準備をしよう。

改めて、仕事とはなにかを考えてみる。

「こっちこっち!」

 ウキウキしているミャイのうしろをのんびりとついて歩きながら、私は通りに並ぶ店の看板をながめた。

 仕事、か。

 改めて、仕事とはなにかを考えてみる。

 私はクルミを中心として、いろいろな硬いものを頑丈な前歯で砕き、割る仕事をしている。このほかに私ができること、これ以上に私が得意とするものはない。ほお袋になにかをため込み、運ぶという特技もあるが、これは荷車などがあるので需要はないそうだ。

 ということは、仕事というものは誰かが必要としていて、かつ自分ができること、と言えるのではないか。

 逆に言えば、自分にできないことを誰かにしてもらう……、ということになる。

 私は料理ができない。自分の毛のすべてをブラッシングすることも不可能だ。手が背中に届かない。だから食事はミャイの両親が作ったものや、時折ミャイに連れ出されて外でとる。

 ブラッシングはミャイが進んでしてくれる。――リボンをごてごてとつけられて、ちょっと迷惑だなと感じる場合もあるが、おおむね助かっている。

 ミャイの両親は料理を提供して対価をもらっている。私も支払っている。そのほかに、部屋代も支払っている。ミャイには、たまにケーキを食べさせたり、欲しがっている飾りを買ってやったりしている。これも報酬の一種だろう。

 ふうむ。

 ガラガラと荷車を引いている、体の大きな犬がいる。

 店先で立ち話をしているふたりは、大きな手提げ袋を持っている。目の前の店からは客らしき猫が出てきて、ちいさな犬がやっている露店の前には猫や犬が商品を物色している。

 あれらを作る動物がいて、それを商う動物がいる。

 私の割ったクルミなども、木の実屋で売られる。

 店で売られている木の実は、私が割ったものばかりではない。客は誰が割ったかなど気にせずに、自分の必要な木の実を選んで購入する。

 私のこのリボンも……。

 私はそっと手を伸ばし、リボンに触れ――たかったのだが、前足が届かなかった。

 ミャイが私の毛を編んで結んだリボン。これを作った動物がいる。

 私が殻を割っている木の実もそうだ。あの犬たちが収穫に行くから、私は殻を割ることができる。

 殻を割れるから賃金が得られる。

 その賃金で住む場所と食べるものを得られる。そしてミャイにケーキをおごり、ブラッシングをしてもらえる。

「ふむ」

 勝手に足が止まった。周囲を見回し、もう一度「ふむ」とつぶやく。

「どうしたの?」

 ミャイが跳ねるように戻ってきた。

「いや……、仕事とは不思議なものだと思ってな」

 パチクリと目をまたたかせて首をかしげるミャイに、さきほどの思考をそのまま言葉に変えて伝えた。するとミャイは「だからそれよ」と指を立てる。

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