第3部
「あれは……チッ、ムーンフェイスだと!?」
攻撃の相手がムーンフェイスだと知ったパンドラは、急ぎクラヴィティハンマーをスペードブレイダー形態へとモードチェンジさせる。
『そんなっ、早すぎます!』
つい先日爆散したばかりの敵が完全復活しているのだから、アリスの言う事は至極もっともだったが、設計データと戦闘データさえあれば即座にいくらでも身体を新造出来るのがサイボーグであるムーンフェイスの強みだった。
「っ、だがやるしかあるまい!」
そう決断したパンドラはスペードブレイダーからムーンフェイス目掛けて斬撃波を放つ。
ところがムーンフェイスはこれに対し、不敵な笑みを浮かべたまま、全くもって回避行動をとらなかった。
そしてそのまま斬撃波がムーンフェイスを捕らえると、その左腕が斬り飛ばされ宙に舞う。
「ん?」
これにはパンドラも違和感を覚え、警戒態勢に入った。
すると次の瞬間、斬り飛ばされ、肘のあたりからなくなっていた筈のムーンフェイスの左腕がパンドラの目の前でみるみる再生を始めたのである。
「何だと!?」
「クックック。身体の再生は最早貴様だけの専売特許ではないぞ」
「フン、あれだけ化け物と罵倒していた力をこうもアッサリ搭載してくるとはな」
「貴様の醜悪なものと一緒にしてくれるな。これは神聖なる科学の・・・・・・ナノマシンの力だ」
「ナノマシン・・・・・・」
初めて耳にするその単語を、科学知識に乏しいパンドラが知る筈が無かった(全く知識が無いわけではないが、それでも瞬時に再生する能力を有するナノマシンの存在は、この時代の最先端といえる)。
自分と同様の能力を手にした宿敵に、やりづらさを感じるパンドラ。
更にそこへ突然、爆撃のようなものがパンドラを襲った。
「ウッ!? ……何だ?」
展開していたフォースバリアを閉じ周囲を見回したパンドラは、感知能力で生態波導が一つ増えている事に気づく。
「あれは……赤ずきんかッ、こんな時に!」
表情を険しくするパンドラとは対照的に、赤ずきんは表情一つ変えぬまま、パンドラを狙い続けているその銃の引き金を引いた。
「クッ……」
だがパンドラはこれを回避すると、赤ずきんへの反撃を行わず、標的をムーンフェイスに定めたままフォースウィングを展開して接近し、手にしていたスペードブレイダーで斬りかかる。
「ハァァァァァッ!」
対するムーンフェイスも腰の刀を抜刀し、ブースターを吹かしてパンドラへと迫った。
刀とビームサーベル、二種の刃が交差し、激しく火花を散らす中、ムーンフェイスは至近距離から右手の掌をこちらに向ける。
「!?」
パンドラがそれに気付いた時には既にその身体に新装備の直撃を受けていた。
掌に新たに装備されたレンズから菱形のエネルギー弾【流星弾】が次々と発射され、パンドラを後方へ吹っ飛ばす。
「ぐっ!」
更にそこへ追い討ちをかけるべく、吹っ飛ばされていくパンドラを追いながら赤ずきんが二丁拳銃の引き金を引いた。
だがパンドラはこれを回避すると、ムーンフェイスと赤ずきんを引き離そうと考え、フォースウィングを羽ばたかせて戦場を離脱する。
「逃がすものか」
するとパンドラの狙い通り、ムーンフェイスも刀を納めると、メインブースターと全身のスラスターを吹かしてパンドラの追跡を始めた。
しかしこの直後、事態はパンドラも予想すらしていなかった展開に発展する。
今の今まで飛行する事は不可能と思われていた赤ずきんが突然、両足の裏から高出力の焔をまるでジェットエンジンの様に噴射し、地面を離れたのだ。
「何ッ!?」
加えて背中からも大きな焔を噴射すると、赤ずきんは一気に加速し、パンドラに攻撃を仕掛ける(結局、パンドラの目論見は失敗し、二対一のまま舞台を空中戦へと移しただけとなった)。
「くっ!」
赤ずきんの放つ銃撃をどうにかかわすパンドラだったが、そこに更にもう一手打って来るのがムーンフェイスだった。
パンドラを視線の先に捕らえると、ムーンフェイスは高度をパンドラより高く位置取り、再び掌のレンズから流星弾を発射する。
だが森の上空を低空飛行していたパンドラにこれを回避され、ムーンフェイスは刀を抜刀しつつ、上空からパンドラに急接近を仕掛けた。
「!」
その気配に気付いたパンドラも振り返り、空中でスペードブレイダーを構えて応戦する。
広大な森の上空で光刃剣と実体剣が交わり、激しく火花を散らしたのもつかの間、ムーンフェイスの背後から赤ずきんが二丁拳銃の引き金を引いた。
一見、赤ずきんがムーンフェイスを裏切った様にも見えるが、実の所攻撃を分かっていたムーンフェイスは真上に上昇してこれを回避する。
ムーンフェイスによって隠されていた赤ずきんの攻撃の存在が突然明かされ、避ける間もなかったパンドラは、銃口から放たれたとは思えない規模の焔の高エネルギー弾をまともにくらい、後方へ吹っ飛ばされた。
「ぐゥアッ!」
そこへ更に畳み掛けるように、ムーンフェイスは全身火だるま状態のパンドラへ向けて大型の粒子ビームを放つ。
だがこれに対しパンドラは、纏っていた焔を全身からフォースエネルギーの衝撃波を発してかき消すと、胸部中央にフォースエネルギーをチャージし、フォースカノンを放つ事で対抗。
剣同士のぶつかり合いをした直後に、今度はビーム同士の激突が起こり、直後の大爆発が二人を分断した。
そしてそこから、その爆発を切り裂くように現れたムーンフェイスは、再度流星弾を放ち、パンドラに更なる接近を試みる。
ところがパンドラはこれをスペードブレイダーから斬撃波を放つ事で迎撃すると、そのまま高度を下げ、森の中へと姿をくらました。
「森に逃げ込むとは、小癪な!」
今一歩のところで森に逃げ込まれたムーンフェイスは、パンドラを森から焙り出すべく、粒子ビームで森を焼き払おうとする。
しかし次の瞬間、突如森の中からフォースカノンがムーンフェイスを襲った。
「ぐうゥッ!」
上空にいたムーンフェイスは、これをバック転の要領で間一髪回避すると、発射地点と思われるエリアへ急降下する。
「そこか!」
と、同時に、赤ずきんはパンドラが隠れた周囲を二丁拳銃で爆撃し、一帯を火の海に変えた。
その火の海に降り立ったと同時に小太刀も抜刀したムーンフェイスは、周囲に生え立つ木々や焼かれて倒れてきた木を次々に伐り倒し、視界を確保しつつ、パンドラを探して森中に目を凝らす。
すると次の瞬間、木々を弾き飛ばしながら大型のフォースボールがムーンフェイス目掛けて現れ迫った。
「!」
それでもムーンフェイスはそれに気付くと、微塵も動揺することなく身体を時計回りに回転させながらスレスレで回避し、その流れのまま二刀でパンドラに斬りかかる(先のフォースカノンや今回の大型フォースボールのような不意打ちに近い攻撃に対する回避一つ取っても、ムーンフェイスが如何に他の鎧武者達と比べ、反射速度と運動性能に優れたスペシャル機であるかが分かるかと思う)。
そんなムーンフェイスの斬撃に対し、パンドラは両手からフォースバリアを展開して決死の防御に打って出るものの、二刀流のムーンフェイスに強引にそれを押し弾かれ、防御を崩された隙に逆から斬り飛ばされてしまった。
「グぁああアアッ!」
身体が空中を転がるように回転する程のパワーで飛ばされ、うつ伏せに地面へ叩きつけられたパンドラは、片膝を立て立ち上がろうとする。
だがその機を逃すまいと、ムーンフェイスが二刀でパンドラに襲いかかった。
「貰ったァァァッ!」
「ぐっ!!」
収納状態で腰のベルトに挟んでいたスペードブレイダーを再び展開してこれを受け止めたパンドラは、ここで必殺を発動する。
「スペードスラッシュ!」
ゼロ距離という密着状態からの連続した斬撃で以って斬り付けた結果、ムーンフェイスの二刀はそのパワーにとうとう耐え切れず、二振りとも真っ二つに叩き折られた。
「何ッ!? 馬鹿なッ!」
手持ちの武器を二つとも失った事で、ムーンフェイスは思わず後ずさる。
そしてムーンフェイス同様、そうした一瞬のチャンスをパンドラが逃す筈も無かった。
「ハァァァァァァァッ!」
止めの一撃を叩き込もうと、パンドラはスペードブレイダーの切っ先をムーンフェイスへ向け、それを突き立てるべく突っ込む。だがその時――
「!?」
そのパンドラにカウンターを浴びせるが如く、高密度の焔が叩きつけられた。
「この攻撃は・・・・・・」
吹っ飛ばされたパンドラは即座に体勢を立て直すが、その周りを広範囲に渡って焔が覆い尽くす。
そしてその焔の向こうから、パンドラの想像通り、赤ずきんがゆらりとその姿を現すのであった。
「チイッ!」
「フン」
更に最悪な事に、何も無かった筈の空間に謎のホールが出現し、そこから新たな鎧武者の軍隊がぞろぞろと姿を現す。
「これは・・・・・・」
「そんな、これじゃキリが無いです!」
「増援とはふざけた事を・・・・・・」
流石のパンドラもウンザリしたのか、持っていたスペードブレイダーをグラヴィティハンマーへ形態変化させ、反重力波導で鎧武者軍団を一気に吹き飛ばそうと大きくハンマーを振りかぶった。だが――
「!?」
『キャッ!』
次の瞬間、パンドラが降り抜いている筈のクラヴィティハンマーは何かに弾かれ、何故かパンドラの後方に吹っ飛んでいたのである。
「私の刀を折った程度で勝てると思われては困るな」
どうやら流星弾で弾いたらしいムーンフェイスが、左手を構えたままそう言った。
「チッ・・・・・・アリス!」
『は、はい!』
クラヴィティハンマー形態のまま(恐らく痛みに耐えて)横たわっていたアリスは、パンドラに呼ばれると、急ぎ人間形態へ戻ってその隣へ駆けつける。
「赤ずきんは君が足止めしろ」
「エッ!?」
「残りは私が引き受ける」
「・・・・・・了解です」
パンドラのオーターに無茶だと思ったアリスだったが、その他を全て引き受けてくれるというので、渋々それを了承した。
次の瞬間、二人は同時に左右別方向に駆け出し、それを追う様に赤ずきんとムーンフェイスが反応する。
すかさずパンドラは両手に生成したフォースボールを合体させ、大型フォースボールを作り出すと、それを増援の鎧武者軍団へと解き放った。
それを阻止せんと、赤ずきんが大型フォースボールへ向けて二丁拳銃を発砲するが、更にそれを重力魔法で相殺したのがアリスである。
「貴方は・・・・・・私が止めます!」
「・・・・・・」
力強く訴えるアリスに対し、赤ずきんはパンドラの方へ向けていた二丁拳銃を静かに、スッとアリスの方へと向けた。
すぐ近くでパンドラとムーンフェイス達が戦っている筈であるにもかかわらず、数秒間、そのアリスと赤ずきんの間に、風の音のみが存在を許されたかのような静寂が訪れる。
先に静寂を破ったのは赤ずきんだった。
連続して引き金を引き続け、銃撃の域を超えた爆撃の嵐を容赦なく浴びせかける。
だが、それでも赤ずきんの攻撃は残り火一つアリスに届く事は無かった。
「!」
駆け出しながらアリスは反重力波を発し、赤ずきんの攻撃を全て相殺していく。
銃による攻撃が効いていないと分かると、赤ずきんは即座に銃をホルスターにしまい、素手による肉弾戦を試みるべく、自身もアリスとの距離を詰めた。
【童話主人公の制約】により、童話主人公は童話主人公に一切の危害を与える事が出来ない。
それは童話世界間で最悪、戦争が起こった場合においても、童話主人公同士の戦いで片方、または両方が死ぬ事により、その童話世界が滅びるのを防ぐためである。
頭では分かっていたアリスだったが、実際にそれを体感するのはこれが初めてであった。
その間においても、赤ずきんはハイキックやローキックを放ったり、飛行した時のように、肘や脚の先から焔を噴射させてパンチや蹴りの威力を上げたり、様々な体勢からの攻撃や方法を繰り出すものの、そのいずれにおいてもアリスが揺らぐ事は微塵も無かった。
流石の赤ずきんもこれには違和感を覚えたらしく、そのいつもと異なる感覚に目を細める。
「(やっぱり【童話主人公の制約】が効いてるんだ。だから私でもこんなに戦い慣れしてる赤ずきんさんを止められてる。だけどこれ以上こうしてる訳にはいかない)」
「・・・・・・」
アリスからの反撃を警戒したのか、赤ずきんはすぐさまバックステップでアリスと距離を取った。
「(赤ずきんさんが自由に動ける事に変わりは無いんだから、どうにかしなきゃ。攻撃もダメで、でも赤ずきんさんの攻撃は止めなきゃいけない。て事は赤ずきんさんをどうにかして閉じ込めるか、押さえつけるしかない)」
きっかけになるものは無いかと辺りを探すアリスの視界に、一本の転がった丸太が写り込む。
「(よし、アレしかない!)」
すぐに丸太に駆け寄ると、アリスは重力魔法を駆使して丸太を抱え上げ、構えた。
赤ずきんに隙を作り出す詳細な手順まで瞬時に思い付く程アリスは頭脳明晰では無かったが、それでも何とかして赤ずきんと接触するチャンスを作り出さなければならない。
だが幸いな事に、赤ずきんは再び二丁拳銃を取り出し、アリスに狙いを定める。
条件は整った!
次の瞬間、意を決したかのようにアリスは丸太を抱えたまま駆け出す。
そして、全く効かないと分かっていながらも、アリスは丸太をフルスイングした。だが・・・・・・
「!? いない!」
全く手応えが無いのはいいとして、そこに居た筈の赤ずきんの姿が綺麗サッパリ無くなって
いたのである。
「どこに・・・・・・ハッ!」
アリスが気付いた時には、赤ずきんは降りぬいたアリスの丸太の上に立っており、その直後、銃を発砲しながら丸太の上を駆けると、持っていたアリスの顔面に思いっきり蹴り込んだ。しかし、
「(っ・・・・・・・来た、最大のチャンス!)」
この瞬間を待っていたとばかりに、アリスは丸太から離した手で赤ずきんの蹴り込んだ脚を掴み取り、そこから赤ずきんを羽交い絞めしにかかる。
「! ・・・・・・」
流石の赤ずきんもこの展開は予想して無かったのか、慌てて逃れようとするが、【童話主人公の制約】による影響下で、赤ずきんがいくら銃でアリスのこめかみを撃ち、殴りつけ、膝蹴りでアリスの腹に蹴り込もうと、アリスは痛み一つ感じず、そして見事赤ずきんの足止めに成功するのであった。
「っ、ぐぅぅおぉぉ大人しくしてもらいますよぉ~~ッ!」
《赤ずきん編――第4部へ続く――》
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