なにかを求めて、得る代わりに渡す道具だ。

 なにが「だから」なのかも「それ」なのかもわからない。

 ぼんやりしていると、ミャイはツンと鼻を持ち上げて腕を組んだ。

「だから、自分の仕事は自分の仕事、人の仕事は人の仕事ってするのが大事なのよ。困っていて、お手伝いをするのならいいけど、仕事をまるごと取っちゃうのも、誰かにあげちゃうのもよくないの」

 ウンウンと自分の言葉にうなずきながら、ミャイは「そうよ。それが言いたかったのよ。次に森に連れて行ってもらうときは、それを船頭さんたちに教えなくっちゃ」とつぶやいている。

 なんだかよくわからないが、ミャイはあのときにうまく言えなかったものに当てはまる言葉を見つけたらしい。

「そうか」

「そうよ。そうなの! 昨日の夜から、私ってば冴えてるわ!!」

 フンッと鼻息を吐き出して、ミャイは跳ねるように道を進む。私はその背を追いながら、ミャイの言葉をまとめてみた。

 仕事は自分に合う合わないがある。

 仕事はたくさんやれば賃金が増えるが、そのぶん疲れもたくさん溜まる。

 お金が貯まっても疲れが溜まっては、休憩の時間が増えるだけで使う機会が減る。

 それはつまり、無用の道具が増えるということにはならないか。

 お金というものは、対価だ。

 なにかを求めて、得る代わりに渡す道具だ。

 道具とは使うもの。

 お金が便利な道具だということは、ここに来て理解した。

 あれがあれば、その数に見合った欲しいものを得られる。足りなければ得られない。昼食後にミャイとともに茶を喫しにでかけたり、アクセサリー見物につきあうこともあるが、ミャイの持ってる数では足りなくてあきらめている姿をしばしば見る。私の数を足せば買えると言えば、それは違うと怒られたことがあったので言わなくなったが、やはりたくさんあったほうがよいのではないか。

 だが、疲れは好まない。

 道具が多くあっても、それを使う機会が仕事により得られなければ意味がない。

 ミャイはそう言っていた。そのために無理をしてはならないと。

 いまよりも多く、クルミを割る仕事がきたらどうなるだろう。

 はじめは難なくこなせそうだ。

 だが、それが続いたら――?

 私の顎や前歯はどうなってしまうのか。

 疲れた顎が回復するよりも、すり減った前歯が戻るほうが時間がかかりそうだ。

 前歯が減りすぎると、食事に不便だ。その間の仕事はできなくなる。つまり、それまでに得た賃金で過ごさなければならない。

 それは、休む期間に見合うものだろうか。

 前歯のすり減りや顎の疲れの対価として、妥当なものであるのか。不便になってまで得る価値があるものなのか。

 …………ふうむ。

 あの犬たちは、その価値があると判断して私に持ちかけたのだろう。そしてミャイは、その価値はないと考えているから否定した。

 その差は、どこにあるのか。

 なかなかにおもしろそうな問題ではないか。

 私はニヤリと口角を持ち上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る