Act.4

 少ししてから、宏樹君が戻って来た。


「お待たせ」


 宏樹君は再び、自分が座っていた所に腰を下ろす。


「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」


 宏樹君はそう前置きして、白い包装紙にピンクのリボンで装飾された手の平サイズのものを、私の前へと滑らせてきた。


「え? これって……」


「もうじきクリスマスだろ?」


 驚いて目を見開いてしまった私に、宏樹君がニッコリと笑いかけてくる。


「考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったからな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」


 開けてみな、と言われ、私はそっと、宏樹君からのプレゼントに手を伸ばす。

 リボンを解き、丁寧に包装紙のテープを剥がしてゆくと、今度は白い箱が現れた。

 箱には、〈M〉という、私でも知っている有名な宝飾品専門店のロゴが印刷されている。

 ここでまた、恐る恐る蓋を開ける。

 と、中を見たとたん、思わず、「綺麗……」と声が漏れた。


 箱に入っていたのは、ハートの形をしたピンクの石がはめ込まれたネックレス。

 なんて名前の石かまでは分からなかったけど、まるでダイヤモンドのようにキラキラしている。


「――高かったんじゃない……?」


 恐る恐る訊く私に、宏樹君は、「無粋なことは言わない」ときっぱり返してきた。


「たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」


 なんとも投げやりな言い方だ。

 でも、よくよく宏樹君を見てみると、いつもよりも頬に赤みが差しているように思える。


「照れてる?」


 首を傾げながら訊いてみると、「さあな」と気のない返事が戻ってくる。

 予想通りの反応だった。


 私は嬉しかった。

 宏樹君からのプレゼントはもちろん、必死で照れ隠しをしようとしているということは、少しでも私を意識してくれている証拠だと思うから。



 待つってことはどう考えたって脈ありじゃないの――



 ふと、学校の図書室での涼香の言葉を想い出した。

 恋愛に不器用なくせに、なんていつも思っていたけど、案外、涼香の方が相手の気持ちに敏いのかもしれない。

 しかも、一度も逢ったことがない宏樹君の心理を見事に看破した。


 ――そういえば、宏樹君と涼香って、どっか似てるんだよね……


 そう思いながら、宏樹君をまじまじと見つめる。

 もちろん、性別が違うし、ましてや、血が繋がっていないのだから外見が似ているわけじゃない。

 要するに中身だ。


 不器用で甘え下手で、ちょっと意地悪で、でも、人一倍の心配性。

 そして、私にとっては、どっちもかけがえのない存在だ。

 もちろん、朋也だって大切だと思っている。


「――紫織?」


 宏樹君が、訝しそうに私を見つめ返す。


「なに人のことジロジロ見てんだ? 俺の顔に何か付いてるか?」


 私は、「ううん」と首を横に振って、口元を綻ばせた。


「宏樹君、ちょっと私の友達に似てるなって思っただけ」


「ふうん……。てことは、よっぽどいい子だな、その友達は」


「なにそれ? その言い方だと、宏樹君はよっぽど性格がいいってアピールしてるみたいだよ?」


「悪くはないと自分では思ってるけど?」


「うわ……、すっごい自惚れ」


「そりゃどうも」


 満面の笑みを浮かべて切り返してきた宏樹君を目の当たりにして、私はやっぱり、宏樹君には敵わないのかも、と改めて悟った。

 多分、涼香にも。


「あ、そうそう」


 すっかり冷めたココアを飲み干したタイミングで、宏樹君が声をかけてきた。


「どうせだ。明日は一緒に晩メシでも食いに行くか? 朋也の奴もさすがにそのぐらいにはいるだろうから、あいつも誘って」


 朋也の名前も出してきたのは、きっと、除け者にしてはならないという宏樹君なりの配慮なのだろう。

 もちろん、私も異を唱える気は全くない。


「あ、でも宏樹君」


 私は気になったことを口にした。


「仕事、大丈夫なの? 最近、忙しそうだって朋也が言ってたけど……」


「仕事? ああ、今日明日と連休だから全く問題なし」


 私に心配をかけさせないようにしているのか、宏樹君は明るく振る舞ってきた。


 私はつい、疑わしい気持ちで宏樹君を見つめると、宏樹君にそれがダイレクトに伝わったみたいで、「大丈夫だって」とちょっと頭を乱暴に撫でられた。


「それに、ちょうどいい息抜きになる。紫織と朋也のかけ合い漫才を見るのも楽しみだしな」


「ちょっ……、朋也と漫才なんてしないよ!」


「そうか? 普通に会話してるだけでも漫才っぽく見えるけど?」


 また、どうしてこんな底意地の悪いことを言うのか。

 私は返す言葉が見付からず、口を小さく開けたまま、恨めしく思いながら宏樹君を睨む。


 そんな私を、宏樹君はやっぱり、面白そうにニヤニヤと見つめ返す。


 でも、どんな理由であれ、宏樹君を少しでも癒せるのならばいいのかと考え直す。

 もちろん、悔しいからそんなこと、口が裂けたって言うつもりはないけど。


「漫才が始まったら、せいぜい笑って楽しんで下さいな」


 精いっぱいの嫌味を言ってやった。


「観覧料はしっかり払いますよ。ご安心を」


 そう言って宏樹君は、ハート形のクッキーに手を伸ばし、ポリポリと噛み締めていた。


[愛情のカタチ-End]

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