第六章――【白雪姫】編――

第1部



 人里の喧騒に包まれていた前の童話世界とは異なり、人の声どころか人影すら見当たらない静寂に満ちた世界。

 そんな世界の一端とも言える場所に、トランプのダイヤをモチーフとした魔宝具、トラベラーズダイヤルは出現した。

 そしてその中から姿を現す、全身を黒尽くめの装いに身を包んだ蝶々仮面の少女。

 名はパンドラ。

 伝説級の魔法アイテムである賢者の石を核に、あらゆる戦場で戦う事の出来る人口魔法使い〝人型生態魔法〟として生み出されたパンドラは、ある日突如として姿を現したサイボーグ軍団、そしてその首領であるムーンフェイスに、生みの親であるゲッコー博士を奪われてしまったのである。

 そしてそれを取り戻す旅も、そろそろ中盤に差し掛かろうとしていた。

 新たな童話世界に降り立ったパンドラは、無言のまま周囲の光景を観察する。

「フム、周囲に人影無し。生体反応も皆無か・・・・・・ン?」

 周囲一面が氷で出来た地に踏み出して早々、パンドラはこの世界に対する違和感を覚えていた。

 今まで童話世界に現れた時、いつも感じた生体波導が今回全く感じないのもあるが、それよりも、どこか息の詰まった様な閉鎖的な空気感がパンドラの感覚に引っかかる。

「妙に風が無い。それだけなら良いが、この写真の中にいる様な違和感は・・・・・・どうした、今日はやけに・・・・・・ッ!」

 先程からいつも以上に静かだと思ったパンドラは、トラベラーズダイヤル形態のアリスの方へ向き直ると同時にその異変に気が付いた。

「コレは・・・・・・生体波導の動きが停止している!? オイ、アリス!」

 もしやとアリスの死を予感したパンドラは、慌ててトラベラーズダイヤルに手を触れる。すると・・・・・・

『何だか寒そうな所ですね・・・・・・どうしました? パンドr・・』

 ひとますアリスが生きていた事に内心安堵しながらも、アリスが喋っているまさにそのタイミングで別の仮説を考えたパンドラは、それを実証する為、わざと手を離した。

 そしてその仮説が正しい事が、同時に証明されたのである。

「やはり、私が手を触れている間だけ、この異変の影響を受けないのか。しかし初めて見る現象だ」

 そう言いながら、今度はトラベラーズダイヤルの背後に回り、再度手を触れた。

『ラさん・・ってあれ? ヒャあ!』

 アリスからしてみれば、それまで自身の正面にいた筈のパンドラが突然消え、次の瞬間、自身の背後から手を触れられているのだから、心臓が飛び上がるのも至極当然である。

 だが実際に飛び上がってしまったトラベラーズダイヤル形態のアリスは、再び謎の停止現象に身を投じる事となったのである。

「フム、ならば出し入れはどうだ?」

 普段、童話主人公達のブローチからの出し入れ、及び形態変化は契約主であるパンドラの意志の力によって行われていた。

 ならばそれはこの謎の停止現象下でも正常に働くのか? というのが、パンドラの次なる疑問点である。

 そこでパンドラは、周囲に対して向けていた意識をトラベラーズダイヤルへと向けた。

 すると、停止中のトラベラーズダイヤルは通常通り紋章形態へと姿を変え、パンドラのブローチ内に納まる事で、その意思の力が停止現象の影響下には無い事が判明する。

『エッ! アレ? いつの間にブローチの中に??』

「そこだと影響を受けないようだな」

『どういう事ですか? 一体何が起こってるんです?』

 頭に次々とクエスチョンマークを生産していくアリスだが、それをよそに、パンドラは再び周囲へ向けた意識を強め、注意深く目を凝らした。

「! アレは・・・・・・」

 ふと視界に入った凍土の一角、表面にあったのだろう小さな氷の粒が舞い上がったまま地表近くで静止していたのである。

「・・・・・・どうやらこの現象は我々に対してというよりは、このエリアもしくはこの世界全体に対して発生しているようだな」

『そ、捜索するんですか?』

「するしかあるまい。情報が少な過ぎる」

『気をつけてくださいね?』

 自分は影響を受けてないせいか、淡々と事を進めるパンドラに、アリスは更なる警戒を促した。

「それはそうだが、私にはあそこに建物があるように見えるな」

『えっ?』

 ブローチの中のアリスがパンドラの視線の先へ眼を凝らすと、吹雪いていたらしい白い風の向こうに、うっすらと四角い建物が連なっているのが見える。

『わ! ホントにあります! あそこに行くんですか?』

「とりあえずはな。中にいるかもしれん人間共まで固まって無ければいいが」

 限りなく低い期待をしながら、パンドラは背中にフォースウィングを展開し、建物のあるエリアまで一気に飛んだ。

 そしてそのうちの一軒に近づくと、扉のドアノブにそっと手を伸ばす。

「・・・・・・」

 しかし手を触れる直前、触れた瞬間に扉が急に開いたりなど、建物に急激な変化が生じる可能性を考えたパンドラは、無言のまま身体を横にスライドさせ、背中をドア横の壁に貼り付かせた。

 その姿はさながら、立て篭った凶悪犯を取り押さえる突入前といった様相を呈している。

 そしてとうとうその指はドアノブに触れた。

 しかしまだ変化は無い。

 そっと扉を開けていく・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・」

 僅かな隙間から中を覗き見て、何も状況に変化が無い事を確認すると、そこから扉を一気に開いた。

『! そんな・・・・・・何ですかこれ!?』

「やはりな」

 驚愕するアリスとは対照的に予想通りといった表情でその光景を見つめるパンドラ。

 中に入った彼女の視線の先には、何か慌てた様子で建物を出ようとしたまま彫像の様に静止している住人らしき人間達がいた。

「先程の君もこんな状態だったぞ」

『そうなんですか!?』

「という事は・・・・・・」

 パンドラはそのまま静止している住人の一人に手を触れる。

「どわっとっと・・うわぁ~!」

 突然目の前に現れたに等しいパンドラに、飛びのいて逃れようとする住人を逃すまいと、パンドラは握る手を強めた。

「突然の訪問ですまないが旅の者だ。今ここで起きている状況を知りたい」

「状況って、アンタ分かんないのか? 戦争を仕掛けられてるんだよ、変な軍隊に!」

「謎の軍隊・・それは大体分かった。だがこの現象は一体何だ?」

「は? 現象? 一体何の話だ?」

「・・・・・・そうか。いや、何でもない」

 そう言うと、パンドラは掴んでいた住人を、容赦なく再び停止現象の影響下へと突き放す。

「そうだったな。アリス、君もそうだったが、この現象の影響下にある生命体はどうやら停止中の出来事を知覚出来ないらしい」

『そのようですね』

「つまり停止中の奴等にこの現象の事を聞いても分かる筈がないのだ。停止していない奴、つまり私と同じ様にこの現象の影響を受けない奴に聞かなければ。では何故アリスは影響を受けて私はこの影響を受けない? 人間でないからか? いや、違う。地表付近の氷の粒が風で舞い上がったまま同じく停止していた。つまり人間でないもの、生物でない物体にもこの影響は及ぶのだ」

『それってつまり、パンドラさんが人型生態魔法である事が原因ではないって事ですか?』

「そうだ。だが現に私は人型生態魔法としてこの地に降り立ち、こうして活動している。あらゆる戦場において自己判断の下、最適な作戦行動を取る事が出来るよう設計された人工的魔法使い・・・・・・つまり設計通り動いているという事だ。設計・・・・・・そうか」

 しばらく建物内を行ったり来たりしながら考え事をしていたパンドラは、何やら一つの答えに行き着いたのか、顔を上げた。

『どうしたんですか?』

「アリス、君の言っていた事は実に惜しかった」

『えっ?』

「私が人型生態魔法である事自体は関係があったのだ。賢者の石こそがその答えだ」

『どういう事ですか?』

「君が停止していた時の事をもっと思い出せばよかった。物体はともかく、生命体が停止しているという事はどういう事だ?」

『ええっと??』

「生体波導も停止する。つまり生命活動も停止するという事だ。それはつまり事実上の死亡に該当する。だが、私の動力源である賢者の石は、無尽蔵の魔力の他に不老不死の特性も持つ超特級の秘宝だ。私がこの現象の影響を受けて停止すればそれは私の死亡も同じだ。そこに賢者の石の不老不死特性が引っかかったという訳だ」

『おぉ!』

「私が動ける原因は分かった。だがやはりこの現象がどうやって起きた物なのか、範囲はどの程度か、どうすれば解決するのか、それが分かってこない事にはどうにもならんな。しかし一つだけ分かった事がある」

『何ですか?』

「ムーンフェイスは既にこの世界に侵攻しているという事だ。上手くいけば停止中の奴を一方的に屠れるかもな」

『あとはパンドラさん以外で動いている人を見つけるだけですね!』

「もう少しこのエリアを捜索するか」

 そう言ってパンドラが建物の外へ出ると、そこには入ってきた時と異なる光景が彼女の視界を埋め尽くしていたのである。

『ヒャッ!』

「・・・・・・生体波導を感じない。アリス、一つ聞くが、我々がここへ来た時コイツ等はいたか?」

『いるわけないじゃないですか!』

「だろうな。という事は、コイツ等はこの状況下において私以外で動ける存在という事だ」

『答えてくれますかね? この・・人?達』

 アリスは入り口ごとパンドラを取り囲む、人型の身体を持つ氷像の集団を見ながら疑問を投げかけた。

「残念ながら無さそうだ」

 次の瞬間、氷像集団が氷の息吹を吐きかけるその寸前に、フォースウィングを展開して飛翔していたパンドラは、そこから回り込む様に氷像軍団の後方へと着地する。

「ドレスチェンジ!」

 回避中に氷像が吐きかけた息が建物の入り口を凍結させているのを目撃していたパンドラは、対抗策としてフレイムドレスへとドレスチェンジした。

 そして襲い来る氷像軍団に対して、パンドラは何の疑いもなく右手に焔属性のフォースボールを生成すると、それを投げ放つ。

 しかしそのフォースボールが氷像軍団へ届く事はなかった。

「!?」

 パンドラの手を離れた焔属性のフォースボールは、その瞬間に空中で動きを止め、それ以上の変化は起こらなかったのである。

「何?」

 これまでフォースウィングを問題なく使えていただけに、波導魔法も自分と同じくこの謎の現象の影響を受けないと思い込んでいたパンドラは、至近距離まで迫った氷の棘に対し、対応が遅れてしまう。だがその時――

「!」

 突然、真横から強風が吹いたと同時に、パンドラに直撃するかと思われた氷の棘が目の前で氷の壁に阻まれていた。

「何だ?」

 パンドラが音のした方を見ると、そこには白いショートヘアーが特徴的な褐色の少女が水色の瞳を発光させて立っている。

「もう一人、動ける存在が来たようだ」



《白雪姫編――第2部へ続く――》

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