第六.五章――【Moon-Ark】

第1部



 赤みがかった宇宙の様な模様のトンネル内を、漂う様にして移動する黒ずくめの少女がいた。

 シルクハットとゴスロリ服に身を包み、顔を蝶々仮面で覆うその少女パンドラは、【白雪姫の世界】における戦いを制し、新たな仲間を迎えて次なる童話世界へとその旅路を急ぐ。

『・・それにしても今回はムーンフェイスに当たらなくてよかったですね』

 トンネル内に響き渡る声がパンドラに話しかけた。

「運が良かった。次もそうだといいが、そう上手くもいくまい」

『残念ですねぇ』

 先の童話世界での戦いで、パンドラは時を止める能力と、物質を瞬時に凍結させる力を手に入れたものの、宿敵であるサイボーグ、ムーンフェイス側の対応の早さに頭を悩ませていた。

 少しでも彼よりスペックアドバンテージを取りたいと、旅路を急いでいたその時――

『キャッ!』

「!? 何だ?」

 突然、轟音と共に自分達を襲ったトンネルの揺れに、パンドラはアリスに問いただす。

「アリス、何が起きた!」

『わ、分かりません。コントロールがっ!』

「どうにかしたまえ。このままここに閉じ込められるなんぞ、私は御免だ!」

『そ、そういわれても・・・・・・ヒャアァァァァァァッ!』

「ぐぅぅっ!」

 粉々に砕け散りながら崩壊していくトンネルの中で、吹き荒れるノイズの嵐に苛まれるパンドラは、体勢を維持出来ないまま突如現れた黒いホールの中に引きずり込まれていった。

 そして黒い穴の中で身体全体を揺さぶられる感覚が突然無くなったかと思うと、次の瞬間、視界が急に開けて明るくなり、上下左右も混濁。足元がおぼつかないまま、全身を強風が吹き付けたのである。

「! ここは? 落下しているのか。・・体勢を立て直す」

 頭上の地面が急速に迫っている事に気付いたパンドラは、背部にフォースウィングを展開すると、即座に身体を上下反転させ、トラベラーズダイヤルを見上げた。

「アリス!」

 トラベラーズダイヤル形態から人間形態に戻るも、意識を失っている様子のアリスを確認したパンドラは、彼女を紋章形態に変化させると、そのままブローチにしまい込んで地面に降り立つ。

「アリス、しっかりしろ。アリス!」

 パンドラが再度呼びかけるも、ブローチの中のアリスから反応はない。

「チッ」

 どうしたものかと次の行動を考えていると、直後に大規模な地面の揺れがパンドラの足元まで響いてきた。

「! 何だ?」

 周囲を見渡し、その視界の一角に蠢く山の様なシルエットを捕らえた時、同時に、これまでに感じた事のない規模の生体波導をパンドラは感じ取る。

「! この生体波導は・・・・・・?」

 次の瞬間、その全貌を現したその巨大生物は、まるで深海に住むアカザエビの様なフォルムを持ち、その長い両鋏を振り回して地上を蹂躪し始めた。




蝶々仮面のパンドラ 第六.五章 ――《MoonムーンArkアーク》――




「アレは何だ!? 見た事の無い生物・・だが、アレを殲滅すればこの騒ぎはひとます沈静化出来そうだ。これより戦闘行動に入る」

 そう宣言するや否や、パンドラは巨大生物が鋭利な両鋏を振り下ろすと同時に、【蝶・効・果バタフライエフェクト】でその攻撃地点へと一瞬で空間跳躍する。

 そして振り下ろされた鋏を、フォースバリアを展開して受け止めると、そこから金太郎を魔宝具形態で起動し、巨大生物の両鋏を掴み上げた。

 すると両鋏を封じられた巨大生物は、口らしき器官を放射状に開くと、そこへ光を集中させていく。

「!」

 それに対して、パンドラがロマンダイナのコックピットでフォースカノンの発射体勢を取ると、その動作をトレースしたロマンダイナの胸部に波導エネルギーが集約された。

 そしてほぼ同時に放たれた閃光とフォースカノンは互いの間で爆発を起こし、身をよじる巨大生物へ畳み掛けるように、ロマンダイナは両眼から光線を放って巨大生物の身体を両断する。

「フゥ、敵生物の生体波導停止を確認。戦闘を・・」

『待て主!』

「ン?」

『どうやらまだ終わりではないようだぞ?』

 金太郎の警告にパンドラが神経を研ぎ澄ませると、目の前の巨大生物程大きな物ではなかったが、無数の生体波導が群れとなって空からこちらへ接近してくるのを感じ取った。

 と、同時に、コックピット内のモニターにも警告表示が出現する。

「・・やれやれ、こっちとは別の意味で大規模だな。赤ずきんで対処する」

『『了解』』

 ロマンダイナとなっている金太郎とブローチ内の赤ずきんが返答すると、パンドラ紋章形態を介してロマンダイナをブローチ内に引っ込め、新たに赤ずきんを魔宝具形態で取り出した。

「クリムゾンシューティング」

 構えたフレイムバスターカノンのマルチロックオンが完了すると、白銀の超大口径から繰り出される紫色の焔を纏った高エネルギービームと、左右のサイドユニットから放たれる深紅のホーミングレーザーが、まるで目当ての獲物に喰らい付く獣の様にサギフエにも似た小型の生物群を貫いていく。

 爆炎の絨毯が空高く昇っていく中、どうやらこの巨大生物達は空のどこかから襲来していると判断したパンドラは、空へ意識を集中し、生体波導を探った。

 すると小型の生物群の後方から、最初に遭遇した巨大生物よりも遥かに巨大な生体波導が一つ、ゆっくりとこちらへ近づいていたのである。

「何てデカさだ・・」

 その規模に思わず毒づいたパンドラは、フレイムバスターカノンをしまい、再度金太郎を魔宝具形態で起動した。

 そして背部のメインブースターと各所のサブスラスターを最大限に吹かすと、空高く鎮座する大型の巨大生物へ急速接近しながら、両腕を剣状に変形させる。

 クラゲにも似たその大型の巨大生物がこちらに気付くと、無数の触手らしき器官を伸ばし、ロマンダイナ目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

「フン、今さらこちらに気付いても遅い!」

 そう言うと、パンドラはロマンダイナを優雅に操り、襲い来る触手を次々と斬り刻んでいく。

 更に触手を全て斬り捨てたロマンダイナは、そこから大型の巨大生物の頭上へと躍り出た。

「貰ったァッ!」

 直後、パンドラはロマンダイナを急降下させると、その両腕のブレードを大型の巨大生物の脳天へと突き立てる。

「~~~~~~!!」

 甲高い悲鳴のような声をあげながら、大型の巨大生物はロマンダイナが飛び立った瞬間にその身を爆散させた。

「フゥ、付近に敵影は・・・・・・」

 ロマンダイナを着地させたパンドラは、近くにまだ似たような巨大生物がいないか、周囲の生体波導の気配を探る。

「・・二~三種類程の生体波導が複数。だが一様に空へ上がっていく。撤退しているのか?」

『主、主よ』

「何だ?」

 ロマンダイナとなっている金太郎の呼びかけにパンドラは応えた。

『先程から男が一人、地上からこちらに呼びかけている様だが?』

 そう言われ、パンドラがコックピットのモニター越しに地上付近を見下ろすと、そこには確かに金太郎の言う通り、三十代程の男がこちらへ向けて手を振りながら何かを叫んでいたのである。

「・・・・・・お前は誰だ?」

 ロマンダイナをブローチに引っ込め、地上に降り立ったパンドラは、男の前に立ち尋ねた。

「おぉ、助かった。俺はこの町の治安部長を務めてるモンだ。どこから来たのか知らんが、アンタのおかげで大勢の住民を非難させる事が出来たよ。礼を言わせてくれ」

「そうか、パンドラというのが私の名だ。それでここは何の童話世界なんだ?」

「え、何だって?」

「何の童話世界かと聞いている」

「・・アンタ戦ってる時、頭でも打ったのか? 童話ってあの子供達がよく読む架空の話の事だろ?」

「何?」

 怪訝そうな顔でこちらを見る治安部長に、パンドラは今までとは何かが違う世界に辿り着いてしまったのではと眼を細める。

「ここがどこかって話なら、【月面帝国】って皆呼んでるけど?」

「月面・・帝国・・」

「ところでそのブローチ一体何なんだ? あんなでっけぇロボットを引っ込めたりしてたが・・」

「私が契約し、お前が架空と断じた童話主人公の一人だが?」

「わ、悪かったって!」

「それよりあの怪物共は何だ? 何が目的でここを襲う?」

「アレは何つうかだなぁ・・その・・・・・・」

「【宇宙怪獣】だ。我々は奴等をそう呼んでいる」

「!」

 問い詰めるパンドラに、どう説明したものかと苦悶する治安部長だったが、その答えは全く別の方向から返ってきた。

 パンドラが声のした方に目を向けると、そこには護衛らしき人間を数人連れたスーツ姿の男が立っていたのである。



《Moon-Ark――第2部へ続く――》

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