22 流されたわけじゃない!4
さんざん夏樹の唇を味わい尽くした久志は、やっと満足したのか上機嫌で全裸のままシャワーを浴びに寝室から出て行った。
広いベッドに一人取り残された夏樹。魂が抜けたような虚ろな目を天井に向けて、あまり働かない頭で今自分に起こった出来事を整理してみた。
寝起き早々、全裸の男にのし掛かられ、あり得ないほど濃ゆいキスの洗礼を受けた。
言葉にすると身も蓋もないが、現実だ。
甘いイチゴや爽やかなレモンの味などを期待してはいないが、キスってもうちょっとロマンチックなものではなかったのか。
少なくともいきなり全裸で相手にのし掛かかり、貪るようにするものではないことくらい、恋愛スキルをほとんど持ち合わせていない夏樹にだってわかる。
絶対なにかが間違っている。
間違っているのに、久志から与えられる強引なキスがあまりにも気持ちよくて、夏樹はついつい身を任せてしまったのだ。
「~~~~~~~~っ!」
夏樹がベッドの上で枕に顔を埋めて頭を掻きむしっていると、寝室のドアから芹澤が顔を出した。
「松本くん、おはようございます。あと二十分で出ますので準備をしてください」
夏樹が体をビクッとすくませる。
大人な芹澤は、突然あんな場面に遭遇しても普段と変わらない態度でいる。なのに一方の夏樹は、ベッドの下に隠していたエロDVDを部屋の掃除をした母親に見つかった中学生よりも居たたまれない気分だ。
どうしても芹澤とまともに顔を合わせることができなくて、夏樹は枕に顔を押し付けたまま、小さくはいと答えた。
「それと、例の盗聴器の件で少し動きがありました。詳しいことは車で説明します」
「えっ!?」
淡々と告げる芹澤の言葉に夏樹が枕から顔を上げた。
「犯人がわかったんですかっ!?」
「いえ、疑わしい人物が浮上しただけです。まだ決定的な証拠を掴んだ訳ではありません。とりあえず、急いで準備をしてください。あと十五分で出ますよ」
「は、はいっ」
いつまでも恥ずかしがっている場合ではない。
夏樹はベッドから出ると急いで身支度を整えた。
その後、芹澤が運転する車で夏樹は久志と一緒に出勤した。
一分の隙もなくスーツを着こなす久志は、今朝ベッドで夏樹に襲いかかった時とはまるで別人だ。
これが本当に、朝っぱらから大きくしたナニを自分の太股に押し付け、強引にキスをしてきた男と同一人物なのかと夏樹はにわかに信じることができない。
性格や行動にかなり問題はあるが、やっぱり久志は格好いい。
車の後部座席で夏樹と隣り合わせに座った彼は、すっと背筋を伸ばし、芹澤から渡された資料を捲っている。
時おり眉根を寄せ、眼鏡の奥の切れ長の目を細める姿など、どう見てもデキる男そのものだ。
夏樹の視線がついつい、彼の唇へと吸い寄せられてしまう。
(キス、したんだよな……)
あの唇が息も止まりそうなくらいの勢いで自分の唇を奪ったのだ。
今朝のベッドでの出来事が夏樹の頭の中を過る。
きっと今、自分の顔は赤くなっているはずだ。わかってはいるのにますます久志の口許から目が離せなくなってしまう。
「――――というわけです。松本くん、わかりましたか? 松本くん?」
「…………」
「夏樹、私の顔に何かついているのか?」
「……えっ? あ、はい……っいえ」
「熱でもあるのか? 顔が赤い」
そう言って久志が夏樹の額に触れる。
「――ひっ!」
「熱はないようだが。具合がよくないなら遠慮なく言いなさい」
すみません大丈夫ですといいながら、赤い顔をうつ向ける夏樹のことを久志が覗き込む。
後部座席でのやり取りをミラー越しに見ていた芹澤がため息をついた。
「聞いていなかったようですね……まあいいでしょう。小山課長にはすでに連絡を入れていますので、出社したらわかることですし」
すっかり呆けてしまっている夏樹にこれ以上説明しても無駄だと思ったのか、芹澤は前方へと視線を戻すと運転に集中した。
この時は、芹澤の言っている意味がよくわからなくてただ「はい」と答えたが、出社後、夏樹は車中できちんと芹澤の話を聞かなかったことを後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます