Act.3
式当日まで、私と宏樹君は慌ただしい日々を送っていた。
ほぼ毎日のように、ふたりで式の打ち合わせに行ったり、招待客のリストと招待状作り、他にもやることがわんさかとあって、結婚するという余韻に浸る暇さえなかった。
◆◇◆◇
「なんか疲れてるみたいだね」
式を二週間後に控えた日曜日の午後、私は高校からの親友――涼香とランチをしていた。
メールや電話はしょっちゅうしていたけど、こうして直に逢うのは本当に久しぶりだから、懐かしくもあり、ちょっとした緊張感もあった。
そんな私に、涼香は顔を見るなり、心配そうに私に声をかけてきたのだった。
「なんか、忙しい時に急に呼び出しちゃって悪かったかな?」
涼香にしては珍しく遠慮がちな態度に、私は思わず面食らい、「涼香らしくないよ」といつい口に出してしまった。
涼香は目を丸くした。
もしかしたら、気を悪くしてしまったかな、と思ったのだけど違った。
「あんたも何気に毒舌だよねえ」
そう言うと、ニヤリと口の端を上げた。
「大人しそうな顔してるくせに、急にこっちをドキッとさせることを口走ったりするんだもん。これじゃあ、心臓がいくらあっても足りないわよ」
「――それは大袈裟過ぎでしょ」
すかさず私が突っ込みを入れると、涼香はわざとらしく肩を竦めた。
「ま、何はともあれ、結婚まで漕ぎ着けたってのはほんとにおめでたいよ」
「うん」
私は頷いてから、不意に、気になったことを口にした。
「涼香」
「ん?」
「――朋也、元気?」
私の問いに、涼香はあらぬ方向に目をさ迷わせた。
拙いことを訊いてしまったんだろうか。
「――何とかやってるみたいだよ」
しばらくしてから、涼香から答えが返ってきた。
「メールは時々交換してるしね。――まあ、向こうは私を〈紫織の友達〉ぐらいにしか考えてないのは分かってるから、それだけでも充分」
そこまで言うと、涼香は限定ランチのハンバーグを口に運んで咀嚼した。
私はそれを黙って見つめながら、無神経な質問をしてしまったことを後悔した。
自分は今、幸せの絶頂にいる。
ずっと好きだった人と、生涯を共に歩んでゆける。
けれども、涼香と朋也は違う。
私は宏樹君を選んだ代わりに、朋也を犠牲にしてしまった。
そして、涼香もまた、朋也に届かない想いを抱え続けている。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
だからと言って、同情はさらにふたりを傷付けてしまうのもよく分かっている。
と、その時、私の頭に温かいものが触れた。涼香の手だった。
「あんたの悪い癖」
涼香は、困ったように苦笑していた。
「紫織は変なトコで律儀だからね。自分だけ幸せになるなんて、って考えちゃったんでしょ?」
「――どうして……?」
私が目を大きく見開くと、涼香は反対側の人差し指で自らの頬を軽く叩いた。
「昔から言ってたでしょ? あんたは、思ったことがすぐに顔に出る、って。でも、そんな素直さは、私からしたらかなり羨ましいけど」
「――別に素直じゃないと思うけど」
反応に困った揚げ句、またしても、可愛げのないことを言ってしまった。
けれども、涼香は気分を害した様子は全くなく、むしろ、それを面白そうに眺めている。
「自分のことなんて、案外、自分じゃ分からないもんでしょ?」
涼香の言うことはもっともだ。
確かに、涼香も、たくさん良いものを持っているのに、どこか自分を卑下しているところがある。
酒好きで、見た目は凄い綺麗なのに性格がオヤジで、けれども実際は、人一倍繊細。
もしかしたら、私以上に女らしい女かもしれない。
――朋也も、涼香の本質を見てくれれば……
よけいなお世話と分かっているので、口には出さす、心の中だけで思う。
朋也と涼香が――なんて、都合が良過ぎるにもほどがあるけど、ふたりに進展があれば私はとても嬉しい。
もちろん、打算的な考えなど全くない。
「私、幸せになるね」
多分、涼香が一番望んでいるであろう言葉を口にした。
涼香は私を真っ直ぐに見据え、少しの間を置いてから、「幸せになんな」とニッコリ笑った。
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