66 こんな時こそ冷静になりましょう3
リビングを出るとすぐに二階へと続く階段があり、今度は山路を先頭に、四人は足音を忍ばせ階段を上った。
階段を上がった先には、踊り場を挟んで左右にドアがある。
夏樹がいるのはどちらの部屋だろうかと久志は一瞬考えたが、薄く開いた左側のドアから話し声が聞こえたため、久志の視線は左側のドアへと注がれた。
「こっちみたいです」
声を潜めた山路が左側のドアを指差す。
あのドアの向こうに夏樹がいる。そう思うとじっとなどしていられない。
久志はドアの隙間から中の様子を窺う山路を押し退けると、制止する芹澤のことなど気にも留めず、勢いよくドアを開けた。
勢い込んでドアを開け、そして中の様子を見た久志が息を飲んだ。
「――夏樹?」
ベッドの上に横たわっている夏樹のことを、見たことのない少年が膝立ちで跨がっている。
夏樹は具合が悪いのか、ろくな抵抗もせず呆然とした様子で少年のことを眺めていた。
「えっ!? 専務? どうしてここが……」
夏樹と少年のことを、ベッドの傍らで見ていた男が振り向き、目を瞠った。
「山下……貴様……」
山下と目が合った久志が、ぎゅっと拳を握った。あまりに力が入ったため、指先が白くなる。
今にも山下に飛び掛かろうとしたその時、久志の背後から誰かが飛び出した。
「……渉ちゃん!!」
「パパ!?」
「渉ちゃん……何てこと……渉ちゃんが不良に……」
「ち、違うんだパパ! これは、あの……」
「あんなに良い子だった渉ちゃんが……パパが、パパが渉ちゃんのことを放ったらかしにしてたのがいけなかったの?」
我が子のやっていることを目の当たりにして嘆く父と、それを見て狼狽える息子。
「――芹澤」
振り上げた拳の持って行き場を失った久志が、芹澤の方を振り返った。
「久志さん、親子関係にも色々とあるんです。それよりも松本くんを」
「そうだった! 夏樹!」
ベッドに横たわる夏樹の元へ久志が駆け寄る。
鬼気迫る久志の様子に気圧されるように、少年――理央はベッドから降りた。
「おっと、君はまだここにいてください。色々と聞きたいことがありますので」
隙をついて逃げ出そうとした理央の腕を芹澤が掴む。
「夏樹、夏樹っ!」
久志が何度も夏樹の名前を呼ぶが、意識が朦朧としているのか、夏樹は久志の呼びかけに応えない。
「おい、夏樹っ! 俺が分からないのか? 久志だ、君の恋人だ!」
久志は夏樹の頬を両手で包み、顔を覗き込んだ。
「……ひさ……さん?」
「そうだ、久志だ。大丈夫か? 気分は?」
「だいじょ、ぶ」
久志の問いかけに夏樹が僅かに頭を振った。
「ちょっと君、松本くんに何をしたんですか?」
芹澤が眉根を寄せながら理央の腕を持ち上げ、問い詰める。
「…………」
「黙っていないで答えなさい! 何をしたんですか!?」
「せりざわさん……おれ、だいじょぶ……だから、りおくん」
久志に支えられ、ベッドの上で体を起こした夏樹が理央に向かって微笑む。
「りおくん」
「……夏樹さん、う……ごめんなさい……っ」
「うん」
ベッドに縋りつき、嗚咽する理央の頭を夏樹がそっと撫でる。
二人の様子をしばらく見守っていた久志だが、夏樹の体を支えながら訝しげな顔をした。
「夏樹、熱があるんじゃないか?」
そう言いながら久志が夏樹の額に手のひらを当てた。
熱のせいだろうか、目が潤み、僅かに顔が火照っている。
「──んっ」
「すこし熱いな」
「顔も赤いですね。松本くん、頭は痛くないですか? 寒気は?」
夏樹はベッドの上で久志に体を預けたまま、弱々しく首を横に振った。本人は大丈夫だと言っているが、どう見ても具合が良いようには見えない。
ベッドの側に膝をついて上掛けを着せ直しながら、芹澤が顔色を確かめるように夏樹に顔を寄せた。
「風邪でしょうか。解熱剤ならありますが……」
「すぐに持ってこい!」
「車に置いてありますので、取りに行ってきます」
芹澤が解熱剤を取りに行くために立ち上がる。
「――――風邪じゃないです」
理央がうつ向いたままポツリと呟いた。
「え?」
「僕が入れた薬が効いてきたんだと……だから、他の薬とか飲まない方がいいです」
「薬って、君、松本くんに何を飲ませたんですか!?」
「あの……きついやつじゃないから……僕も渉さんと何度か使ったことがあるし……」
理央が山下の方を上目使いでちらりと見た。
「山下くん、どういうことですか!?」
「渉ちゃん!」
父親から羽交い絞めにされて必死で抵抗していた山下だったが、鬼の形相の芹澤に睨みつけられると、ぎくりと体を竦ませ見る間におとなしくなった。
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