんかね?」

「おしゃべりするの? いいよ!」

「君は先程、排泄物の付いた棒を手に奴等を追い回していた。奴等はそれに恐怖を感じ逃げていた様に見えたが、一体何故排泄物が奴等に有効なのだ?」

「う~ん・・・・・・ウンコだから!」

「な・・・・・・(理由になってない気もするが・・)まぁ、確かに好き好まれるような物でもないか(だがそれを込みで考えたとして、あの体格差があってあそこまで恐れるものか?)・・ン?」

 そこまで考えた時、パンドラに素朴な疑問が浮かんだ。

「そういえばあの〝ウンコ〟は一体どこから持ってきたんだ?」

「ウンコ? はい!」

 メリーはそう言うと、どこからともなくウンコを取り出す。

「ホイ! ホレッ! ホッ!」

 呆気に取られるパンドラを前に、メリーは更に幾つものウンコを次々と出現させた。

「ウンコを召喚出来るのか・・・・・・」

「そこらへんにもおちてるよ?」

 引き気味のパンドラに対し、メリーは周辺の地面を指差す。

「・・・・・・そ、そうか(大丈夫なのかこの世界は・・)」

 衛生的な意味で色々と心配になってきたパンドラだが、この世界でそれ以上考えても無駄なのかもしれないと、途中で考えるのをやめた。

『パンドラ、悪いんだけど・・』

 左耳のインカムデバイスから、バツの悪そうなトーマスの声が届く。

「何だ?」

『そのウンコ、何か分かるかもしれないから、解析用に一個持って帰って来てくれないかな?』

「構わんが・・しかし手土産がウンコ一つか。もう少し何か欲しい所だな。メリー、ここが君による夢の世界だとするならば、そこにおける最適な戦い方も君が一番良く知っている筈だ。君の戦い方を是非教えて欲しい」

 現時点での最も欲しい情報を要求したパンドラだったが、それに対するメリーの答えは意外なものだった。

「メリーは戦ってないよ? メリーは遊んでるだけ」

「! 遊・・び・・・・・・?」

 それは戦闘を主眼に生み出されたパンドラの中には存在しない概念であり、これをきっかけに、パンドラは戦闘以外における自身の能力の生かし方について考えていくことになる。が、それはまだ先の話。

「その・・遊びというのがよく分からんのだが、それを習得すれば奴等を倒せるようになるのか?」

「たおせるー!」

「そうか。良ければ、私にもその遊びとやらを教えてくると嬉しいのだが」

「~! 一緒に遊んでくれるの? ヤッター!」




《眠りの森の美女編――第4部へ続く――》

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