第2部



「司令官殿・・・・・・」

「宇宙怪獣・・奴等は宇宙に生息しているのか?」

「そうとも。この星が存在する宙域より遥か外、外宇宙より襲来したのだが、その目的は分からん。宙域に防衛線を張らせていたのだが、どうやら突破されてしまったようだな」

「という事は上陸したのは今回が初めてか」

『差し詰め今のは先遣隊といったところか。防衛ラインが崩された以上、次は本隊が来るであろうな』

「パンドラといったか、先の戦いでの活躍を踏まえて君に頼みがある」

「大体分かるが、何だ?」

「迫り来る宇宙怪獣共から我が帝国を守って欲しいのだ」

「全力で拒否する」

「「「「「!?」」」」」

 予想外の解答にその場にいた人間全員に戸惑いが走った。

「第一に、我々は連れ去られた生みの親を救出しにいく都合上、旅路を急がなければならない。ここが童話世界でない以上、我々が居座る理由が無い」

「・・・・・・」

「第二に、そもそも我々がその宇宙怪獣共を撃退するメリットが無い。我々が殲滅した所で君達は見返りに何をくれる?」

「それは・・・・・・」

 彼らにとってほぼ唯一の希望といってもよかったパンドラの拒否に、重苦しい沈黙がその場を支配する。

「見返りが無いのなら我々がここにいる理由はもう無いな。急ぎの身なのでこれで失礼する」

 そう言ってパンドラは踵を返してその場を跡にしようとした。

「待ちたまえ」

「!」

「君に見せたい物がある。ついて来い」

「! し、司令官。まさかアレを見せるつもりですか?」

「そうだ」

「しかしアレは極秘事項では・・」

「どの道、近いうちに住民達にも公開する。それに見返り次第でこの者は我々の依頼を受けてくれるかもしれんのだ。それで皆の命が助かるなら安いものだ」

「は、はぁ・・・・・・」

「? 何だ、報酬になりえる物があるのか。ならそれを見てから決めるとしよう」

 すっかり去る気だったパンドラは、気が変わったのか、奥へ向かう司令官の後についていく。

 報酬がどんな物か特に何も考えていなかったパンドラだが、トラベラーズダイヤルの代わりになるような物でもない限りは断ろうと考えていた。

 そして司令官について地下深く降りたパンドラの想定は、見事に裏切られる事になる。

「コレは・・・・・・?」

 地下にいる筈のパンドラの眼下には、一面の都市が広がっていた。

 都市自体に光が灯っていなかった為、全貌までは分からなかったが、その奥には、巨大な城がそびえ建っており、その城の上空を頂点として、何本かの巨大なフレームと透明な壁が地下都市を覆い尽くしている。

「驚きだな。地下にこれ程の広さの都市があったとは」

「正確には都市ではない。城塞都市型時空間航行決戦強襲艦【Moon-Ark(ムーンアーク)】だ」

「何? 船だと?」

「如何にも、城塞都市を擁した戦艦だ。新開発の動力機関であるフルムーン機関によって、無限の航行能力と戦闘能力を得た。それによって燃料及び装備の補給を必要とせず、且つ建造素材に使用したナノマシンによって自己修復機能を備えている。更にこの艦最大の特徴として、超長距離のワープドライブ能力と次元航行能力を実現する予定だ。宇宙怪獣共に対して我々が誇る最新鋭にして最後の兵器になるだろう」

「予定とは?」

「実のところ、未だ完成にこぎつけていない。開発班によれば一歩手前との事だが、難航しているようでな。君に依頼したのはそういった理由もあるのだ」

「成程。だがコレがどうした?」

「もし撃退してくれたならば、完成したコイツを君にくれてやる」

「!」

「し、司令官殿。それは流石にちょっと・・」

「宇宙怪獣共がいなくなればこれ程のスペックを秘めたこの兵器も無用となろう。過ぎた力はそれだけで世界に争いをもたらす。ならば必要な者の手に渡った方が良い」

「フン、随分気前の良い決断だな。面白い、良かろう。先の依頼、引き受けよう」

 次元を越える方法が無かったパンドラにとって、提示された条件はこれ以上無い程うってつけのものだった。

 トラベラーズダイヤルが使用出来ない今、もう一つの方法を得られるとなると、最早断る理由など無く、パンドラは不敵な笑みを浮かべてこれを了承する。

「きっと受けてくれると信じていたよ。来てくれ。宇宙怪獣についてもっと詳しく話すとしよう」

 安堵した表情の司令官はそう言うと、奥の昇降装置へパンドラを促した。

 昇降装置で更に下ると、その先にあったものを見て、パンドラは怪訝そうに目を細める。

「何だこれは?」

 パンドラの問いに、その場にいたほぼ全員がキョトンとした表情を浮かべた。

「? 何とは・・あぁ。そうか君の故郷には【車】が存在しなかったのか」

 彼女が月面帝国の住人ではない事を思い出したのか、司令官が納得した表情でそれに答える。

「車?」

『我等の世界にも無かった物だな』

「電気を貯蓄した専用のボックスを組み込む事で、それを動力に動く移動用のマシンだ」

「マシン・・要は科学技術という事か」

 マシンと聞いたパンドラの表情は、そこからみるみる険しくなっていった。

「おや、科学はお嫌いだったかな?」

「嫌悪すら覚える。私の生みの親を奪い去ったのも、私一人の抹殺のために、次々と童話世界を蹂躙したのも、その科学技術だ」

「そんな事が・・成程、確かにそんな目にあっては科学を憎むのも無理は無い。だがどうか信じてくれ。科学は時にそういった悪魔のような所業をも可能にするが、同時に使い方次第で我等人間の生活を、そして君のこれからの旅をきっと支えてくれる存在となる。その片鱗も一緒にこれからお見せしよう」

「・・飛んだ方が早そうだがな」

 さほど納得していない様子でパンドラが用意されていた車に乗り込むと、車は先程まで見下ろしていたムーンアーク内の城塞都市へと入っていく。

 車の中から見た流れる光景は、パンドラにとって非常にゆったりした流れではあったが、天井がライトアップされている事を除けば、完全に地上にある町と何ら遜色ないものであった。

「てっきり道路幅や建築物の規模が縮小されているものだと思っていたが、どこを見ても地上の物と同規模だ。よく船の上にこれだけの規模の町を収めたな?」

「当然だとも。生き残った市民達を全て収容し、ここを離れる為の物だからな」

「だが、避難してどこへ向かうつもりだ? いつまでも宇宙空間を彷徨っている訳にもいくまい?」

「そんな必要はないさ。この宇宙中、あらゆる銀河に人類の文化圏は広がっているからな」

「ホウ?」

 既に星の外にまでその生息範囲を広げているというこの世界の人類に、パンドラは驚きを覚える。

「見たまえ、アレが依頼を解決してくれれば君の住居になる城だ」

 窓の外を指差す司令官の視線の先を追うと、そこにはゴシック風の建築様式で建造されたと思われる黒い城が、三重の城壁に囲まれてそびえ立っていた。

「ホウ、アレが・・ねぇ?」

 見た目は悪くない城だと感じたパンドラだが、その直後の光景に驚愕を覚える事になる。

「!」

 車が城壁に差し掛かる少し前、ゴォォォンという、重くありながらもどこか透き通るような音が周囲一帯に響き渡った。

「何だ?」

 突然の轟音に、パンドラは音のした車両前方に目を向ける。

 すると、正面で道を塞いでいた筈の城壁全体が横へスライドする様に動き、車が通れる程の幅を目の前にもたらしたのだ。

「コレは!」

「驚いたかね? これらの城壁は円形で以ってこの城を囲んでいる。それぞれが独立で稼動し、通常時はゲリラ対策の為ワザと入り口をずらしているのだ」

「・・通過時のみ、このずらしていた入り口を揃えるという事か」

「あぁ」

 同じ様に回転して通路を揃えた二層目と一層目の城壁を車が通過すると、とうとう目的地である城の敷地に足を踏み入れる。

 城の正面玄関をくぐると、広い大理石のホールと先に準備を進めていたらしいスタッフ達がパンドラを迎え入れた。

 そのまま奥へ進むと、三人分程の幅を持つ、ノブの無い木製の扉で一行は止まる。

「妙な扉だ。中には何が?」

 スタッフが隣の電子盤を捜査する中、パンドラは司令官に尋ねた。

「ん? もしやこれも見るのは初めてなのかね? これは【エレベーター】だよ。建物内を上の階層や下の階層へ移動する時に利用するのだ。一つ二つ階層を移動するならともかく、遠い階層へ向かう時、これに乗れば階段よりも早く、また階段よりも楽に移動する事が出来るのだ。これも君の支えにはならんかな?」

「ならんな。・・〝私には〟だが」

 扉が開き、目の前の箱状の空間に一行が乗り込むと、エレベーターは格子状の中扉と木製の外扉をカタカタと音を立てながら閉じ、上の階層へと送り届ける。

 だがその先の光景は、それまでの絢爛な雰囲気とはうって変わって科学然とした様相を呈していた。

 そこは卵を横に倒した様な楕円型の半球体状空間になっており、その内壁と床はフルスクリーンとして城の周囲ではなく、ムーンアークの周囲の光景を映し出している。

 更にその内壁に沿って放射状に複数の管制席が設けられていた。

「ここがこの艦の全てを統括するブリッジだ。あそこに座ってみるといい」

 そう言って司令官が中央上段に設けられた一席を指差す。

 それに従って手前の階段を数段上り席へ上がると、そこにはレールに固定された椅子を囲む様に大型のコンソールが設置されており、その中にあった円形の装置を起動すると、その真上に、ムーンアークと思われる艦の立体映像が浮かび上がった。

「コレは! これがこの艦の全容というわけか。まるで【星型要塞】だな」

 その星型をいくつか重ね合わせた様な形状と、それに沿って何段階にも設けられた隔壁に、パンドラは強い興味を示す。

「ほう、星型要塞を知っていたか。ムーンと銘打っておきながら、星型である点に関してはどうか許して欲しい。艦である以上、敵に乗り込まれた場合を考慮しての形状だ」

「それよりどこか安静に出来る場所は無いのか? 仲間を一人休ませたい」

「それなら、この城に医務室がある。そこを使うといい。場所は一階のここだ」

 司令官は操作パネルから医務室の場所を表示した。

「分かった」

 パンドラはそれだけ言うと、すぐにメインブリッジを後にし、一階の医務室へと向かう。

 そして医務室へ辿り着くや否や、即座にアリスを人間形態で召喚すると同時に抱え上げ、ベッドへと横たわらせた。

「・・これでアリスに関してはひとます問題ないか」

 シーツをかけ終え、眠り続けるアリスを見下ろし、パンドラは呟いた。

「そうだ、下に降りたついでに、この船の動力機関をお見せしよう」

「フルムーン機関と言っていたやつの事か?」

「そう、先に述べた新開発の動力機関であるフルムーン機関だが、アレは文字通り本物の月を丸ごと、約十万分の一にまで縮小して組み込んでいる。そこから得られる膨大な星のエネルギーを艦の動力へと変換しているのがフルムーン機関という訳だ」

「月を丸ごとだと!? それは宇宙怪獣を殲滅した暁には、星一つ私に寄越すと言っているようなものだが?」

「事実そうなるだろうな。宇宙怪獣を相手にするのだ、星一つ犠牲にして成せるのであれば、躊躇なくそうする。見てみるかね? 本来なら関係者以外立ち入り禁止なのだが、将来の持ち主になるであろう君になら構わん」

「是非拝見させていただこう」

 即座に興味の対象を移したパンドラは、司令官の案内で地下の階層へと向かった。

 階層が近づくにつれ、パンドラは今までに感じた事の無い高密度の、それでいて最も慣れ親しんだ、まるでもう一人の自分自身がそこで待っているかの様な感覚を味わう。

「(本物の月・・思えば実際に目にした事は無かった)」

 エレベーターを降り、薄明かりしかない重々しい鉄の通路の中を、等間隔の硬い音を響かせながら、パンドラは一番奥で紅い電光表示を放つ堅牢そうな扉を目指した。

 扉の横には何かまた機械めいた装置があったが、エレベーターの時の様な文字盤が見当たらない。

 すると、司令官は装置に近づくや否や、少し頭を下げつつ、そこに顔を近づけたのである。

「何をしている?」

「【網膜スキャン】だよ。魔法風に言えば、封印を解く為の鍵といったところか」

 そう言った司令官の後ろで、紅い電光表示が緑に切り替わると同時に、重そうだった扉がアッサリと開いた。

「ホウ、鍵とな? その鍵は人間の生体パーツか?」

「そうとも。網膜とは人間の目を構成する部位の事だ」

「人間の生態パーツが必要とは・・私では入れないという事か」

「その辺は、君が我々の依頼をこなしてくれた際に、こちらでどうにかするとしよう」

「期待しておく」

 扉を通過し、再び司令官の後について、薄暗い通路を歩いていたパンドラは、とうとう動力炉の区画の前まで辿り着く。

「・・遂にご対面か」

 高鳴る気持ちを抑えながら、パンドラは開いていく最後の扉に固唾を呑んだ。

 徐々に広がっていくその隙間から溢れ出る青白い光に、一瞬手をかざすも、すぐに眼が慣れると、強くそれを見据える。

「これが・・これが十万分の一に縮小したという本物の月か!」

 目の当たりにした十万分の一の月は、部屋の中央にあるボウル状の窪みの中で浮遊しており、その周囲を覆う様に、二つのリングが常に動いていた。

「そうだっ、機関長! 機関長―ッ!」

 中に入るや否や、司令官は動力区画を管理する人物を探しにパンドラの傍を離れる。

 それから程なくして、司令官は背の低い男を一人連れて戻ってきた。

「紹介しよう、彼がこの船の動力区画を担当する機関長だ。機関長、彼女がこの船の新しいオーナーになるパンドラだ」

「おぉ、アンタが俺達の新しい雇い主って訳か。まぁよろしく頼むわ」

「・・よろしく」

 機関長に差し出された手に、パンドラはまだ予定に過ぎない案件だと思いつつも、その手を取る。

「ところで機関長、早速一つ聞きたいのだが?」

「何だ?」

「私の知識が正しければ、月は自ら光を発しない筈だが?」

「あぁ、その事か。ならアレのせいだよ」

 機関長はそう言うと、二つのリングを指し示した。

「アレこそ、この船の動力機関であるフルムーン機関だ。あれによって月が持つ星のエネルギーを増幅させて、この艦の動力にしてるって訳さ。青く光ってンのはその影響だな」

「ホウ。これは触れる事は出来ないのか?」

「何? 触る気か? ・・まぁ出来ない事は無いが、チョット待ってくれ」

 機関長はそう言うと、フルムーン機関を見下ろす別室に移り、何やら機械を操作すると、次の瞬間、二つのリングがその動きを止め、地面と同化する。

 十万分の一の月をじっくりと眺めながら、パンドラは近づきつつそっと手を伸ばした。

 するとパンドラの手が月に触れた瞬間、青白い光がパンドラの身体を包み込むと、パンドラを包み込んだ光が山吹色に変化する。そして・・・・・・

『主よ、左眼が!』

「!」

 気が付くと、左眼がパンドラの意図する事無くムーンレイを発動していた。

「これは・・ムーンレイが強制的に発動している! だがこの感覚・・共鳴しているのか? この月と?」

 月と自分の間に、まだ何か聞かされていない因果関係があるのかもしれないと感じながら、パンドラが手を離すと、覆っていた山吹色の光も消え、ムーンレイも解除される。

「おーい、大丈夫か?」

 オペレーションルームから機関長が心配した様子で駆け寄ってきた。

「問題ない。貴重な体験が出来た。礼を言う。司令官殿、宇宙怪獣の説明は一体どこでしてくれるのかね?」

「ん? あぁそうだった。行ったり来たりで悪いが、上のメインブリッジで話すとしよう」

 どうやら少しばかり頭から主要目的が飛んでいたらしい司令官が、思い出したようにそう言うと、パンドラは司令官と共に今来たばかりの道をそのまま逆方向へ進む。



《Moon-Ark――第3部へ続く――》

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