公衆電話争奪戦、開幕



「松田ぁ、何てメッセージ送るか決まった?」


 一時限目が終わると、井上はすぐに俺の席までやってきた。


「あぁ……まぁ、一応」

「お、どんな?」


 自分で考えたものが、果たしてなのかどうか分からねぇ。

 ……が、素直にコイツに確認してみるのも、なんだかプライドが許さねぇ。


「もし井上だったら、どう送る?」

「オレ? ……そうだな。『今すぐ君のところへ行って、そのお尻を消毒してあげたい』とか?」


 思わず俺は、がっくりとうなだれた。

 はぁぁ……コイツに聞いた俺がバカだったんだ。


「いや、ゴメン。冗談」


 あははと笑った井上(どう見ても謝ってるようには見えないんだが)は、俺の背中をポンポンと叩いて、


「んー……とりあえず、『大丈夫?』とか、そんな感じ。心配してるんだ、ってことは伝わるんじゃないかな」


 その言葉を聞いて、俺は安堵のため息をついた。

 ……よかった。俺が考えていたものは、どうやら間違いではなかったらしい。






 ポケベルにメッセージを送るために必要なモノ。それは、だ。

 職員室に置かれている電話を生徒が私用で使わせてもらえるはずも(よほどの理由がない限り)ない。

 生徒が自由に使えるのは、管理棟一階の事務室前に置かれている、たった一台の公衆電話。




 井上と一緒に管理棟一階にたどり着いた俺は、自分の目を疑った。


「なっ……なんじゃこりゃっ!?」


 そこで俺が見たものは、テレホンカードを手にした生徒が作る長蛇の列、列、列、列、列、列、列、列、列、列、列、列、列。

 緑色の公衆電話から始まったその列は、5メートルほど離れた位置にある階段を上って、2階から3階へと続く踊り場にまで達していた。


「……これ、休み時間中に間に合うのか?」

「いやぁ……無理だね、多分」

「いつもこんなに並んでんのか?」

「んー……そうだね。オレはいつも授業終わったらダッシュで来るから、この長蛇の列を見るのはたいていベル打ち終わった後なんだけど」


 そういうことは先に言っとけっ!!


「次のチャンスは昼休みだね」


 井上は、さっき俺が返した生徒手帳にメモってある時間割を見つめながら言った。


「昼休み? まだ一時限目が終わったばかりだぞ」

「次の二時限目が終わったらさ、三時限目、体育じゃん。今日の体育、水泳でしょ?」


 ……っつーことは、三時限目の前後は着替えたりなんなりで、電話に並んでる余裕なんて、これっぽっちもねーってことだな。


 おっし、昼休みは弁当食う前に来るぞっ!!





********





 ……っつー訳で、四時限目を終えた昼休み。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り始めたと同時に(教師がまだ黒板に書いている途中にもかかわらず)教室を飛び出して、管理棟一階の公衆電話を目指してダッシュ。


 今度は確実に一番乗り――――――……って、嘘だろっ!?


「あぁぁ、昼休みはって聞いてたけど、まさかここまでとはね」


 今回も一緒に来ていた井上は、腕組みしながらため息をついた。


 一時限目の休み時間と同じく公衆電話から始まっているその列は、階段を上って上って……最上階の3階にある図書室付近まで延びている。


 はぁ……。最悪、昼飯を食いそびれることを覚悟で並ぶしかねぇよな。

 列の最後尾につくと、ふと、一時限目の休み時間とは少し様子が違うことに気付いた。


 ……俺の前に並んでるヤツ、サンドイッチ食ってやがる。

 あ、その前のヤツは、購買で三時限目の休み時間から買えるバーガーっ。

 さらにその前のヤツは、駅から学校の途中にあるコンビニのおにぎりっ!



「携帯食。……いや、非常食?」

「井上、なんで教えてくれなかったんだよっ!? 分かってたら弁当持って来たのにっ」

「オレ、昼休みは『女の子に会いに行く時間』って決めてるからさ、こんなに並んでるなんて知らなかったんだよね」

「……あ、そう。で、今日は会いに行かなくていいのかよ?」

「んー? だって、松田のことが心配じゃん?」

「ぬわっ!! 腕にまとわりつくなっ、気色悪いっ!!」

「いいよなぁ、松田は。なっちゃんがいてさ」

「『なっちゃん』とか呼ぶなっ。……っつーか、おまえだって彼女いるんだろ?」

「特定の彼女はいないけど」

「……はぁ? マジで? っつーか、何で?」

「ん……なんか、みんな『友だち』な感じ? のコって、なかなかいないんだよね」


 井上は軽く両手を広げて、大げさに悲しむそぶりをしてみせた。

 ……どうやら、モテ男にはモテ男なりの悩みがあるらしい(本気で悩んでいるようには見えないが)。





********





 そんなこんなで数分後。

 あと二人がベル打ちを終えれば、次はとうとう俺の番だ。


「なんだ、意外と早かったな」

「そうだね。なんとか昼飯も食えるくらいの時間はあるし」


 よし、今のうちに確認。

 バイト先のショッピングセンターで、何かの粗品としてもらったテレホンカード。

 生徒手帳にメモってあった、菜摘のポケベル番号。

 その下に、井上に見せてもらった文字コード表を見ながら書いた、菜摘宛てのメッセージのメモ。


 あああぁぁぁああぁぁ、いざとなると緊張するっ!!


「松田、くれぐれも、打ち間違えないようにね。ほら、あれ」


 言いながら井上が指差したのは、公衆電話の上の張り紙。



『ポケットベルのために使用する場合、一人3回まで。(それ以上の場合は再度へ)』



 ……再度、最後尾?

 

 ゆっくりと後ろを振り返る。

 ……おい、最後尾って、どこだよっ!?見えねぇっ!!


「休み時間が終わるまで、この列の成長が止まることはないんだよ」


 ポンッと井上に肩を叩かれる。


 昼休み後の五・六時限目は、電算室でプログラミングの授業。

 電算室のある西館は、公衆電話のある管理棟からはかなり離れている。

 その上、プログラミングの実習は、プログラムの完成度に加えて、完成までに要する時間も成績の対象になるから、正直、休み時間も休んでいられない。


 ……っつーことは、マジでこれがラストチャンスってことだ。



「はい、お次どうぞー」


 前に並んでいたヤツがベルを打ち終え、俺に声を掛けた。

 俺は、公衆電話の受話器を手にして、深呼吸。


「……大丈夫? 震えてんじゃん」

「わ、わわ分かってるっ!!」


 テレホンカードを差込口に入れて、メモを見ながら慎重に、菜摘のポケベル番号を押した。

 受話器から流れるガイダンスに耳を傾ける。



『……こちらは、ポケットベルです。プッシュボタンでメッセージを入れ、最後にシャープを二回押してください』



 俺は、一時限目の授業中に苦労して作り上げた菜摘宛てのメッセージを、メモを見ながら一つ一つ確実に、プッシュボタンを押していった。



『4104123204851363042167 (ダイジヨウブカ? = 大丈夫か?)』



 ……で、最後に『#』を二回、だな。


『#』……ポチポチっと。


…………ん?

ポチポチっ……ポチポチっ……ポチポチっ………………。


「いっ……井上」

「ん? 終わった?」

「『#』んとこ、何回押しても聞こえねーんだけど」

「聞こえない? 何が?」

「プッシュ音。普通、押すと聞こえるよな、『ピッピッ』って」


 井上は、俺の言葉に怪訝な表情を浮かべる。

 そして、俺の手から受話器を抜き取ってそれを耳に当てた。


「……ホントだ。聞こえない」


 手でフックを押し下げて、出てきたテレホンカードを再び挿入する。

 慣れた手つきでプッシュボタンを押して……何度か『#』を押した井上は、深くため息をついた。


「考えたくないけど……これ、『#』んとこ、壊れたっぽい」


 ……っつーことは、まさか――――?


「『#』が押せなきゃ、メッセージは送れない。直るまで、ポケベルが打てないってことだね」



 ええぇっ……!? マ、マジでっ!?



「どおおぉおぉぉぉおぉぉぉしてくれるんだよっっっ!?」


 いきなり、俺の後ろに並んでいたヤツらが大声で叫んだ。


「今日のデートの待ち合わせ場所、彼女に伝わんねーじゃねぇかっ!!」

「そっ……そんなこと知るかっ!! 俺だって困ってんだっ!! っつーか、胸倉掴むなっ!!」

「あーやだやだ。すぐ怒る男はモテないよ?」

「井上っ!! 火に油注ぐようなこと言ってる場合じゃねーだろっ……って、逃げるなっ!!」

「壊したのはおまえだろっ!? 責任取れよっ!!」

「なっ……壊したのは俺じゃねぇっ!! ポケベル打つのはこれが初めてだったんだっ!!」

「おまえの前のヤツはちゃんと打ててたじゃねーか。やっぱ、おまえのせいだろ!!」


 ヘビの尻尾のように長く伸びていたベル打ち待ちの列が徐々に近づいてきて、俺を取り囲む。



 俺のせいじゃない。


 俺は何もしてないっ。



 俺は悪くないんだぁああぁぁあぁぁぁあぁあぁっ!!

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