24 新生活2
初めて訪れる七階フロアの秘書課で、緊張から体を固くしていた夏樹は自分の机だと芹澤から案内された場所でデジャヴを感じていた。
机の上に山盛りのお菓子が置かれている。
だが夏樹は、確かにここが営業課ではなく秘書課なのだとすぐにわかった。お菓子の質が営業課の時とあきらかに違うのだ。
餞別にと総務課の女子社員らからプレゼントされたのは、夏樹にもお馴染みのコンビニ系のお菓子だった。
一方、秘書課のお姉さま方からのプレゼントらしきお菓子の数々は、あきらかにゼロの数が一桁違うデパ地下系のものだ。
中には夏樹が見たこともないようなものもあり、気のせいか色とりどりのリボンできれいにラッピングされたそれらがキラキラと輝いているように見える。
「よかったですね。うちでは昨日のうちから松本くんの移動の話がわかっていて、みんなとても楽しみにしていたんですよ」
机の前に佇む夏樹の隣に立った芹澤が、夏樹の肩に手を乗せて目線を合わせるように少し身を屈めて微笑んだ。
「芹澤さん」
分不相応だと思っていた秘書課から、自分が歓迎されているのだと感激した夏樹が、大きな瞳を潤ませて芹澤のことを見つめた。
「――――ん?」
あちこちから携帯のシャッター音が聞こえたような気がした夏樹が後ろを振り返る。
「どうかしましたか?」
「いえ、今なにか聞こえませんでしたか?」
「ああ……気にしないでください。念願の萌え要員にみんな浮かれているんですよ」
「萌え……?」
「まあ、そのうち慣れてくるでしょう」
芹澤の言っている意味が夏樹には今ひとつよくわからなかったが、とりあえずわかりましたと頷く。
その後、よっちゃんこと秘書課課長の工藤義仁を芹澤から紹介された。工藤は営業課長の小山と茶飲み友達だそうだ。
優しそうな工藤に「ともちゃんから聞いているよ、よろしくね」と言われ、その癒しオーラに夏樹の緊張もいくぶん解けた。
「うちは男性社員が少ないんですよ。工藤課長と私とあと……山路くん、ちょっと」
芹澤から山路と呼ばれた男性社員が嬉しそうに小走りでやって来た。
「こちら
「はい」
「山路です。松本くん、よろしく」
見るからに体育会系の大柄でがっちりとした体型の山路が、にかっと笑いながら夏樹の手を掴みぶんぶんと上下に振った。
地黒なのか日焼けをしているのか、山路が笑うと白い歯がやけに目立つ。
「よ、ろ、しく……おねが、い、します」
小柄な夏樹が山路の握手にがくがくと体を揺さぶられながら、なんとか挨拶を返す。
「では後は……山路くんよろしくお願いしますね」
「はいっ! 芹澤さん! 任せてくださいっ、この山路、芹澤さんの期待に応えられるよう、全力で頑張りますっ!」
自分の業務へ戻る芹澤の背中へ、室内だというのに無駄に声を張って決意を伝える山路。
それに芹澤が後ろ手を振って答えると、山路は感極まったように体を震わせ、がばっと頭を下げた。
そんな山路の様子をやや引きぎみに夏樹が見ていると、下げた時と同じ勢いで顔を上げた山路が全開の笑顔で夏樹の方へと振り返った。
「それじゃあ松本くん、席に着こうか」
「はい」
山路の右隣が夏樹の席だ。夏樹は席に着くなり、早速てんとう虫型マウスをパソコンに接続した。
「お、可愛らしいなあ」
夏樹の手元を覗きながら山路が言った。
「はい。営業課のみんながくれたんです」
「松本くんは営業課で可愛がられていたんだな」
「――はい、とてもよくしていただきました」
ちょっと照れたように言う夏樹の肩へ手を置いた山路が、そうかそうかと大袈裟に頷く。
「うちは女性が多くて何かと気を使うこともあると思うが、俺のことを実の兄だと思って頼ってくれ」
「あり、が……っ、とうござ、いま……す」
山路が夏樹の背中を力いっぱい何度も叩く。
握手の時といい、全てにおいて全力の山路は手加減という言葉を知らないようだ。
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