ポケベルが打てなくて

相沢ころみ

彼女からの暗号を解読せよ!

「かっ、解読できねぇ…………」


 昨日、彼女に(半ば無理やり)持たされることになった、グレーの小さなポケベル。

 教室の窓際、前から三列目の自分の席へと辿り着くと、窓枠いっぱいに広がった青空を視界に入れて座った俺は、そのディスプレイに表示された数字を見つめて頭を抱えた。


『3143228844040332814404』


 まったくもって、意味不明。

 ポケベルに送られてくるメッセージってのは、『0840』で『おはよう』みたいな簡単な語呂合わせか、もしくは、連絡してほしい電話番号くらいだと思っていたのだが。

 これは……語呂合わせにしても、電話番号にしても、長すぎるだろ……。


 窓から入り込む爽やかな風とは対照的に、俺はどんより曇ったため息をついた。



 彼女――菜摘なつみとは、付き合って一週間になる。

 ショッピングセンター内にある惣菜屋でのバイト仲間で、シフトが重なることが多かったこともあって、狭い調理場で話をしてるうちになんとなく意気投合して……といった具合。


 そもそも俺がバイトを始めたのは、通っている高校が圧倒的に男子の数が多い工業高校で、校外に女子との出会いの場を求めて……という不純な動機だったりするわけで。

 だから、お互いのシフトが空いていた昨日、ポケベルショップに連れていかれたときも、硬派なフリして乗り気じゃないように見せてはいたけど、実はまんざらでもなかった。


 ……が。

 解読できなきゃ、意味ねぇよな……。


 がっくりと肩を落としてうなだれていると、

 ちょいちょいっと。

 誰かに背中をつつかれた。


「松田、何してんの?」


 振り返るとそこには、物珍しそうに俺の手元を見つめる井上がいた。

 井上は、学校一モテる(とはいっても、女子の数は相対的に少ないんだが)ナンパ男なのに、こんな硬派な(フリをしている)俺となぜかよくつるんでいる。


 ……そうだ。

 学校中の女子のポケベル番号を把握している(本当かどうかは分からんが)井上なら……。


「井上、これ解読できるか?」


 俺が持っていたポケベルを差し出すと、井上は驚きの表情を浮かべた。


「松田が……松田がポケベル持ってる」

「何だよ。悪いか?」

「『ポケベルは女子と軟弱な男が持つモノ』なんじゃなかったのかな?」

「……るっせーな。俺が自主的に持ってるんじゃねーっつーの」

「あぁ、なんだ。彼女に持たされてんのか。早速尻に敷かれてやんの。それってある意味、一番軟弱なんじゃない?」


 井上は哀れむような表情で、俺の肩をぽんぽんっと叩いた。


 あぁぁ、くそっ。マジ鬱陶しい。

 この解読不能な暗号さえ自力で解けていれば、コイツのイヤミも聞かずに済んだのに。


「松田さぁ、説明書読んだ?」


 俺の内なるイライラを知ってか知らずか、井上は涼しい顔で俺に聞いた。


「説明書?」

「っていうか、彼女から聞いてない?」

「何を――」


 井上は俺の問いには答えず、俺のポケベルをなにやら操作し始めた。


「これね、オレも今使ってるんだけど、結構新しい機種でさ。カナに変換できるんだよ」


 ……『カナ』?


「ほら。これで、次からは何もしなくてもカナ表示されるハズ」


 ひょいっと突き出されたポケベルを受け取って、俺はディスプレイを確認。

 そこには確かに、数字ではなく、カタカナが表示されていた。



『サツキ デンシヤデ』



「……? やっぱ意味分かんねー。『サツキ』? 『デンシヤ』……『電子屋』?」

「松田の彼女の名前って、『サツキ』?」

「ち……違う」

「なんて名前?」

「………………『菜摘』」

「ふーん。やっぱ、『なっちゃん』とか呼んだりするの?」

「るっせーな。そんなことより、これの解読が先だろ」


 俺が言うと、井上はニヤニヤと笑って、

「これ、多分、途中なんだよ。そろそろ続きが来るんじゃない? その『なっちゃん』から」


 井上が言うのと同時に(っつーか、俺の彼女を気安く『なっちゃん』とか呼ぶんじゃねーっつーの)、俺の手にポケベルの振動が伝わる。

 慌ててディスプレイに視線を落とすと、さっきとは違う文がカナ表示されていた。



 二つ目のメッセージは、

『オシリ サワラレタ』。



「……あ、分かった。さっきの、『サッキ デンシャデ』じゃない? ポケベルって小文字使えないから」


 井上の推理を聞いて、俺は頭の中で二つの文をつなげた。



『サッキ デンシャデ オシリ サワラレタ』。


『さっき でんしゃで おしり さわられた』。



『さっき 電車で お尻 触られた』――――?



「……まさか、電車ん中で痴漢に遭ったってコトかっ!?」

「だろうね、この文からすると」

「くそっ!! 俺だってまだ触ってねーのにっ!!」


 思わず自分の机をドンッ!! と叩く。

 その様子を見ていた井上は、呆れたような顔で言った。


「……いや、そういう問題じゃないし」

「どこのどいつだっ!! 絶対に捕まえてやるっ!!」

「無理でしょ、現行犯じゃなきゃ。それより、もっと大事なことがあるでしょ」

「大事なこと――?」


 腕組みをした井上は頷いて、そして続けた。


「なっちゃんは、何のために松田にポケベル打ったと思う? 心配してほしいからでしょ。そしたら、やることはただ一つ」


 一時限目の始業のベルが鳴る。

 それをまったく気に留める様子もない井上は、制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出して、俺の前で開いて見せた。


 メモ用の白いページに貼りつけてあったのは、ポケベルの……文字コード表?


「メッセージ打って送るんだよ。松田の今の気持ちを」

「俺の……気持ち?」

「そう。痴漢に遭って不安な気持ちになってるなっちゃんを、安心させてあげるような一言をさ」


 生徒手帳を俺に押し付けて、廊下側から二列目最前列の自分の席へと向かう。

 慌ただしく授業の準備を始めるクラスメートたちを器用にすり抜けながら、井上は途中で立ち止まって、学校中の女子を釘付けにする(と言われている)笑顔を俺に向けて、言った。


「離れてても気持ちが伝えられる。……それが、ポケベルの魅力ってやつだね」





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