第五話 泣きたいほどに
Act.1
紫織は目が覚めるなり、身体が熱くなっているような感じがした。
気のせいだろうかとも思ったのだが、頭もぼんやりとしていて食欲が湧かない。
「あんた、熱でもあるんじゃない?」
箸を全く動かさない紫織を心配そうに見つめながら、母親は紫織の額に手を当ててきた。
ひんやりとした感覚が心地良い。
そんなことを思っていたら、母親は「やっぱり」と溜め息交じりに言った。
「紫織、今日は休みなさい。今朝の天気予報でも午後から雪が降るって言ってたし、無理に学校行ったら悪化させてしまうわよ?」
本当は無理をしてでも行こうかとも思っていたが、気持ちとは裏腹に、身体は休息を訴えている。
紫織は素直に「うん」と頷くと、箸を置いて立ち上がった。
一瞬、めまいを感じた。
倒れそうになるのをどうにか堪え、フラフラとおぼつかない足取りで部屋へ戻った。
◆◇◆◇
自室へ戻って来てから、紫織は再び制服からパジャマへ着替えた。
とにかく、一秒でも早く眠ってしまいたい。
そう思いながら、ベッドへと潜り込む。
すると、ほどなくして母親がやって来た。
手には氷水で満たした洗面器を持っており、中には真っ白なタオルが浸されている。
「あとでアイス枕も持ってくるから」
母親は言いながらタオルを絞り、ある程度水分が抜けた状態のそれを、紫織の額へ載せてくれた。
「学校へは今から連絡しておくから。あんたはちゃんと寝てるのよ?」
そう言い残して、母親は静かに部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇
学校帰り、朋也は自分の家の前で紫織の母親と遭遇した。
「あら、朋也君」
紫織母は朋也と逢うなり、満面の笑みを向けてきた。
「こんにちは」
朋也もそれに応えるように、微笑しながら挨拶する。
「こんにちは。お隣に住んでいるのに、朋也君と逢うこともなかなかなかったわね。元気だった?」
「ええ、お陰様で」
「そう、それは良かった」
ふたりで他愛のない言葉のやり取りを繰り返していたが、紫織母は「そうそう」と言ってきた。
「今日、紫織が熱を出しちゃって。午前中に病院に連れて行ったんだけど、ただの風邪だったみたいね」
「え? 紫織、風邪引いたんですか? なんで?」
「あの子の話だと、どうやら昨日、宏樹君と海に行ったらしいのね。だからきっと、潮風に当たってしまったのが原因ね」
(――兄貴と、海……?)
紫織母の言葉に朋也の心の中は、暗雲が立ち込めたようにモヤモヤした。
紫織は別に自分のものではないのだから、こんな気持ちになること自体が間違いだと分かっている。
それなのに、何故か、紫織に裏切られてしまったという不快感を覚えてしまう。
同時に、宏樹への不信感も募ってゆく。
(兄貴、紫織のこと〈妹〉としか思ってなかったんじゃないのかよ……?)
朋也は唇を強く噛み締めながら、肩を並べて砂浜を歩くふたりを想像する。
(胸糞わりい!)
本当は口に出して叫びたかったが、紫織母の手前もあり、それは辛うじて抑えた。
その代わり、朋也は紫織母に「あの」と声をかけた。
「紫織の見舞い、俺が行ったら迷惑ですか?」
「迷惑? とんでもない!」
紫織母は目を大きく開きながら、何度も手の平を振った。
「朋也君なら大歓迎よ! 紫織もきっと、朋也君がお見舞いに来てくれたら喜ぶわよ」
屈託なく言う紫織母に、朋也の口元も自然と綻んだ。
「それじゃあ、早速いらっしゃいな。あ、それとも一度、着替えた方がいいかしら?」
紫織母の問いに、朋也は「いえ」と首を振った。
「着替えていたら遅くなりますし、このまま行きますよ」
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