64 こんな時こそ冷静になりましょう1
「おい、まだか? まだ着かないのか?」
後部座席に座る久志が、運転席の山路へ声をかけた。
「久志さん、さっきも言ったと思いますが、あと十分もすれば到着しますから。ちょっと落ち着いてください」
「だが芹澤……」
「そう何度も声をかけられたら山路が運転に集中できません。到着が遅れても良いんですか?」
助手席から芹澤が久志へ咎めるような目を向けた。
「…………」
「わかったなら、少し静かにしてください。あ、山路くん、そこの信号を左に」
「はい」
芹澤の指示で、三人を乗せた車が左に曲がる。
山路も急いでいたようで、あまり減速せずに車が左折したため、久志の体も大きく左に傾いた。
「おっ……と」
座席の上でバランスをとりながら、久志が膝に乗せた箱を支える。
「山路くん、急いでもらうのは有難いですが、安全運転でお願いします。到着するまでに事故でも起こしたらどうするんですか」
「すっ、すみません!」
芹澤から注意されて余計に焦ってしまったのか、山路が頭を下げると同時にガクンと大きく車が揺れた。
「ちょ、山路くん! 私を殺す気ですかっ!?」
「うわっ、すみません! すみません!」
山路が芹澤に謝る度に車が揺れる。
「……ちょっとそこのコンビニで、一度車を停めてくれ」
このままだと夏樹の元へたどり着くまでに、車がどうにかなってしまうと判断した久志が、ちょうど前方に見えたコンビニに入るよう山路へ指示を出した。
ガクンガクンと小刻みに揺れながら車がコンビニへ向かう。
無事に駐車スペースに車が停まったところで、車内に誰のものともつかない安堵のため息が漏れた。
「山路くん」
「…………はい……」
芹澤の声に、運転席の山路が大きな体を小さく丸める。
「ここからは私が運転をしますから、あなたは助手席でおとなしくしていてください」
「……はい」
すっかり項垂れてしまった山路は、おとなしく芹澤と座席を交替した。
今度は芹澤の運転で滑るように車が車道へ出る。
ほとんど揺れを感じさせない芹澤の運転に、久志は背もたれに体を預け、ホッと息を吐いた。
同じ車なのに、運転手が違うだけでこうも乗り心地が違うものなのか。芹澤の運転に慣れていた久志は、改めて芹澤の運転技術を見直した。
「山路くん」
「はいっ!」
「目的地に到着したら頼みますよ。相手は複数の可能性がありますし、私は力には自信がありません。山路くんが頼りですから」
「――芹澤さん」
山路は目許を潤ませながら、感激したようにハンドルを握る芹澤を見つめた。
「おっ、俺、頑張ります! ちゃんと芹澤さんのことを守り抜いてみせますっ!」
尊敬する芹澤から期待を寄せられ、山路の頭の中では本来の目的である、夏樹のことを救出しに向かうという重要事項はすっかり隅に追いやられてしまっているようだ。
「ところで久志さん、その箱は……」
芹澤がバックミラー越しに久志の顔を見た。
「ああ、これか。慌てていたので、そのまま持ってきてしまった」
例の着ぐるみの入った箱を久志が大切そうに抱え直す。
芹澤は呆れを通り越して、かける言葉も思いつかず、黙って運転に集中するふりをした。
「専務、その箱何が入ってるんですか?」
二人のやり取りを見ていた山路が、興味津々な様子で後部座席の方へと顔を向けた。
「これか? これは夏樹へのプレゼントだ」
「はあ、松本にですか……それなら無事に松本を助け出して、そのプレゼントを渡さないといけないですね」
「そうだな」
夏樹を無事に救い出して、この着ぐるみを着せなければと、かなり方向性は怪しいが、久志は夏樹救出に向けて気持ちを引き締めた。
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