第五十二話 四則計算

 人生に計算は立たない。それなのに無理に解を求めようとするから、合わない答えに四苦八苦することになる。それでも。そんなことは分かっていても。私たちは計算し、答えを求めようとする。

 出来るだけ解に近付けようとして、複雑怪奇な微積分に挑む者もいるが、多くの場合使えるのは簡単な四則計算だけ。そして、それで間に合ってしまう。だってどんなに一生懸命計算しても、解なんか永遠に出ないのだから。


◇ ◇ ◇


【足し算】

 自分を大きくしようとして、いろいろなものを足し上げる。いっぱい足して、これで大きくなっただろうと足元を見ると、せっせと足し上げたものが端からこぼれ落ちていたりする。

 足すのを止めると自分が空っぽになるんじゃないか。恐怖に駆られた私たちは、いつまでも足すことを止めない。もう足すことが出来なくなるまで……止めない。


【掛け算】

 誰かとの相乗効果を期待し、持っている力を積算する。それは、一人で出来ることがひどく限られている以上とても自然なことだと思う。

 しかし正の数に負の数を掛けると、結果は負になってしまうのだ。それをきちんと意識している人は驚くほど少ない。それよりもっと少ないのは、自分自身が負であることを認識している人である。


【引き算】

 引き去れるのは、実体のある部分だけだ。無からは何も引き去れない。計算で算出されるマイナスは、あくまでも字面だけのこと。たとえ君の命を全て差し出したにしても、ゼロになるだけでマイナスになるまでは引き去れない。

 だから、君にある部分から適当に引かせればいい。馬鹿の大言壮語に付き合う必要はない。そんな目論見は虚しく反故になるから。そして、引き去られる君には一切の責任はない。


【割り算】

 割り切れないのが当たり前だ。ぴったり割り切れるなら、おそらく計算が間違っている。心に余りが生じた場合、それが余裕になればいいけれど。おそらく君は、その余りすらまた分割して分け与えようとするだろう。

 最後までどうにもならない余り。例えば後悔であり怨嗟であり悲哀であり……そんなものはたくさん残したくない。それならば出来るだけ余りが少なくなるように、大勢で割らずに二人くらいで割ればいい。


◇ ◇ ◇


 人生を計算に重ねたくなくても、私たちの日常は無数の数字の中に埋まっている。氾濫する川を泳ぎ渡るには、どうしても幾ばくかの計算が要るのだ。

 それならば。計算の結果が是か非か確かめる愚を犯さない方がいい。繰り返すが、解なぞどこにもない。確かに残るのは、君がその川を泳ぎ切れたかどうかという事実だけだ。



【 了 】

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