第百九話 鈴と槍

 小さな鈴を槍で突き抜くのは難しい

 だが

 猛る槍を鈴で鎮めることはできる


 ダムから放水して一匹の蟻を溺れさせる意味はない

 だが

 一匹の蟻が満水のダムを決壊させることはある


 小銭を貯めて家を建てるのは容易ではない

 だが

 家に小銭ほどの価値もなくなることがある


 責任を取って辞めさせらされるのはやり切れない

 だが

 辞めると責任を取ったことになるのは幸運だ


 愛の告白をするには勇気が要る

 だが

 勇気がなくとも看板や電信柱には告白できる


 結婚前から離婚がよぎるなんてナンセンスだ

 だが

 ナンセンスだと知りながら懲りずに結婚をする


 信じるやつがばかを見るとは思いたくない

 だが

 ばかだと思われたくなくて無為に信じる人がいる


 子供の頃はかわいかったのにってのは余計なお世話だ

 だが

 余計なお世話を先取りしてせっせと子供を着飾らせる


 今の政治は腐ってると文句を言うやつが多い

 だが

 腐った政治家の作った世界で俺らは生きている


 小さな幸せでは満足できないと足掻く

 だが

 足掻くやつほど小さな幸せすら踏みつけて壊す


 未来なんか誰にも見通せない

 だが

 誰にも見通せないものが未来として信奉される

 

 振り回される槍には鈴の音が聞こえない

 だが

 槍に聞こえるか否かを問わず鈴は鳴り続ける



【 了 】

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