Act.2
ファーストフード店を出てから、紫織達は公園を探し当ててその中へ入って行った。
寒さ対策も兼ねて、途中で見付けたコンビニで、紫織はホットミルクティーを、涼香はホットカフェオレを購入している。
公園内は人気が全くなかった。
あらかた融けつつある雪も、陽の当たらない部分にはまだ結構な量が残っている。
ベンチの上は、日向にあるだけあって融けてはいたが、その代わり、びっしょりと濡れていたので、紫織と涼香はお互いにポケットティッシュを取り出し、地道に拭いて乾かした。
「じゃ、座ろっか」
拭き終えるなり、涼香は真っ先に腰を下ろした。
紫織もそれに倣う。
「で、その後はどんな感じ?」
前触れもなしに、涼香は直球で訊ねてきた。
もちろん、彼女が回りくどい言い方をしないのは紫織も重々承知していたので、今さら驚くこともなかった。
ただ、どうなのか、と訊かれても答えようがないというのも正直なところである。
「どうなんだろ……」
そう返すのが精いっぱいだった。
涼香も芳しい答えは特に期待していなかったのか、「そっか」と手で握っているカフェオレ缶を弄ぶ。
「確かに、相手は十歳も年の離れた大人だもんね。そう簡単には揺らがないか」
「それもあるけど……」
紫織はミルクティー缶を両手で包みながら、自らの顎の辺りまで持っていった。
「宏樹君、他に好きな人がいるみたいだから。――ほんとは、朋也から聴く前から何となく気付いてた。
熱を出して寝込んでいる間もね、色んなことを考えてたんだ。望みのない恋なんて、棄て去った方が楽になれるんじゃないか、って。朋也には強気なことを言ったくせにね。
でも、忘れようと思うたびに、宏樹君とばったり、だもん。ほんと、やんなっちゃう……」
そこまで言うと、紫織はミルクティーを胸の前まで下ろしてプルタブを上げる。
仄かな甘い香りと湯気が、同時にふわりと立ちのぼった。
「無理して忘れる必要なんてないんじゃない?」
涼香はそう言いながら、カフェオレを開けた。
「片想いしてたってさ、別に相手に迷惑になるわけじゃないんだし。それに、私はともかく、紫織の場合、相手がお隣さんでしょ? だったら、全く逢わないなんて無理な話だよ。紫織か向こうさん、どっちかが遠くに越さない限りは、ね」
「――うん」
紫織は頷いた。
「ほんとに涼香の言う通りだね。――それこそ、宏樹君が結婚して家を出ないと……」
結婚――
自ら発した言葉に、紫織の鼓動が急激に速度を増した。
紫織にとっては未知なる世界だが、宏樹は違う。
近い将来、充分にあり得ること。彼が自分の好きな人と結ばれてしまったら、本当に手の届かない存在となってしまう。
(好きな人の幸せは願わなきゃいけない。それは分かってる。――でも……)
紫織の全身がカタカタと震え出した。
寒さだけではない。
残酷な現実を目の前に突き付けられた瞬間、平静を保っていられるだけの自信がないと思ったからだった。
「紫織……」
涼香はカフェオレをベンチの上に置くと、紫織をそっと引き寄せた。
いつもであれば、その行為に抵抗するところだが、今は突き放すだけの余力がない。
否、むしろ、紫織の方から涼香に身を寄せていた。
「私、最低だ……」
ひとりごとのように紫織は呟いた。
「宏樹君は私の幸せを願ってくれてるのに……。私は、宏樹君の幸せを手放しで喜んであげられない……」
とたんに、紫織の瞳に熱いものが込み上げてきた。
「……うっ……ううっ……」
必死で堪えようとするも、一度溢れ出た感情は抑えることが出来ない。
胸が痛くて、息も吐けないほど苦しい。
涼香は何も言わなかった。
ただ、嗚咽を漏らし続ける紫織を抱き締め、髪を撫で続ける。
涼香に甘えている自分はどうかしている。
紫織はそう思う半面で、涼香が側にいてくれたことに心から感謝していた。
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