Act.4
公園を出ると、宏樹と朋也は並んで夜道を歩いた。
ふたりの間に会話はなく、ただ、黙々と家に向かっている。
「あ」
突然、宏樹が小さく声を上げて立ち止まった。
「雪だ」
「雪?」
宏樹の言葉を、朋也はそのまま口に乗せた。
「――ほんとだ」
朋也も釣られるように呟き、空を仰いだ。
十一月に入って、初めての雪。
それらは音を立てることなく、ゆっくりと地上へと舞い降りる。
朋也は手を翳した。
すると、雪の欠片は朋也の手に落ち、一瞬にして透明な水となって儚く消える。
やっと掴まえたと思っても、スルリと手から抜けてゆく。
紫織を好きな気持ちは誰にも負けていないはずなのに、それでも、壊れた自転車のペダルのように空回りしてしまう。
「紫織は、見てるかな?」
不意に宏樹が口にした。
朋也は翳している手はそのままに、首だけを動かして宏樹を見た。
「多分寝てんじゃないの? 俺が行った時も、まだ体調が悪そうだったし」
「そっか。ま、仕方ないか」
宏樹はそう言うと、雪降る夜空を見上げた。
生まれたての雪の花は、とどまるところを知らず降り続ける。
今はすぐに消えてしまう小さなそれも、明日になれば、この町全体を白銀の世界へと変えてゆくだろう。
「雪を見るのは嫌いじゃないけど」
宏樹は雪空を仰いだまま口を開いた。
「積もったら大変だな。交通機関は止まるし、車も渋滞するし、ロクなことなんてひとっつもない」
「――いきなり現実的なことを言うなよ」
朋也は眉をひそめて宏樹を睨んだ。
睨まれた宏樹は、微苦笑を浮かべながら肩を竦めている。
「朋也は俺と違って、結構ロマンティストだからな」
「馬鹿にしてんのかよ?」
「いや、褒めてるつもりだぞ?」
「どうだか」
朋也は不満を露わにして口を尖らせる。
それがよほどツボに嵌ったのか、宏樹は側でクツクツと忍び笑いを漏らした。
これでまたイライラが募ったが、ムキになればなるほど宏樹をさらに喜ばせるだけだというのが分かっていたので、奥歯を強く噛み締めながら堪えた。
(このサド野郎!)
口に出しては絶対に言えないので、朋也は心の中で吐き付けた。
そんな朋也の思いを知ってか知らずか、宏樹は突然、流行りの歌を口笛に乗せて奏で出した。
(いちいち腹立つ奴だな……)
朋也は宏樹を一瞥すると、そういえば、夜中に口笛を吹くと蛇が出るとかって言うよな、などと本当にどうでも良いことを考えていた。
◆◇◆◇◆◇
辺りがまだ闇に包まれている頃、紫織はふと目を覚ました。
午前中からたっぷり寝たせいだからだろうか。
目を閉じてみても、なかなか深い眠りに落ちない。
しかも、いつにも増して部屋の冷え込みが激しいように感じる。
「そういえばお母さん、雪が降るとか言ってたっけ?」
紫織はひとりごちると、ゆっくりと身体を起こしてベッドから降り、窓辺へと近付いてカーテンを開けてみた。
と、外の光景を目にしたとたん、口をポカンと開けたまま言葉を失った。
町が白銀色に覆われていた。
屋根も木々も、まるでフワフワの綿菓子を載せられているようだ。
そして、限りなく黒に近い藍色の空からは、白い花弁が軽やかに舞い降りる。
それを紫織は、素直に綺麗だと思っていた。
寒いのはもちろん苦手だが、それでも雪は決して嫌いではないのだ。
(宏樹君と朋也も、この雪を見たのかな?)
ふと、そんなことを思った。
夕方の朋也の行為には驚き、朋也が朋也でなかったような気がして怖かった。
しかし、朋也が、本当は人一倍優しいのは知っている。
だから、これからもきっと、紫織と変わらずに接してくれるであろう。
(けど、朋也に甘えてばかりじゃダメだよね……)
紫織はいつまでも雪空を見つめながら、その先にあるであろう遠い未来に想いを馳せた。
[第五話-End]
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