第83話 美濃入り

 いよいよ美濃国へと入る。


 美濃国の中津川。現在の岐阜県中津川市に位置するところだ。と、言っても中津川市もかなり面積が広い。俺らが向かうのは今の市街地に当たる部分だ。


 もう少し進めば織田家の岐阜城や裏切りの明智光秀生誕の地として知られる明智荘などがある。 


 美濃国は歴史的に貴重な場所だ。


 美濃を制したものは天下を制すと言われてきた。そのことぐらい俺でも知っている。それは別に戦国だけの知識ではないからだ。


 戦国で例えると、織田信長が斎藤義龍から美濃を奪い岐阜城において天下布武を宣言した。戦国以外であると壬申の乱において大海人皇子は美濃国で兵を集め大友皇子に勝利した。



 「岐阜、それは歴史的にとても大事な場所だ」



 「あんまりいいこと言ってないぞ」



 「そうね。もっといいこと言わないと」



 俺の言葉に竜也そして佳奈美が文句を言う。


 ……いいじゃん。何となく思い浮かんでいっただけなのだから。



 「どうせ、何も考えてないのでしょ」



 ギクッ



 佳奈美にバレていた。



 「な、ななな何のことやら」



 動揺を隠せない俺。何とも悲しい。



 「まあ、どうせ忠志のことだからそうだとは思っていたけどな」



 「うるせえ」



 そんなこんなで何ともない会話が続いていた。



 「しかし、美濃に入ってからなぜだかさくさく進ね」



 「そりゃそうだよ。美濃は織田家の領地だから」



 「今までの信濃とか上野とかは織田家の領地の中でも侵略したのは新しいから国衆とか国人とかはまだ織田家に対して敵対心を多く抱いていた。信長が死んだと知れば反乱を起こしてもおかしくはない。だからこそ滝川一益も危険を警戒してゆっくりと進んでいた。だが、美濃までくればその心配もなくなる。だから、美濃に入ってから慌てて進んでいるのだろう」



 竜也の説明は分かりやすかった。



 「そうね。清須会議のことはすでに伝えてあったけどやはり気になってはいるのでしょうね」



 「人間そう簡単には諦めきれないからな。織田四天王の一角としてのプライドもあるはずだしな。さらに自分より格下に思っていた秀吉が天下を取ってしまう。そんなことを認め得たくないという思いもあるのだろう」



 竜也は滝川一益の気持ちを言う。


 竜也のあくまでも推測であるが、俺もそんな気がしていた。


 人間のプライドというものはいつの時代であっても変わりのないものだと思う。戦国時代の人もきっとあいつには負けたくはない。あいつだけには絶対。そんな気持ちはあるはずだ。



 「清須会議はもう終わっているんじゃない?」



 「ああ、終わっているな。でも、清須会議の後もいろいろとごたごたがあるから滝川一益はそのごたごたで狙っているのかもしれない。自身の影響力を何としても残すことを」



 「ごたごたねえ。確かにこの後は徳川家康と秀吉の対立、柴田勝家と秀吉の対立、織田信雄と秀吉の対立などいろいろあるからね。そういった対立で秀吉側に着けば安泰なんだけどね」



 「まあ」



 「つかなそう」



 佳奈美の言葉に俺と竜也は否定する。


 佳奈美もそんなことわかっていた。



 「だよねえ」



 滝川一益に竜也は秀吉に着くように伝えていたが、実際につくことはなさそうだ。


 うん。絶対。


 それはみんなが共通認識として持っていた。



 「皆様方」



 俺達の警護をしている菊川安房がやってきた。



 「どうしたんだ安房」



 「滝川様が清須に急いで向かいたいと言っておられます。美濃をすぐに通り抜けると全軍に伝えているところです」



 「あい、わかった」



 安房は連絡だけするとすぐに別の人々に伝えるためあわただしく出ていった。


 俺達は安房が出ていくのをしっかりと確認すると話を始めた。



 「急ぐってよ」



 「やっぱりね」



 「ああ、そうだな」



 俺、佳奈美、竜也の順に言った。



 「忠志、どうして急いでいるか。もうわかっているよな。さっきの俺と佳奈美の会話を聞いているんだから」



 「ああ、わかっているさ。俺もそんなにバカじゃないからな」



 ……竜也のその言い方にムカッとするが、口には出さない。ただ、俺のいら立ちの表情はすぐ顔に出てしまうので竜也にはバレてしまうがそんなことはどうでもいい。



 「……言い方が悪かった。俺が悪い」



 そんな俺の様子を見て竜也が素直に謝る。


 珍しいことがあるもんだ。



 「野村君が謝るって珍しいわね。あーあ、動画でも撮っておくべきだったなあ」



 「ううぅ」



 竜也が珍しく追い詰められていた。


 ああ、俺もこんな竜也の姿録画しておきたかった。



 「ど、どどどうでもいいだろ。さあ、清州に向かっていくぞ」



 「話そらしたな」



 「そらしたね」



 「うるさああい」



 珍しく攻守逆転できて俺は楽しかった。うれしかった。



 「ああ、竜也が怒ったああ」



 「こわーい」



 「お前らあああああ」



 そんなこんなで美濃に入っても俺達三人は現代みたいなノリでバカみたいなことをしていた。


 美濃という織田家の本拠地に入ったからこそそれまでよりも俺達の中にはかなり余裕があった。心にゆとりがあった。


 しかし、本拠地だからこそ恐ろしいものがあるということを俺達はまだこの時は知らなかった。


 外部の領地であれば敵の心配に注意力が行くのは当然である。


 美方の地域での恐ろしさ。それは派閥抗争。出世闘争。まだ、その恐ろしさについて俺達は知らなかったのだ。



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