Act.3
「……か、涼香ってば!」
誰かが、控え目な声で私の名前を呼びながら身体を揺すっている。
「……ん……」
私は小さく呻くと、首をもたげた。
すると、呆れた表情を浮かべた紫織と目が合った。
「もう、やっと起きた」
「あれ……? もしかして、私寝てた?」
「寝てた」
紫織は大きく頷いた。
「ほんと、なんのために図書館まで来たのよ? 『図書館の方が宿題が捗る』って言ってたのは涼香だってのに」
「――図書館……?」
私は、まだぼんやりとしている頭をフル回転させながら、辺りを見渡した。
先ほどまでの古びた公園はなく、その代わり、本がぎっしりと詰まった棚が所狭しと並んでいる。
――夢、だったの……?
そう思いたかったけれど、夢にしてはずいぶんとリアルな光景だった。
――あの子、どうしたんだろ……? それに、名前をちゃんと聞いてなかった……
私は不意に紫織を見上げた。
と、その時、あの女の子と紫織のイメージが見事に重なり合った。
「ねえ、ちょっと訊いてもいい?」
「な、なによ……?」
条件反射となっているのか、紫織は警戒心を露わにしている。
そんな紫織に苦笑しながら、私は訊ねた。
「あんたンちって、両親共働きだったりする?」
「――はい……?」
紫織はさらに眉をひそめたけれど、それでも私は懲りずに重ねて質問した。
「だから、両親が共働きかどうか訊きたかったのよ」
「――そんなこと知ってどうすんの?」
「いや、ちょっと気になったから」
「ふうん……」
紫織は、腑に落ちない、と言わんばかりの表情を見せたけれど、別に隠すことでもないと思い直したらしく、答えてくれた。
「ウチは父親は働いてるけど、母親はずっと専業主婦だよ。私が生まれた頃からずっとね。――で、それがどうしたの?」
「う、ううん。ちょっとね」
「『ちょっとね』って、そればっかじゃん。――まあ、言いたくないなら無理に言うことないけど」
紫織はそう言うと、不満げに口を尖らせた。
やっぱり、その表情は女の子そっくりだ。
私は紫織の顔を凝視しながら、ありとあらゆる可能性を考えていた。
本当は馬鹿馬鹿しいと思う。
けれど、もしかしたら、私はほんの数分の間、過去か未来にトリップしてしまったのかもしれない。
ただ、どうして紫織そっくりな子と逢ってしまったのか。
――あ、でも……
私はふと思った。
あの憎たらしいほどの不貞腐れっぷりは、嫌になるほど私によく似ていた。
――わっかんないなあ……
考えるうちに、頭が混乱してきた。
「――涼香……」
ひとりで考え込んでいると、紫織の冷ややかな視線に睨まれた。
「あんた、さっきから変だよ? もしかして、具合でも悪いんじゃないの?」
まさか、紫織に突っ込みを受けるとは予想外だった。
確かに、私は普段、ぼんやりしていることがあまりないだけに、気持ち悪さを感じたのだろう。
私は肩を竦めると、「何ともないよ」と答えた。
「ただ、さっきまで変な夢を見ちゃってね」
「夢? どんなの?」
「うーん……、話せば長くなるから、まずは図書館を出てから。ね?」
私が言うと、紫織は「了解」と小さく笑んだ。
――あ、そういえば……
私はまた、もうひとつ気になることを想い出した。
――空から降りてきた光、あれはいったい何だったんだろ……?
女の子のことにばかり気を取られていて、私もすっかり失念していた。
「――分かんないことだらけだわ……」
私は思わず声に出してしまった。
紫織は案の定、またしても私を〈不審者〉のように睨んでいる。
「あとでちゃんと話して聞かせるから」
紫織の心を宥めるつもりで、私はニッコリ笑いながら言った。
[銀のFantasy-End]
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