第91話「世界に光が降り注ぐ」
「追いかけてどうすんのよ!?」
一人城を駆け出し、シュティリケの街に飛び出したラクロにシルヴィアが追いついて言う。
「魔法が効かないの、見たでしょ!? あたしたちにはもう手も足も出ないのよ! そんなの追いかけたって、今度はあんたがやられちゃうだけだわ!」
ラクロは振り返って、凶悪に眇めた目でシルヴィアを見る。
「じゃあこのままじっとしてろっつーのかよ!? てめぇはなんのためにここまで来たんだ、ああ!? セシルを助けるためじゃねぇのかよ!!」
「そりゃそうよ! そうだけど……でも、あんたまで死ぬことないでしょ!?」
「るっせぇ! まだあいつが死んだって決まったわけじゃねぇよ!」
言って、ラクロは建物を壊して進む巨人の方へと駆け出す。
「ちょっと……!」
「待ってください、シルヴィア!」
あとからやってきたテレジオが、銀の巨人を指差す。テレジオの後ろからはエドウィンとジスランの兄弟がついてきていた。
「……なんだか様子がおかしいです」
巨人は破壊の手を止めて立ち止まると、何やら苦しげに胸を押さえて「うう……」と呻き出した。
「うぅ……うううぅ……」
よろよろとその場でたたらを踏む巨人の様子に、ラクロも足を止める。
そして。
「うぁ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
巨人が絶叫し、パァンッ! とその頭部が弾け飛んだ。
「なっ……!?」
間近で見ていたラクロが、驚きに目を見開く。
爆発した頭部は光る粒子となり、キラキラと大地に降り注ぐ。
次いで、パァンッ! と肩が爆ぜた。
「なんだ……?」
その次に、胸が、腰が、脚が。次々と弾け、光の粒子となっていく。
……そして、それは世界中に降り注いだ。
巨人の暴挙に荒れ果てた、シュティリケの地にも。
イルナディオス軍との戦いで苦汁を舐めた、アルファルド王国騎士団のもとにも。
戦争の噂を聞きつけ、出店がすべて撤退したルルセレアの地にも。
アルファルドの王都エンデスにも。
エドウィンとジスランが育った、イルナディオスの城にも。
アメリア王女が疎開している、オルランディーニ公爵地にも。
セシルとラクロが出会った、ルンベックの街にも。
そして……世界に蓋をしていた黒雲が晴れ、あたたかな陽の光が地上を照らす。
巨人が消え去ったその場所に立ち尽くし、ラクロは呆然とその光景を眺めていた。
──その頭上に、一人の少女が降ってきた。
「……!?」
反射的に、受け止めようと手を伸ばした。
……が、重力の加速を受けた人間一人をまともに受け止められるはずもなく、ラクロはバランスを崩して少女の下敷きになる。
輝く空から降ってきたのは、白いドレスを着て、解いた長い銀色の髪を風に踊らせたセシルだった。
胸に痛々しい裂傷をつけたセシルは、目を閉じてぐったりとし、ラクロの上にその細い身体を横たえる。
「……おい! セシル!」
ラクロは上半身を起こし、ぺちぺちとセシルの頬を叩いた。
もう二度とセシルは目を覚まさないのではないか。そんな思いが頭をよぎって──
「ん……」
少女の長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がった。
「ラクロ……?」
銀色の大きな瞳が、ラクロをとらえる。
ラクロは知らず、詰めていた息を吐いた。
セシルはラクロを見ると、ほっとしたように弱々しく微笑んで、
「……大丈夫。大厄災は終わったよ」
と言った。
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