第九話 ささやかな願い
Act.1
学校もあと一週間で冬休みへと入る。
それに加え、クリスマスも近付いているため、周囲ではクリスマスの過ごし方やプレゼントの話題で持ちきりとなっていた。
「最近、ずーっと女共の甲高い声ばっか聴いてる気がする」
放課後、冷えきった廊下を歩きながら、涼香はうんざりとばかりにぼやいていた。
「まあ、仕方ないんじゃない? 女の子達にとって、クリスマスは一大イベントなわけだし」
そう言いつつ、紫織も実は涼香と全く同じことを考えていた。
もちろん、紫織だって女の子だから、クリスマスを全く意識していないわけではない。
しかし、周りの目も気にせず、キャアキャア騒ぐ姿を見ていると、自分まで彼女達と同類に思われたくない、と少々引いてしまう。
ちなみに今、紫織と涼香は図書室に向かっている。
本当は教室に残るつもりだったのだが、涼香が先ほど口にした通り、そこにはまだ、クリスマスのことで盛り上がっている女子生徒が居座っていたので、コートを着込み、カバンを持って移動することとなった。
耳障りな声は聴きたくないし、何より、その場にいたらお喋り好きの彼女達がふたりに近付いて来ないとも限らない。
(口が軽そうだしな……)
際限なく話し続ける彼女達の姿を想像しながら、紫織は思わず苦笑いした。
◆◇◆◇
図書室に到着した。
涼香が先に立って戸を開けると、廊下と変わらない冷気が全身を襲った。
「うわっ! さむっ!」
涼香は足早に室内に入り、早速、暖房のスイッチを入れたが、暖まるまでには相当な時間がかかりそうだ。
「ったく! 誰か気を利かせてあっためてくれていてもいいものを」
涼香の理不尽とも思える文句に、ずいぶんと無茶苦茶なことを、と紫織は呆れたが、あえて口には出さなかった。
「仕方ない。しばらくコートで寒さを凌ぐか」
「そうするしかないね」
紫織も頷くと、ふたりは長テーブルの上にカバンを置き、再び暖房の前へ行って向かい合わせに体育座りした。
まだ、温風は出てこない。
その代わり、今にも壊れそうなモーター音が室内に煩く響き渡った。
「無事に帰れた?」
座るなり、涼香が口を開いた。
何を訊きたいのかは分かったので、紫織は「うん」と頷いた。
「ごめんね……。なんか、涼香には凄い迷惑かけちゃった……」
「別に迷惑なんて思っちゃいないよ」
神妙な面持ちの紫織とは対照的に、涼香はケラケラと笑う。
「むしろ、私としては何でも話してくれた方が嬉しいんだしさ。それに、悩みごとは共有した方が少しは楽になるでしょ?」
涼香の言葉に、紫織も素直に嬉しく思えて自然と笑みが零れた。
「なら、涼香も何でも話してよ。私だってこれでも、涼香の悩みを共有したいって気持ち、ちゃんとあるんだから」
紫織が言うと、涼香は「そうきたか」と苦笑しながら髪を掻き上げた。
「私、よっぽど信用されてないんだねえ」
「違うよ。涼香が心配だからだよ」
「――心配?」
怪訝そうに首を傾げる涼香に、紫織は大きく頷き、思っていることを口に出した。
「涼香って、ひとりで何でも抱え込んじゃう方でしょ? 本当は辛くて堪らないくせに、意地張ってそんな素振りも全然見せなくて……。ほんと、宏樹君にそっくりだよ」
「〈宏樹君〉って、高沢の兄さんだっけ? そんなに似てんの?」
「うん。――あ、宏樹君の方がもっと意地っ張りかな」
そこまで言うと、紫織はふと、宏樹がほろ酔いで帰って来た時のことを想い出した。
あの時、宏樹にかけてもらったコートは、まだ紫織の部屋にある。
返そうとは思っているのだが、最近はすれ違いが多いので、なかなか返すことが出来ない。
朋也にお願いすることも考えた。
だが、朋也の気持ちを思うと、軽々しく預けられない。
「クリスマス、かあ……」
突然、涼香がポツリと呟いたかと思うと、「紫織はどうすんの?」と訊ねてきた。
「どうする、って?」
紫織は首を傾げながら涼香を見つめた。
「だからクリスマスだよ。――あんたのことだから、なんかプレゼントをしようとか考えてるんじゃないか、って思ったからね」
涼香に改めて言われて、紫織は初めてプレゼントのことを意識した。
宏樹にはコートを借りたお礼を兼ねて、朋也にも、この間のお礼のつもりでと思い立った。
しかし、異性へのプレゼントとなると、いったい何を贈ったら良いのだろうか。
「男の人って、何を貰ったら嬉しいって思う?」
涼香に訊ねると、涼香は「うーん」と眉根を寄せて唸った。
「私はこれでも女だから、男の気持ちなんて分かんないしなあ。男の兄弟も知り合いもいないし……」
「そっか……、そうだよね……」
紫織は膝に顎を載せて、うずくまるように俯いた。
涼香に失礼なことを訊いてしまったことへ対する反省をしつつ、プレゼントについて考え込んだ。
「そんなに悩む必要もないんじゃない?」
思案に暮れていた紫織に、涼香はあっけらかんとした調子で言った。
「確かに、本人が喜ぶものをあげるのが一番かもしれないけど、一生懸命選んでくれた気持ちってのが何より嬉しいと思うけど?」
そう言いながら、涼香自身の胸の辺りを親指で差す。
今の台詞の中にあった、〈気持ち〉を強調しているつもりなのであろう。
「――気持ち、かあ……」
紫織が反芻すると、涼香は「そ」と強く頷いた。
「ちっちゃい頃から紫織を可愛がってくれてるような人だったらなおのこと、その辺に落ちてる石ころでも喜んで受け取ってくれるよ」
「――いくら何でも、石ころは極端じゃない?」
「だから例えだよ。た、と、え。――まさか、私が『石ころをあげたら?』って言ったら、実行する気だった?」
「――するわけないじゃん……」
憮然として紫織は答えた。
それに対して、涼香は「そりゃそうだ!」と、声を上げて笑った。
今、図書室にはふたり以外には誰もいないから良いものの、人がいたとしたら、確実に冷ややかな視線で睨まれている。
それぐらい、涼香の笑い声は室内に豪快に響き渡っていた。
「変な冗談を言っちゃったけどさ」
涼香はひとしきり笑ってから、笑みはそのままで、紫織を見つめた。
「プレゼント選びをする時は、良かったら私にも声をかけてよ。ひとりよりふたりの方が探すのもだいぶ楽だろうしさ」
「うん、そうする」
紫織は答えたものの、プレゼントはひとりで選ぶ気でいた。
宏樹のはともかく、朋也のもとなると、涼香の気持ちを知ってしまっている手前、さすがに気まずい。
涼香のことだから、『気にしないで!』と笑いながら言ってくれそうではあるが。
(でも、あんまり気を遣わせ過ぎるのもいけないよね)
屈託なく笑う涼香に視線を注ぎながら、紫織もまた、小さく笑みを浮かべた。
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