第61話 噂
佐久郡での夜盗騒ぎのあと、俺は刀を菊川に教えてもらうことになった。ただ、教えてもらうのは移動が終わり夜宿泊する際だけであった。
そりゃあそうだ。移動しているのだから刀をそこで教えることができない。夜、たいまつを使い暗い中であるが少しでも時間をつくり教えてもらった。おかげでまずは重い刀を持つだけの筋力を鍛えることができたと思う。
「はぁはぁはぁ」
だが、体力がないのは変わらないことだった。
「小田殿。気力が中々続きませんな」
「うぅ、俺は体力がないんだよ。体育会系じゃないんだから」
「体育会系? 一体それはどういったものでしょうか?」
「はっ、こっちの話です」
菊川と仲が良くなった。しかし、仲が良くなったために前よりも会話をすることが増えたので俺は現代の知識をつい言ってしまう。体育会系なんて言葉この戦国時代には存在しない言葉だ。菊川に怪しまれてもおかしくはない。
「そうですか……」
何か怪しい目で見られている。このような会話を数回も繰り返しているからもう完全に変な奴だと思われているだろう。俺が未来から来たっていう話ってどこまで行き届いているんだっけ。前にも確認したような気がするけどすぐ忘れてしまう。最近、いろんなことがありすぎて記憶がパンクしている。
「ところで、小田殿。一つ聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
急に菊川が改まって俺に何か聞きたいことがあるらしい。菊川と深くかかわるようになってから初めての事なので俺は緊張すると同時にとても気になったので快く了承した。
「ええ、1つあるのですがいいですか?」
「いいですけど……そんな改まってどうかしたんですか?」
「うーん。まあ、小田殿からの敬語ももうやめてもらいたいのですが、まあそれはいいとして実は気になっていることがあるんです」
「気になっていること?」
「ええ、実はこのあたりは今どこだかわかっていますか?」
「今の場所……信濃国と遠江国の境あたり?」
「まあ、間違ってはいない。正解とは完全には言い難いが。で、だ。このあたりには実はあるうわさがあるんだ」
「噂?」
俺は聞き返す。
噂っていったい何だろうか。
「今川家についてはご存知ですか?」
「今川義元の今川ですか?」
「ええ、そうです」
今川家と言われて俺がピンと来たのは今川義元だけだった。なにせ、今川義元と言えば小学校の歴史の教科書から登場する人物だからだ。日本史専門の俺からしたら覚えていて当然の人物といってもいい。ただ、専門外の俺としては今川義元と言われて思い浮かべるのが桶狭間の戦いで負けたという敗者というイメージが強い。その後の今川家について俺は興味がなかったため佳奈美や竜也に話を聞くまで知らなかったぐらいだ。あと、大河ドラマの影響も結構ある。
だから、今なら今川氏真のことについても少しは分かっている。でも、今川といったらもう滅びているはずだが?
「実は、今川の旧臣らがこのあたりでこそこそ動いているという噂があるんです。殿も少々気になっているようでして……調べてみませんか?」
「調べるって俺が?」
「はい。もちろん、私もしますよ。やりましょう」
「……菊川、その真意は?」
「これで手柄立てれば出世じゃないですか!」
ああー。
菊川の本意が知れた。でも、確かに滝川一益が気になっていることを暴くことができれば出世することは間違いないだろう。だから、菊川の言っていることに間違いはない。まあ、男ならやっぱり出世したいという欲は普通に持っているし。菊川も早く出世したいのだろう。織田家の誰でも使うという家風がこんなところにも役立っているとは思ってもいなかったけど。でも、現代社会の会社ってこんな感じなのだろうか。俺は学生だからよくわからないけど。
「調べるのは構わないけどどういうことをすればいいんだ?」
「とりあえず、近くの村で聞いてみましょう。殿はこのうわさが気になってしばらく行軍を辞めるらしいですし。早く京に行くためにもこの問題は解決しなくてはいけないことなんですよ」
菊川がすごい力説してくる。
こいつ、こんなキャラだっけって思えてきた。
でも、急ぎ京に行けないのであればこれはやらなくてはいけないことなんだな。わかった。
「よし、じゃあやることにするか」
俺らは近くの村へと向かったのだった。
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