最終部



「・・フゥ、これでやっと事が進む」

『あッ、パンドラさんあれ!』

「ン?」

 アリスの呼びかけに、ムーンレイを解除したパンドラが爆発の方向へ向き直ると、そこには雪結晶と白髪の人物の横顔が描かれたステンドグラス風の紋章が鎮座していたのである。

「コレは・・白髪の方か」

 パンドラは左手に自身の紋章を出現させると、それをそっと重ねた。

「氷の女王の方は無いのか?」

『見当たりませんね・・?』

 周囲を見渡してみたパンドラだが、あったのは白髪の少女の紋章形態のみで、氷の女王の物は影一つ見当たらない。

「妙だな。奴も童話主人公の筈だが」

『ん~~ここが氷の女王の童話世界ではないから・・という事でしょうか?』

「何? 死に場所が関係しているという事か?」

『そ、そうかもしれません』

「成程。だが結局この白髪が誰なのかサッパリ分からずじまいだったな。氷の女王にでも聞いておくべきだったか」

『今回は状況が状況ですし、仕方ありません。あとで本人が回復したときにでも聞いてみましょう』

「それしかないか。さて・・・・・・」

 そう言ってパンドラは足元に転がる、二人の童話主人公が持っていた時のかけらを拾い上げた。

「これでこの時の結晶とやらのかけらは全部か。どれ・・」

 パンドラは腰のバッグから自身が集めていた時のかけらを取り出すと、拾ったかけらを合わせていく。

 すると予想通り、全て揃ったかけらは、球体状の時の結晶という真の姿をパンドラ達の前に現した。そして次の瞬間――

「ぅおっ!」

 ほぼ無音だったこの世界に慣れてしまった彼女達の耳に突然、吹き付ける寒波の音が突き刺さり、思わず身をすくめる。

『ビックリしましたぁ!』

「・・この世界の時間が動き始めたのか」

『だろうな。だがそうなると・・』

「あぁ、ムーンフェイスの軍勢が進行を再開する筈だ」

『急がないと!』

 その時、地面が縦揺れを起こす程の地響きがパンドラ達を揺さぶった。

『今のは・・』

「奴等だな。向こうだ」

 振動の発生源を特定したパンドラは、背部にフォースウィングを展開すると、すぐさま飛び立つ。

 白髪の少女が作り出した吹雪の壁を抜け、しばらく飛んだ後、パンドラは吹雪の向こうにオレンジの光を発するエリアを目にした。

「そこか!」

 高度を下げ、視界も晴れたその先には、予想通り鉄の鎧に身を固めた金属の軍団が地上を、更に空中すらも跋扈していたのである。

「敵勢力を発見。これより殲滅行動に入る」

 高度を下げ接近したパンドラを、鎧武者軍団もまた補足し、武装を構えた。

 そこにはミサイルランチャーやアンカーミサイル、飛行バリスタや各種ドローンといった前の童話世界で猛威を振るった兵器の数々が軒を連ねており、中には鎧武者に合わせたのか、馬型の飛行ユニット【飛行馬】に跨った、初めて見るタイプの鎧武者も確認出来る。

「これでやっとフルスペックで戦える、蜃気楼光分身!」

 無数のミサイルやアンカー等が一斉にパンドラを集中砲火し始めると同時に、パンドラは瞬時に印を組み、無数の分身体を造り出すと、アリスをクラビティハンマー形態で起動した。

「クラビティインパクト!」

 必殺が発動されたクラビティハンマーは、迫る兵器その全てを重力球で包み込むと、それらを一瞬で圧壊させていく。

 辺り一帯の空域を爆炎が覆い尽くすと、無数のパンドラの中から、オリジナルを含めた一部が、クラビティハンマーをスペードブレイダーへと形態変化させ、【蝶・効・果バタフライエフェクト】で黒い蝶の群れと化しその空域から消失すると、地上にいる鎧武者軍団を挟み込む様に再出現した。

「ムーンレイ発動、リンク【蝶・反・応リアクト】!」

 地上に姿を現したパンドラ達に鎧武者達が反応するよりも速く、パンドラ達はスペードブレイダーで以って斬り込んでいく。

 射撃武装を持ったままの鎧武者を斬り捨てる者、射撃武装を捨て腰の日本刀を抜刀しにかかる鎧武者を、その腕ごと斬り落とす者、中には鎧武者が捨てた射撃武装を拾い、そのまま鎧武者へ向けて発砲する者等、各自様々な戦略で地上部隊へ攻め込んでいった。

 超高速で動きまわるパンドラ達は、時に敵の刃をかいくぐって斬り伏せ、時に斬り結んだ相手に至近距離からフォースボールを直撃させ、時に自らを挟み撃ちせんとする鎧武者達の攻撃を【蝶・効・果バタフライエフェクト】で回避して同士討ちさせていき、瞬く間にその一個中隊分の殲滅を完了する。

『ン・・うっ、ここは・・・・・・?』

 その時、封印契約され、パンドラのブローチ内で眠っていた白髪の少女が目を覚ました。

「気が付いたか」

『! お前は・・』

「私か? パンドラというのが私の名だ。人の皮を被った魔法さ。童話世界で暴走した童話主人公共を封印契約しながらさらわれた生みの親を追っている。つまり君の童話世界を襲わせた張本人に敵対する者という事だな」

『敵対・・ハッ、奴等はどうなった!?』

 何かを思い出した様子の白髪の少女は、パンドラのブローチの中から外の様子を窺う。

「丁度良い。今まさに君が必死に抵抗していた奴等を屠っていた所だ」

『なッ・・・・・・』

 埋め尽くす程いた筈の鎧武者軍団がその数を大きく減らしたその光景に、白髪の少女は思わず呆気に取られた。

「そういえば君の名前をまだ聞いてないんだが?」

『! シラユキだ。ここは【白雪姫の世界】だからな』

『おぉ!』

「フゥ、ここまできてやっと情報が手に入るとはな。新記録じゃないか?」

 後続の鎧武者の部隊が攻撃を開始する中、パンドラは皮肉を込めてそう言うと、早速白髪の少女ことシラユキを魔宝具形態で起動する。

『パンドラさん、来ます!』

「さて、こればどう使えばいいのかな?」

『【フローズンギア】の事か? ならスイッチを押せ』

「スイッチ・・どちらの?」

『? スイッチは一つしか無い筈だが?』

「いや、二つあるな」

『何?』

「まぁいい、こっちがダメならもう片方だ」

『オイ待て・・』

 シラユキの制止をよそに、パンドラはその掌程の大きさもあるストップウォッチの様な魔宝具のスイッチ(透明な方)を押した。すると・・・・・・

 《Timerタイマー Freezeフリーズ

『『「!」』』

 その瞬間、自分達を除く【白雪姫の世界】の全てがその動きを再び止めたのである。

『時間が停止した? こんな能力は無い筈だが』

「ホウ? ではもう片方だったか。一つの童話世界に異なる二人の童話主人公がいたからな。その影響かもしれん。状況が特殊過ぎた。そもそも何故こんな事に?」

 パンドラがフローズンギアとなっているシラユキを弄びながら尋ねた。

『・・・・・・元々、この世界と【氷の女王の世界】は、同じ世界線の近しい場所に存在していたのもあって、氷の女王の軍勢による侵攻が度々起こっていた』

「ホウ、ならば氷の女王がここにいた事自体はよくある事だと?」

『いや、今まではその度に返り討ちにしていた。あの時までは・・・・・・』

「ムーンフェイスの侵攻か」

『そうだ。奴と奴の軍隊による強大な軍事力の前に、我々は氷の女王からの防衛どころではなくなった。そして私は奴の洗脳に抵抗する中で、最も大切にしていた時の結晶を落としてしまい、それを氷の女王に奪われた。そこから後の記憶は無い』

「フム・・・・・・」

『結局、何が起こっていたんでしょう?』

「最初に会った時のかけらのゴブリンが言っていた。時の結晶を手にした者のみがこの世界の時間の覇権を握ると」

『スニーズさん・・でしたっけ? 確かに言ってましたね』

「つまり、シラユキの証言を元に考えれば、時の結晶を氷の女王に奪われた直後に、シラユキはムーンフェイスによって完全に支配された事になる」

『あれ? そうなると、時の結晶が割れちゃったのも、洗脳された後って事ですよね?』

「そうだ。氷の女王に時間の覇権を握られてはムーンフェイスにとって不都合だった筈だ。時間の支配に対して、奴が現時点でのスペックで対応出来たとも思えん」

『自分が動けなくなるって事ですから、そうなりますねぇ?』

「奴からすれば、可能な限り自分が童話世界にいる状態で私を迎え討ちたい筈だ。だが直接奪おうとしては時間を止められ、その場で無防備な状態を晒しかねん。何より洗脳済みの動ける駒がいる状況でそんな危険な選択を奴は取らんだろう」

『となると・・』

「洗脳済みのシラユキにかけらの破壊及び奪還を命じて退却した可能性がある」

『という事は、今いる鎧武者達を全部やっつけちゃえば解決ですね!』

「そういう事だ」

 パンドラはそう言うと、持っていたスペードブレイダーをクラヴィティハンマーへ形態変化させる。

「クラヴィティインパクト」

 クラヴィティハンマーを振り上げると同時に、その場に存在する全ての鎧武者軍団を黒く蠢く重力球が包み込むと、振り下ろされるのと時を同じくして、重力球が鎧武者軍団を圧縮崩壊させていった。

 崩壊の瞬間、その一瞬だけ時間と音が戻ってきたが、その後すぐに再停止し、まるで爆発の瞬間を写真で切り取ったかのような光景がパンドラの眼下に広がる。

「・・・・・・もう一度押してみるか」

 そう言うと、パンドラは再び、フローズンギアの透明な方のスイッチを押した。

 《Freezeフリーズ Overオーバー

 撃破された鎧武者軍団による爆炎が周囲を絨毯の様に埋め尽くす中、フローズンギアに電光表示された文字を見て、パンドラはタイマーフリーズによる時間停止が解除された事を察する。

「ホウ、面白い必殺だ」

『これならムーンフェイスをも攻撃し放題ですね!』

「奴が今頃、対抗システムを備えてなければな」

 無敵の様に思える必殺に心躍らせるアリスに対し、パンドラは魔宝具形態のシラユキをブローチにしまいながらあくまで冷静に返答した。

『ところで・・』

 そこで突然、今まで静観を決め込んでいた童話主人公の一人、金太郎が話に入り込んでくる。

『そのシラユキとやらの本来の必殺は一体、如何様なものだったのだ?』

『・・私の必殺は本来、発動者が認識した対象物周囲の水分を瞬間凍結爆発させ、対象を氷付けにする《フリーズンストライク》だ。タイマーフリーズなど知らない』

『魔宝具の必殺に影響を及ぼす程、氷の女王は長く侵攻してたんですね・・』

「だが、これなら奴が実質的な特異点になっても通用しそうだな」

『なら、ここでの問題は全て無事に解決したのであろう? これ以上留まる理由もあるまい』

「・・暇過ぎてしびれを切らしたか」

『・・次、行きましょうか。いつムーンフェイスが戻ってくるかも分かりませんし』

 ブローチに呆れ顔を向けるパンドラに、クラヴィティハンマー形態のアリスはトラベラーズダイヤルへと形態変化すると、苦笑い気味にそう言った。

「どうするね? これを逃すと故郷の親しい人間に会う機会も無いと思うが?」

『構わない。私は元々他の人間と余り関わりがない』

「そうか。ではここを発つとしよう。クルーズジャンプ」

 菱形の方位針の針が回り始めたのを確認すると、パンドラは最後にチラリと【白雪姫の世界】を一瞥し、その場を後にした。



《続く》

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