第40話 由良の陣へ

 「で、次に説得しに行く由良っていうのはどんな奴なんだ?」



 俺は竜也と歌川の2人に、俺達が次に説得に行く由良という武士について尋ねる。俺は2人と違ってこの由良っていう大名について全く知らないのだからどういう武士なのか気になっていた。


というよりも、全く知らないという状況が俺的には癪であった。きちんと2人と並びたかった。戦国の情報を少しでも仕入れておきたいというのが今の俺の心境だ。



 「由良の事な。まあ、由良は群馬ではある程度まだ有名な方の部類には入る大名なんだが……」



 ある程度有名ですって。


 俺はその言葉を疑った。


 だが。



 「確かにね。由良は有名な方ね。戦国武将を戦わせる『戦国大大戦』っていうゲームにも由良はきちんとプレイヤー武将として登場しているから知名度は、少しはあるはずよ」



 ……知らなかった。


 何よりも歌川まで竜也の側に立って俺に諭すように由良のことを説明した。


 由良がゲームに出ていることは知ったとしても実際にそのゲームをやったことのない人間としては、知名度は0と考えてもいいと思う。


 だから、全く知らないんだよ。もう。



 「由良っていうの本当に俺は知らないんだよ」



 「そうか。まあ、全く知らないとなるとやっぱり不安だろうから教えてやるぞ」



 「教えてやるぞって……何でそんな上から目線何だよ」



 「あはは」



 竜也の言い方に棘があった。


 癪に障る言い方だった。まあ、竜也はこんな奴だということは昔からわかっているけど。ちょっとな。やっぱり腹に立つものは立つんだ。



 「で、由良氏について教えてくれ」



 「わかった。俺達がこれから会おうとしているのは由良氏の当主由良国繁だ。由良氏は、もともとは横瀬氏と名乗っていたんだが、この国繁の代で横瀬から由良に改姓している。横瀬氏9代目にして由良初代当主ってわけだ。由良の出自は武蔵七党と言われる武士団の一つでさらにその前までさかのぼると小野篁に繋がる小野氏なんだ」



 「小野篁って誰よ?」



 俺は、当たり前のように竜也に説明をされたとしても小野篁って誰なのか俺にはわからないのでそんなことを言われてもわからない。


 だから、まず小野篁って人について聞くことにする。



 「小野篁は、平安時代の貴族だったはず。俺の平安時代までは詳しくは知らないけど篁には確か結構有名な伝説があって知っているんだ」



 「伝説?」



 俺は、その言葉に反応した。



 「うん。そう、伝説だよ。小野篁は、昼は貴族として天皇に仕え、夜になると六道珍皇寺の井戸から地獄へと渡って閻魔大王の側近として裁きを行ったという伝説があるの」



 「そ、それはまたすごい伝説だな。地獄で働く貴族か……何か、漫画とかの登場人物でいそうな肩書だな」



 「まあ、伝説だしな。でも、伝説に残るほどの人物だったということに間違いはない。それでだ。その小野篁の子孫がこの──」



 「由良ってわけね!」



 「そこは俺のセリフだろ」



 歌川が、竜也が決めるセリフを横から奪っていった。


 そのことに竜也がかなり驚いて動揺している。


 竜也の言葉を奪った歌川のその行動はなかなかのものであった。ちょっと、竜也に一泡吹かせることができたかな。


 俺と歌川はお互いの目を合わせてイエーイとハイタッチを実際にするまではしてないが心の中で交し合った。



 「……まったく。でだ。由良がつまりは平安中央貴族の血を受け継いだ一族だということはわかってくれたと思う。だからこそ、その名家の血がこの戦いにも必要だ」



 竜也の考えが分かってきた。


 小幡も由良も名門だということだ。


 上野の国衆の中でも名門と言われる2家の力を借りることによって滝川に勝利をもたらそうとしているのだ。


 相手は北条。でも、北条も名家じゃないのか?



 「北条も名家じゃないのか? だって、北条ってあの鎌倉幕府の執権の北条だろ?」



 「「……」」



 俺がそう言うと竜也、そして歌川の2人が同時に怪訝な表情を取る。


 え? どうして? 何か俺悪いことでも言ったのか?



 「お、小田君。それ、本気で言ってるの?」



 「え!? ほ、本気って、ど、どうして?」



 「……もう、いい。歌川。小田はどうやら日本史を勉強している人間として基本的なことである北条のことも知らなかったようだ」



 「え、ええ? き、基本? な、何の話だよ、それ」



 俺は、2人から追及されてしまいかなり動揺をしていた。北条について日本史を勉強している上での基本的なことって、何だよ。


 俺にはわからない。わからん、わからんぞ。



 「いい、小田君。北条って言えば戦国時代なら小田原に本拠を構え関東最大の戦国大名ともいえる北条氏、それと鎌倉時代なら鎌倉幕府の執権として130年間に及んで政治を牛耳った一族北条氏の2つが出てくると思うんだけど。この2つって血縁関係全くないから」



 「へ?」



 俺の口からかなり間抜けな言葉が出てしまった。


 それは心の奥底から驚いた言葉でもあった。



 「ほ、北条って違うのか?」



 「ああ、違うぞ。小田原の北条氏は元々初代北条早雲の時はまだ北条って名乗っていないから正確に言うと伊勢宗瑞って言うんだ。伊勢氏っていうのは、室町幕府の政所の執事を代々継承している一族だから名門って言えば名門だけど早雲はそこの支流出身っていう説が最近有力だし、それに元々下剋上で成り上がった例の一つとしても挙げられるから名門とは言い難いでしょ。これのどこに鎌倉の北条氏とのつながりがあるんだ?」



 「それに、小田原北条氏って言ったり、後北条氏って言ったりしているから完全に鎌倉の北条とは違うものですよねって、アピールする区別の仕方だよね」



 「そ、そうだったのか」



 俺は、今までそんな基本的なことを知らなかったのか。完全に小田原の北条と鎌倉の北条は同じものだと思っていた。俺は、日本史が好きで日本史をやっていたはずだったのに本当にそんなことを知らなかったとは。近代史ばっかりやっていると中世や近世のことが分からなくなってしまうのだということを身に染みた。



 「さてさて、話が変な方向に行ってしまったが由良についてだ。で、由良の現在の当主はえ、えっと」



 「国繁殿です」



 竜也がど忘れして由良の当主の名前が出てこなかったところを弥介がフォローして名前を言う。



 「そうそう、国繁だ。俺達が今から会いに行くのはその由良国繁という男だ」



 「どんな男なんだ?」



 俺は、由良国繁という男についてそんなに知らないので竜也に聞く。



 「私もいまいちだから野村君にすべて説明してもらおうかな」



 「こういう時の説明役どうして俺がやることになっているんだよ……まあ、いいや。由良国繁はだな、政治的にはそんなにはセンスがいいとは思えないが母親の妙印尼がちょっと、あれなおかげで江戸時代に茨城の牛久に領地をもらえて生き残ることができるからまあ、或る程度の実力があるのは確かだ」



 「妙印尼があれって?」



 「……母親は戦国の最強ババアって一部では言われるぐらい強いの。確か北条相手に自ら指揮して籠城して勝ったという逸話があるほどの……」



 ……何て強いんだ。


 っていうか、それなら……



 「妙印尼に指揮を執ってくれるように頼めばいいんじゃないか?」



 「あの人は基本的には金山城からは出てこない。それに由良国繁のメンツのためにもそれはよしておこう」



 「妙印尼殿ですが、実はこの陣中に来ているとのうわさがあります」



 俺達の話に弥介が割って入ってきた。


 その話を聞いた竜也が目をキラキラにさせて言った。



 「それは、本当か!? だったら、もう作戦は変更だ。国繁よりも妙印尼だ」



 当主よりも母親の方が偉い家って大変だよね。


 そして、竜也よ。お前、変わり身が早すぎないか。そんな呆れた俺を無視して竜也はてくてくと歩いていたはずなのにどんどんと足取りは早くなっていき、早く由良の陣にたどり着こうとしているのが分かった。


 俺達はその行動を見て呆れながら由良の陣へと向かったのだった。



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