23 新生活1

 KONNOの社屋ビルに到着した夏樹が営業課へ行くと、机の上がお菓子であふれていた。


「よっ、おはよう夏樹」

「――おはよう……修一。ところで何で俺の机の上がこんなになってんの? 今日俺の誕生日じゃないけど」

「あー、それな……」


 と、修一が言葉を続けようとしたところで、夏樹は営業課長の小山に呼ばれた。


「松本くん、突然のことで悪いんだけど、今日から秘書課へ移動になったから」

「――え?」

「うんうん、びっくりするよねえ。私も今朝早くに連絡をもらってびっくりしたんだ。大丈夫。よっちゃんには、松本くんのことくれぐれも宜しくって言ってあるからね」

「はあ……」


 だから机の上にお菓子が山盛りになっていたのか。恐らく夏樹の移動を聞き付けた同じフロアにある総務課の女子社員らが、餞別にと置いていったのだろう。夏樹はいつも総務課の女子社員らからおやつをもらっている。


 同じ三階フロアの営業課と総務課。普段から社員どうしの行き来もよくあってわりとみんな仲がいい。一方、夏樹の移動先となる秘書課は七階にある。夏樹は七階フロアへはあまり足を踏み入れたことがない。はっきり言って未知の領域だ。

 また修一情報によると総務課と秘書課の女子社員の間には微妙な空気が流れているらしい。

 突然移動だと言われ初めは驚いただけだったが、机の上のお菓子の山を見ているうちに、夏樹は少し不安になってきた。


「修一……俺、秘書課に移動だって」

「ああ、俺もさっき聞いた」


 夏樹が移動のために私物をまとめる。その隣で修一がお菓子の山を箱詰めするのを手伝ってくれた。


「どうしよう……俺、資格とかって車の免許くらいしか持ってないよ」

「大丈夫。なんとかなるって」

「そうかなあ、勉強して取れる資格なら、今から頑張ってなんとかなるかもしれないけど調理師とか無線技師とか……あ、あと樹木医もか……自信ないなあ」

「夏樹? お前、秘書課に行くんだよな」

「うん。そうだけど?」


 秘書課に行くのに樹木医の資格なんて必要だったっけ、と修一が首を捻っていると、ちょっと慌てた様子の山下がやって来た。


「よかった、間に合った」

「よっ、山下。お疲れ」


 山下が、はいこれと言って家電量販店の袋を夏樹に差し出した。


「今朝、松本くんが移動になるって聞いて。これ、みんなから。急いでいたからラッピングとかしてなくて悪いんだけど」

「――えっ?」


 驚いた様子の夏樹が辺りを見渡すと、課長の小山をはじめ修一や他の社員らが夏樹へ笑顔を向けていた。


「うわ……ありがとう……ございます。あの、開けても?」


 山下が頷くのを確認した夏樹が袋に入った包みを開けた。


「わ、可愛い」

「何、何が入ってた?」


 中身を知らない修一が興味津々で夏樹の手元を覗き込む。


「おっ、いいじゃん。夏樹っぽくていいんじゃね?」


 袋の中に入っていたのはマウスとマウスパッドで、マウスはてんとう虫の形をしており、緑色の葉っぱになったマウスパッドとセットになっている。


「凄い。ありがとう、大切に使わせてもらうね」


 夏樹は営業課のみんなにお礼を言うと、マウスの入った袋を嬉しそうに胸に抱き締めた。


「ほら夏樹、引っ越しの続きをするぞ。もうすぐ芹澤さんがくるんだろう?」

「うん……修一、俺、管理栄養士とかボイラー技師の資格とかも持ってないけど、自分なりに頑張ってみるよ」

「夏樹……」


 明らかに夏樹が秘書の仕事について何か勘違いをしていることは、さすがの修一にもわかったが、この感激ムードに水を差すのも憚られたため、あえて口を挟むことはしなかった。


 こうして営業課のみんなに惜しまれながら、夏樹は迎えに来た芹澤とともに三階フロアから七階フロアへと移動したのだった。

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