Act.2
冬休み前最後の日曜日が訪れた。
紫織は宏樹と朋也へのプレゼントを買うために、いつもの休日よりも早起きをした。
と言っても、九時をとっくに回っていたのだから、決して早いとも言えないのだが、それでも、自主的に起きたことが珍しかったらしく、母親はあからさまに驚いていた。
「――今夜は雪じゃなくて槍が降るわね」
紫織を顔を見るなり、真顔で呟いた。
「お母さん、実の娘に向かってなにその言い方は」
紫織が口を尖らせながら文句を言うと、母親は「仕方ないじゃない」と頬に手を添えながら紫織を凝視した。
「あんたの場合、普段が普段でしょ。特に今のような時季は、学校がある日でも自主的に起きるなんてことは数えるほどしかないじゃない」
「だからって、そんなに驚かなくても……。――もういいや」
紫織は反論を諦めて、深い溜め息をひとつ吐いた。
「とにかく、今日はちょっと出かけるから。なるべく遅くならないようにはするけど」
そう言うと、部屋に一度戻って行った。
◆◇◆◇
外に出ると、今年一番の冷え込みだと天気予報で告げられていた通り、刺すような寒さが襲いかかってきた。
これに紫織は、一瞬、怖気付きそうになったが、今日を逃したらプレゼントを買いに行くチャンスはもうないのだから、と自分に言い聞かせ、口元までマフラーを埋めながら歩いた。
駅に向かうまでの間、数人の人とすれ違った。
年齢も性別もまちまちで、紫織と同様に身を縮めている人もいれば、寒さを物ともせずに颯爽と歩いて行く人もいた。
表情ひとつ変えずに過ぎ去って行く人を見ると、紫織は、ただただ感心するばかりだった。
しかも、年配の人であれば驚きはさらに大きい。
(そうゆう人にしてみたら、私って滑稽に見えるんだろうな……)
紫織はそう思いながら、改めて自分の格好を見てみた。
ベージュのハーフコートにクリーム色のマフラー、五本指のピンクの手袋。
そこまではまず普通であるが、紫織の場合、白い毛糸の帽子を目深に被り、コートの下にも分厚いセーターを着込んでいるため、異様なまでにモコモコして見える。
(無理して風邪引くよりはマシなんだから!)
自分に言い聞かせてみるものの、それでも、周囲の痛い視線を感じてしまう。
気のせいかもしれないが。
(気にしない! 人は人! 自分は自分!)
もう一度、紫織は強く思った。
◆◇◆◇
電車に十分ほど揺られ、高校の最寄り駅に到着した。
今月の第一日曜日には、涼香とここで待ち合わせして街に繰り出したが、今日はひとりなので何とも変な心地がした。
そもそも、紫織は単独で遠出をすることが稀なのだ。
しかも今の格好は、この街中ではさらに浮いて見える。
(やっぱ、もう少し考えれば良かったかも……)
そう後悔してもあとの祭りだ。
とはいえ、無理に薄着をしたとしても、それはそれで、もっと厚着をしてくれば良かった、と思ったに違いない。
(我ながらめんどくさい……)
紫織は小さく溜め息を漏らすと、足早に歩いた。
◆◇◆◇
紫織が向かった先は、大型ショッピングセンターだった。
そこには多種多様な店が入っているので、外をいちいち歩き回らなくても一カ所で買い物を済ませられる。
何より、寒がりな紫織にはとてもありがたい場所でもあった。
ただ、店内に入ると、外とは対照的な熱気を感じた。
暖房がしっかり効いている上、人が密集しているから無理もない。
紫織は帽子と手袋を外したものの、それでもまだ暑くて、とうとうコートまで脱いでしまった。
これにより、よけいな荷物が増えた。
(だから冬って嫌い)
心の中ぼやきながら、まず、男性小物を扱う店へ足を運んだ。
ショッピングセンター内だから閉鎖的ではないが、あまり慣れないから、中を見て回るのは多少なりとも抵抗があった。
(とっとと決めて出よう!)
そう思った時だった。
「何かお探しですか?」
背中越しに声をかけられた。
突然のことに紫織は心臓が飛び上がらんばかりに驚き、恐る恐る後ろを振り返った。
こちらに向かって、にこやかに微笑む女性と目が合う。
私服姿ではあるが、胸の辺りに小さなネームプレートが付けられていたので、考えるまでもなくこの店の従業員だ。
「え、えっと……」
店員から声をかけられることを全く想定していなかった紫織は、すっかり動揺してしどろもどろになっていた。
何でもない、と言って逃げようかとも思ったが、それも失礼な気がした。
(この際だし、店員さんにアドバイスしてもらった方がいいかな)
そう思い、紫織は意を決して口を開いた。
「あの、実は、プレゼントを探しているんですけど……」
「クリスマスプレゼントですか?」
「はい。――でも、どうゆうのがいいのか分かんなくて……」
店員は紫織のたどたどしい言葉を、笑顔はそのままで頷きながら聴いていた。
「差し支えなければ、お相手の方のご年齢をお訊ねてしてもよろしいですか?」
店員に訊かれ、紫織は「二十六歳と十六歳のふたりです」と答えた。
「なるほど。かしこまりました」
店員は大きく頷き、「では、こちらにどうぞ」と紫織を促してきた。
紫織は言われるがまま、店員の後ろを着いて行く。
(まさか、わざと高い物を押し付けてきたりしないよね……?)
そんな不安を抱きながら、前を歩く店員の背中を睨んだ。
と、店員が急に立ち止まって振り返ってきた。
紫織は慌てて笑顔を取り繕おうとするも、自分でも分かるほど不自然に顔を歪めてしまった。
だが、店員はそういった客の対応にも慣れているのか、全く意に介した様子を見せない。
それどころか、先ほどよりもさらにニッコリと笑いかけてきたほどだった。
「お客様は、まだ学生さんでいらっしゃいますよね?」
「え? あ、はい」
動揺を隠せずに頷く紫織を、店員は微笑ましそうに見つめた。
「それでしたら、この辺りのマフラーが無難ですね」
そう言いながら、数あるマフラーの中から焦げ茶色の物を取り上げ、それを紫織に預けてきた。
紫織はマフラーを手にすると、さり気なく値札を確認した。
表示は〈¥2,000〉。
予算としてはギリギリのラインだ。
「いかがですか?」
マフラーを真剣に見ている紫織に、店員が訊ねてきた。
「そうですね……」
紫織は少し躊躇ってから、だが、正直に思ったことを口にした。
「凄くいいと思うんですけど……。もうちょっと、見てから考えてみます」
「そうですか」
紫織の言葉にも、店員はやはり、嫌なひとつ見せない。
「では、また何かありましたら、ご遠慮なくお声をかけて下さいね」
「――すみません……」
悪いことをしてしまったような気持ちになり、つい謝罪を述べると、店員は「いえいえ」と大袈裟に思えるほど右手を振った。
「大切な方への贈り物であれば、慎重になって選びませんと。何より、お客様がお気に召さなければ、贈られる相手の方にも気持ちが伝わりませんしね」
店員の言うことはもっともだ、と紫織は思った。
涼香も言っていたが、一番は紫織自身の気持ちなのだ。
やはり、自分が本当に良いと思った物を贈った方が、宏樹や朋也も喜んでくれるに違いない。
「ありがとうございます。それじゃあ、またあとで寄ります」
紫織はそう言い残すと、店員のスマイルを一身に受けながら店内をあとにした。
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