Act.3

 いつもと変わらない夕飯を済ませてから、朋也は再び自室へ向かった。


 母親には、「ちょっとぐらい、家族と過ごそうって気持ちにはならないの?」と小言を言われたが、宿題があるからと適当にあしらった。

 もちろん、そんなものは方便だ。


 とにかく、朋也は自室に着くなり、一度消した電気ストーブを点火し、学校から帰った時と同様にベッドに転がる。


 夕飯前まで寝ていたせいか、横になっても全く眠気を感じない。

 もしかしたら、本でも読めば眠くなるだろうかとも思ったが、朋也は活字を読むと、哀しいことに睡魔よりも頭痛に襲われる。


(どうしたもんか……)


 ぼんやりと天井を睨んでいたその時、部屋のドアが軽くノックされた。


 また、母親だろうか。


 朋也はベッドに横たわったまま、「ああ?」と無愛想に応答した。


「俺だよ」


 ドアの向こうから聴こえた声は、母親とは全く正反対の低い声だった。


 父親に至っては息子達の部屋をわざわざ訪れることなど滅多にないから、消去法でいくと残るはあとひとりである。


 面倒臭いと思いつつ、朋也は起き上がり、ドアの前まで行って開けた。


 やはり、兄の宏樹だった。


「退屈そうだな」


 宏樹は朋也を確認するなり、ニヤリと口の端を上げた。


「――何だよ……?」


 つっけんどんに訊ねると、宏樹はわざとらしく肩を竦めた。


「そんなにピリピリするな。俺も暇だったから、お前と話でもしようと思っただけだよ」


 宏樹はそう言いながら、朋也にコーラ缶を手渡してきた。

 よくよく見ると、コーラ缶を持っていた逆の手にはビール缶が握られている。


「――酒なら親父と飲め」


 朋也が突っ込むと、宏樹は「まあまあ」と彼の肩を軽く掴むと、どさくさに紛れて部屋に侵入してきた。


「ほら、その辺に座れ」


 朋也の部屋なのに、宏樹は逆に朋也を自室に招き入れたように振る舞う。


(俺の部屋だっつうの……)


 そう思いつつ、気付くと宏樹のペースに乗せられている。


 朋也は畳の上に胡座を掻き、宏樹も同様に向かい合わせに腰を下ろした。


「朋也、訊いてもいいか?」


 未開封のビール缶を手にしたまま、宏樹が口を開いた。


「訊くって、何をだよ?」


 朋也は怪訝に思いながら訊き返す。


 宏樹は自らの顎をさすり、少し考えるような仕草を見せてから、「紫織のことだよ」と言った。


「お前、紫織が好きだろ?」


「なっ、なな……!」


 あまりにもストレートな訊き方に、朋也は目を見開いたまま、言葉にならない言葉を発していた。


「図星だな」


 朋也の反応を見ながら、宏樹はさも愉快そうにニヤリと笑う。明らかにからかわれている。


「わ、悪いかっ!」


 気が付くと、宏樹に啖呵を切っていた。


「俺は誰にも迷惑をかけてねえじゃねえか! 紫織にだって好きだって言ったことはない! どうせ、俺のはただの片想いだしよ!」


「ああ、少しは落ち着け」


 宥めようとしているのか、興奮している朋也の肩を宏樹は何度も叩いた。


「誰も『悪い』なんて言ってねえじゃねえか。――全く、早とちりもいいところだな。

 俺はただ、朋也の気持ちをお前の口から聞いてみたかっただけだ。まあ確かに、お前の過剰過ぎる反応もおも……、あ、いやいや」


 宏樹は言いかけた言葉を、慌てて咳払いで誤魔化していた。

 何を言おうとしていたかは、考えるまでもない。


「とにかく、紫織をそこまで好きならば、もっと頑張らないとだぞ? あんまりモタモタしてると、他の男に持ってかれるかもしれないからな」


「――言われなくても……」


 朋也は力なく肩を落とした。


「でも、いくら頑張ったって無駄なんだよ。――だいたい、紫織は……」


 朋也はそこまで言うと、宏樹を睨んだ。


「ん?」


 宏樹は怪訝そうに首を捻る。


 朋也が言わんとしていることを全く分かっていないのか、それともポーズなのか、宏樹の表情から覗うことが出来ない。


「――何でもない」


 朋也は宏樹から視線を外し、コーラ缶のプルタブを上げた。


「変な奴だな」


 宏樹は苦笑しながら、自らもビール缶を開けてそれを口に運んだ。


(ほんとに食えない男だよ、兄貴は……)


 黙々とビールを流し込んでいる宏樹を、朋也は苦々しく思いながら睨み続けた。


[第二話-End]

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