第4部



「ン?」

 町を歩いていたパンドラは、突然脚を止めたかと思うと辺りを見渡した。

『どうした?』

「何か聴こえる」

 まだ避難民が入ってきたばかりで人が殆どいない筈の都市部で、何かの音を聞き取ったパンドラは、その出所を探す。

『何の音かな?』

「・・機械音の様だな。向こうの方角からだ」

 音の方向を掴んだらしいパンドラが、ある一方向を指差しながらゆっくりと歩を進める。

 近付いていく毎に、その音は段々と鮮明になっていき、《ギュィィン》や《ガション》等の重々しい音がパンドラの耳に届いた。

「ここか」

 音の出所らしき建物の前に辿り着いたパンドラは、その直方体の外観を見渡すと、まるで何かに引き寄せられるかの様にその建物へと近付いていく。

『入るのか?』

「あぁ。問題でも?」

『いや。だが用心するのだぞ?』

「了解。周囲の生体波導の気配に注意しつつ、物音の正体を探りにいく」

 生体波導の気配から、初めて人がいると思われる建物に入りつつ、パンドラはどこか忍び足で物音の方向へと進んでいった。

「!」

 途中、感知していた生体波導が建物の更に奥へと移動するのを感知したパンドラは、それを追って物音の方向へ更に脚を進めていく。

「ここは・・・・・・」

 建物内に入ったパンドラは周囲をくまなく見渡した。

「合成ゴム素材の床にコンクリート製の壁・・人間の住居にしては随分無機質な空間だな」

『住居スペースとは違うのだろう。見た事無い物が幾つかあるが、恐らく工房の様なものではないか?』

「成程、工房か」

 無造作に置かれた工具や、製作途中と思われる機械類を一瞥しながら、パンドラは工房内を調べまわる。

「・・・・・・科学系の工房といったところか、どう見ても魔法形の工房ではないな」

 ムーンフェイスとの事があるからか、そう述べるパンドラの表情は険しくなっていく。

「ム?」

 そこへ、感知していた生体波導が後方から近づいてくる事に気付いたパンドラは、振り返ってその主を待つ事にした。

 だが、そこへ現れたのは一人の少年ともう一人、人型の何かが佇んでいたのである。

「ボクの工房に何か用かな?」

 少年が僅かに警戒しつつ、それでいてどこか余裕を崩さない表情をこちらに向けた。

「パンドラというのが私の名だ。この船の新しいオーナーになる予定の者だが、お前は・・?」

「この工房の主のトーマス。コイツはアンドロイドの助手でニコラだ」

「ドーモ、ニコラトイイマス」

 電子音交じりの声を響かせながら、ニコラはトーマスの前に出ると、パンドラへ右手を差し出す。

「!」

 だがパンドラはその手に応える事無く、一気に表情を険しくすると、僅かに距離を取って臨戦態勢に入った。

「ん?」

『どうした主?』

「コイツは人間じゃない。人型ではあるがな」

 戦闘態勢を維持したまま、パンドラはニコラから目を離さずに警戒心を高める。

『何と!』

「アンドロイドとか言ったか、どこかムーンフェイスや鎧武者共に似たものを感じるな」

「・・人の工房に勝手に入って敵意むき出しとは穏やかじゃないな」

「ではどうする?」

「ボク等はただ、君達がここに何の用で来たのか知りたいだけなんだけどね」

「聞きなれない音がしたので興味本位で訪れただけだ。だが、機械人形がいたのではな」

「そんなに警戒しなくても、ボクが命令しない限りコイツは攻撃しないよ。ボク等に今戦う意思はない」

 争う意思が無い事を示したいのか、トーマスは両手を挙げ、胸の前で掌をこちらへと見せた。

「だがこちらにはある」

「参ったなぁ、どうすれば信じてもらえるのか・・そのムーンフェイスとやらはそんなにニコラに似てるのかい?」

 困り果てた表情のトーマスは、パンドラから少しでも戦闘の意思を削ごうと、話を広げる事にした。

「姿形は違えど、その独特の駆動音と機械音声は奴によく似ている。私が旅してきた場所は皆、奴等サイボーグの軍隊に蹂躙され、私の生みの親も奴に連れ去られた」

「ちょ、チョット待って。サイボーグだって?」

 突然出てきたサイボーグという単語に、トーマスの表情は一変する。

「そうだ。サイボーグだ」

「君の故郷と旅路を襲ったのはアンドロイドではなくサイボーグなんだね?」

「どちらも同じ様な物だろう?」

「全然違う!」

 突然、それまでの穏やかな様子とはうって変わって語気を荒げたトーマスに、パンドラはその違いについて初めて疑問を持った。

「・・とにかく、君を襲ったというサイボーグの連中について詳しく聞かせて欲しい」

「いいだろう」

 ムーンフェイスを始めとするサイボーグ鎧武者軍団へ興味を示したトーマスに、サイボーグとアンドロイドの違いを知ることが出来るかもしれないと考えたパンドラはこれまでの事を詳しく説明する。

「フム・・・・・・」

 パンドラの話を聞き終えたトーマスはしばらく考え込むと再び口を開いた。

「君はサイボーグが本来どんなモノか知っているのかい?」

「どういう意味だ?」

 パンドラが目を細めて聞き返す。

「サイボーグっていうのはね、〝人間が身体を機械化させた存在〟をいうんだ。君の言う話が本当なら、そのムーンフェイスとやらはサイボーグじゃない。コイツと同じアンドロイドだよ」

「何だと?」

「もし彼のサイボーグという主張が本当であるなら、彼は元・人間という事になるね。一体本当はどっちなんだろうねぇ?」

 少年はどこかウットリとした表情を浮かべながら、何やら人が横たわれそうな程の大きな装置を弄り始めた。

「だがそれだと幾つか妙な事がある。奴とその配下である鎧武者共からは一切の生体波導を感じなかった。奴等を幾度となく木っ端微塵にしたが、生体部位を目にした記憶は無い。更にゲッコー自身も連れ去られる前、奴等の事をサイボーグだと確かに断言していた」

 パンドラはムーンフェイスや鎧武者と初めて戦った時の事や、これまでの戦いを思い返しながら言葉を返す。

「けど人間はそもそも間違いを犯すものだからねぇ。そのゲッコー博士はそれまでにサイボーグやアンドロイドを見た事はあったのかい? 君の故郷でどれだけサイボーグやアンドロイドの概念が根付いていたかは知らないけど、もしそこまで広まってないのであれば、ゲッコー博士が有識者であっても混同してしまう事はありえない話じゃない」

「・・そういえば奴等を目にした時、いたく驚いていたな。少なくとも見慣れた反応ではなかった。となると奴はアンドロイドなのか? ならば何故サイボーグを名乗る?」

「そう急いで決め付ける事は無いよ。サイボーグの定義である人間ベースにしたって、どの程度人間の部分が残ってるかなんて、それこそピンからキリまである。中には脳だけを残して他は全て機械なんてのもいるらしいからね。生体波導とやらが果たして脳や一部の生体器官のみを残した状態でも感知出来るかどうか、まだ誰にも分からない」

「・・確かにそこまでは考えた事もなかったな」

「果てはその生体器官どころか、人間の身体そのものを人工的に造り上げた〝人造人間〟や、オリジナルそっくりに複製した〝クローン人間〟なんてのもどこかの国じゃ生み出されてるって話も聞く。そこにオリジナルの意識もとい魂を移植するなんていう、オカルトめいた技術もあるとかないとか」

「話が飛躍し過ぎてるような気がするが?」

「けど先方のツクヨミ博士という科学者はかなりのレベルなんだろう? なら実現出来る技術力を持っててもおかしくは無いね。僕も会ってみたいなぁ~」

「私は可能な限り会いたくも無いがね」

「よし、こっちへ」

 大型の装置を弄っていたトーマスがその手を止め、振り返ってパンドラを呼び寄せる。

「・・何だコレは?」

 装置を目にしたパンドラは怪訝そうな様子でトーマスに尋ねた。

「過去の記憶を映像で見れる装置だよ。君の話を聞いてたら、そのムーンフェイスという奴に興味が出てきたんでね」

「・・コレに横たわれと?」

「あぁ。もしかしたら対策の良いヒントが見つかるかもしれない」

「フン」

 正直、あまり心の底から信じていたわけではなかったが、それでも見つかれば儲け物程度には考え、パンドラは装置に横たわる。

「それじゃあ、いくよ?」

「あぁ」

 パンドラが応答すると、トーマスは装置のスイッチを入れ、パンドラの視界が暗くなっていった。

「・・・・・・この人がゲッコー博士か。思ってたより若い人だなぁ。ほう、これが彼女の使う波導魔法か。ん? この子は誰だろう? 見た事ない子だ。君等の仲間かい」

 ここで一旦映像を止めたトーマスは装置に横たわるパンドラの方向へ問いかける。

『・・何故我等の存在が分かった?』

「簡単な事さ。対面する直前まで彼女は誰かと話していた。けど対面した時、彼女一人しかいなかった。最初は電話でもしているのかと思ったけど、彼女のアンドロイドや科学技術に対する反応からして、それもなさそうだし、そうなると考えられるのは、一つ目として、その場に存在はしているけど姿を隠しているパターン。でもこれは彼女が姿を隠してないのに、片方だけ隠す意味が分からない。二つ目として、ボクも知らない遠隔通話を可能とする魔法を使用していた。ボクとしてはこのどちらかだと思ったのさ」

『成程、つまり我等相手にカマをかけたという事か。中々やりおる』

 そう言うと、金太郎はパンドラのブローチから人間形態でトーマスの前に姿を現した。

「おぉ、そこにいたのか!」

「正解としては一つ目だな。我等は主殿と契約して以降は、このブローチ内で時を過ごしている。その者も我等童話主人公が一人、アリスだ」

「アリス! あの《不思議の国のアリス》のアリスかい!? 懐かしいなぁ~小さい頃絵本で読んで貰った事があるよ。じゃあ、君は?」

「余か? 余の名は金太郎だ。ところで映像の続きは見なくて良いのか?」

「おっと」

 金太郎に言われ、トーマスは停止していた映像を再生し始めた。

「・・これか、これが彼女の言っていた鎧武者軍団と・・おぉムーンフェイス! 凄い! 想像を遥かに越えたマシンスペックだ! 見るだけで分かる。こんなのと戦い続けてよく生きてこれたなぁ。ん?」

 ここで映像はパンドラが【蝶・効・果バタフライエフェクト】や【蝶・反・応バタフライリアクト】等の能力に覚醒した場面に入る。

「コレは・・・・・・何だ?」

「最初に覚醒したムーンレイという能力がトリガーとなってその後次々と覚醒していった特殊能力達だ。何故覚醒する事が出来たのか、そもそもこれらの特殊能力は一体何なのか、誰も分かっていない。主でさえも。ゲッコー博士ならと主は考えているようだが」

「・・この力は非常に興味深いね。ん、最終的にここに来る直前の童話世界で時間停止の力を持つ童話主人公を仲間に出来たと・・」

「だが状況が状況だっただけに、おそらくそれすらもムーンフェイスは対抗手段を早々に備えてくるだろうというのが、主の今現在の見解だ。これまでもそうだが、こちらが戦力と能力を強化する度に、向こうは恐ろしい速度で対抗手段を講じてくる」

「ん~向こうの科学者は相当の技術力だね。時間停止の対抗手段もいいけど、ボクがムーンフェイスの開発者だったら、ここまで苦戦する段階で早々に、魔法そのものを無力化する機構を搭載するだろうね」

「魔力そのものを・・無力化。これは穏やかではないな」

「けど興味深い武装も見れた。創作意欲が湧いたよ。決めた。ニコラ、次の研究は彼女の新しい武装にしよう。それも魔法無効化への対抗手段としてだ」

「名案ダト思イマス」

 トーマスが装置のスイッチを切ると、目を覚ましたパンドラは装置から立ち上がった。

「・・何故金太郎が?」

「過去の記憶を見ている間、詳しい話を彼に聞いていたんだ」

「勝手ながらムーンフェイスとの戦いについて色々話してしまった。まずかったか?」

「いや構わん。それで、そのいい対抗手段とやらは見つかったのか?」

「一言で言えば興味の宝庫だったね。君がいう生体波導というもの。ボクはこれを生命体から発せられる一種の信号の様なものだと考えた。生物の生態活動に信号は不可欠だからね」

「フム」

「生物が身体を動かす時、脳から全身の駆動箇所へ瞬時に信号が発せられる。だがボクは、これはまだ脳が持つほんの一部の力に過ぎないと思うんだ」

「ホウ」

「特に人間に関してはその脳の力を一部しか引き出せてないと言われていて、フルスペックを引き出せた場合、身体能力は数倍から数百倍にまで引き上げられると言われているんだ」

「それで?」

「中には極々一部それに当てはまる人達もいて、巷じゃ超能力者なんて言われてるけど、僕は身体の中でしか行き来できない脳信号を、身体の外の物に対して働かせていると考えてる」

「体外にまで影響を広げた脳信号・・私風に言い換えるなら【脳波】といったところか」

「脳波! イイねそれ。それでいこう。で、ムーンフェイスのこのマルチビットという遠隔武装の操作も同様の仕組みなんじゃないかなぁって」

「フム。だが単に体外の物体に対して働かせるだけなら既に可能だ。【蝶・念・動キネシス】」

 パンドラは適当に目に付いた工具を【蝶・念・動バタフライキネシス】で手元に引き寄せてみせた。

「さっきも見た奴だ! どういう原理で操っているのか分からないけど。そう、イメージとしてはそんな感じだよ。けど多分、これは物体に対し外から働きかける感じ・・例えるなら机の上にある物を手で掴み取る様な物だと思う。脳波の力を完全に引き出す事が出来ればもっと俊敏で高度に、自分の手足を動かすみたいな感覚で操る事が出来る筈だ。恐らくこのマルチビットという武装には、武装側にムーンフェイス本体からの信号を受信するユニットがある筈だよ。よし、コレとほぼ同様の仕組みで、かつ君の脳波を解析し、より引き出す、君だけのマルチビットを開発してみるよ」

「期待しないで待っておこう」

 パンドラはそう言うと、金太郎をブローチにしまい、工房を後にしようとする。

「あぁそれと宇宙怪獣共を片付けたら、ボクも君達の旅についていくよ」

「何?」

 目を細めながらパンドラはトーマスの方へ向き直った。

「嫌とは言わせないよ。これだけ興味深い相手と研究案件は初めてだからね。それに君だってムーンフェイスへの対抗手段に頭を悩ませているだろう? ボク等なら力になれるよ」

「・・勝手にしろ」

「交渉成立~」

 工房を去るぶっきらぼうなパンドラを、トーマスは満面の笑みで見送る。

 それからしばらくしてパンドラが城へ戻ると、丁度ムーンアークの発進準備が整ったところだった。

「おぉ、戻ったか。今艦内放送で呼び戻そうと思っていたところだ。そろそろ作戦が始まる。裏手のドックで出撃準備を整えておいてくれ」

「あぁ」

「ムーンアーク発進。作戦開始宙域まで艦を進めろ!」

「了解!」

 司令官の命を受け、メインブリッジのクルー達が慌しく動く中、パンドラは一人裏手のドックへと向かった。

 そして金太郎を魔宝具形態で起動し、いよいよロマンダイナに乗り込んで出撃しようかというその時――

「パンドラ!」

「!」

 ニコラの背中に乗ったトーマスが、ニコラの抱える大型のケース二つと共に現れる。

「それは?」

「完成したんだよ。例の物がね」

 ニコラの背中から降りたトーマスは、ニコラが降ろしたケースの一つを手に取ると、その中身をパンドラへと見せた。

 そこには黒い菱形のユニットが六機入っており、それぞれ中央部と下部先端がクリスタル状の物質で構成されている。

「これが・・」

「あぁ。君専用のマルチビット、【マルチビットスカート】だ。今君の脳波とリンクさせるよ」

「どうすればいい?」

「何も。そこに大人しく立ってて」

 言われた通りパンドラが立ち尽くしている傍から、トーマスはマルチビットスカートを次々とパンドラのスカートの上に添えていった。

 すると、添えられたマルチビットスカートは、まるで見えない何かで繋がっているかの様にスカートに沿って浮遊し、合計十二機のユニットは二層目のスカートを形成したのである。

「マルチビットスカートは傾向時の段階で空中姿勢制御機スタビライザーとしての機能を施しておいた。これで装備前より更に正確で複雑な空中軌道がとれる。次に攻撃面だけど、下部先端のクリスタルから、小規模のフォースカノンと貫通性の高い粒子ビームの二種類を放てるようにした。二種類にしたのは、今後魔法攻撃が通用しない敵との戦闘を考えて、魔法に頼らない戦闘パターンが必要になると考えたからさ。防御面も同様、マルチビットからフォースバリアと高純度のエナジーシールド、二パターンの展開が可能だ。これにより以前よりより広い範囲での多角的な攻撃及び防御が可能となるだろうね。どうだい、上手く操れそうかい?」

 トーマスの説明を受けたパンドラは、正面の一機を展開し、指一つ使わずユニットを動かすと、ビーム攻撃、シールド展開といった具合に次々とその性能を試していった。

 更にパンドラは続けて複数のユニットを展開すると、それらから同時にフォースバリアを展開し、大規模な一枚のフォースバリアを形成したのである。

「あーそうだ、忘れてたよ。マルチビットスカートは複数のユニットを組み合わせる事で、より大規模な攻撃と防御を可能とするんだ。でもよく気付いたね?」

「ムーンフェイスの奴がそうしていたからな。奴のデータを見た君が同様のものを作ると豪語していた以上、可能だと判断した」

「信じてもらえてて何よりだ」

「では行って来る」

 そう言ってパンドラは起動中のロマンダイナへと乗り込んだ。

「いってらっしゃい」




《Moon-Ark――第5部へ続く――》

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