第93話「その後の顛末」

 ──銀色の巨女が光の粒となり、世界中に降り注いだあと。


 王子から王の訃報をもたらされ、統率の取れなくなったイルナディオス軍はアルファルドからの撤退を余儀なくされた。


 しかし、喧嘩を売られた形となったアルファルド王国騎士団は、そうやすやすとそれを見逃すことはできなかった。


 騎士団はイルナディオス軍が自国の国土に到達する前に猛襲をかけ、その数を半数以上減らした。

 そして這々の体でイルナディオス軍が自国に戻ったあと、勢いを緩めることなく敵国に攻め込み、次々と軍事拠点を制圧していった。

 そして、ついにはイルナディオス首都を陥落。


 ──こうして長年続いた二大強国の戦争は、アルファルドの勝利という形で終結した。


 故クリスト・イルナディオスの息子のエドウィン王子は、アルファルドの捕虜となり、王都エンデスの地下に投獄された。


 通常、亡国の王族は死刑に処せられるのだが、エドウィンがそうならずに済んだのには理由があった。


 元敵国の天才魔術師・ジスラン。

 アルファルドを破滅の寸前まで追い詰めた彼は、自身の持つ古代魔術の技術と知識のおかげで生かされることになった。

 ……もっとも、表向きには終戦後に処刑されたことになっていたが。


 シルヴィアから今回のことを聞いたアルファルド王は、ジスランが持つ古代魔術の知識と技術を自国に取り入れようと決めた。

 そこで王は、ジスランに素直に言うことを聞かせるために弟のエドウィンを人質にとったのだった。


 そして、イルナディオスの兄弟は再び地下牢で暮らすこととなったのである──……。


 無断で騎士団を離脱したラクロとテレジオ、そして王の勅命に背いたシルヴィアは、今回の勝利の立役者となったことでその件は不問とされた。


 純粋なアルファルド国民であり国家の要職に就くシルヴィアは、敵の王子を捕虜とし、王の所在を突き止めその首を取った勝利の物語の主人公として仕立て上げられた。


 シルヴィアは、アルファルド王国新聞にて「アルファルドを勝利に導き、戦争を終わらせた英雄」として報じられた。

 ともに戦った仲間の名前は紙面のどこにもなかったが……それどころか、一連の出来事を報じた新聞記事には、「大厄災」の文字すら見当たらなかった。


 王国は、ジスランが起こしかけた大厄災を「なかったこと」にするつもりなのだった。


 元敵国が自国より優れた技術を持っていたことは、国の威信に関わる。

 そのため、アルファルドはジスランの古代魔術に関わる事柄はすべて伏せてメディアに報道させたのだ。


 シルヴィアは自分だけが堂々と取り上げられた全国紙を見て、呆れたようにつぶやく。


「こうして歴史は作られていくのね……」


 ラクロはシュティリケから王都エンデスへと戻ってくると、すぐに街の新聞社を訪れ、自分が今は亡きシュティリケ王族の生き残りであることを明かした。


 記者たちは、すわスクープかとおもしろ半分にラクロの記事を書き、彼の「写真」を新聞に掲載した。


「写真」……それは魔術から派生した新しい技術、「科学」によって生み出されたものだった。それは現実の風景をそのまま紙に写し出す技術である。


 今までも、魔術によって現実の風景を念写することはできた。

 しかし、それは魔術が使える特殊な者に限った話だった。それが技術の進歩によって、誰でもシャッターを押すだけでできるようになったのである。


 まだ写し出すのに時間がかかり、描画の緻密さも魔術師の念写には遠く及ばないが、「写真」を撮るのは一度機材を揃えてしまえば魔術師に頼むよりもはるかに手軽だった。今はまだ機材の値段も高いが、大量生産が可能になればやがて価格も安くなるだろう。


 これはすぐに人々が魔術に頼らなくなる日がくるわね、とシルヴィアは思う。


 ラクロの写真を掲載した新聞は、すぐにアルファルド全土で話題となった。


 全国に散らばった元シュティリケ国民たちは、故シュティリケ王の面影を持つ青年の写真に驚き、喜び……そして、彼こそが我らの新しい王だと受け入れた。


 国民の誇りを取り戻した難民たちは、「もう一度シュティリケの再建を!」と声を上げ、団結して王都エンデスに押し寄せた。


 その様子を見たヴィクトル王は、ラクロにシュティリケ再建国の援助を申し入れた。


 シュティリケの滅亡以来、アルファルドは国内になだれ込んだ難民がもともとの住民と衝突することで起こる治安の悪化や、人口の急激な増加による食糧不足に悩まされていた。

 つまり、シュティリケ王国が再建され、難民が自分たちの国へと帰っていけば、それはアルファルドにとっても喜ばしいことなのである。


 ラクロはヴィクトル王の申し出をありがたく受け入れ、すぐに祖国を立て直すための準備にとりかかった。

 人を集め、荷物をまとめ、そして……王都に戻ってきて二週間も経たないうちに、再びテレジオとともに生まれ故郷のシュティリケの地に帰っていった。


 ──そして、セシル・エクダルは。


 世界で唯一エルフの血を引く娘は、世界随一の巨大国となったアルファルド国家の管理下に置かれることになった。


 潜在的にエルフの強力な魔力を持っているはずのセシルは、国にとって貴重な研究材料であると同時に警戒すべき未知の兵器だった。


 正しく使えばエルフ魔術の研究を飛躍させる可能性もあるが、使い方を間違えれば超危険人物にもなり得る。

 そう判断した王は、セシルを未来永劫国家の管理下に置くことに決めた。


 そして、その管理を任されたのが、国の英雄でもありセシルとの信頼関係もあるシルヴィアだった。


 エルフの魔力を制御するため、そして古代魔術の研究の協力者となるため、シルヴィアの下で魔術を習うこと。

 そして、その一生を王国アルファルドの管理下──メランデル宮殿で過ごすこと。


 そう命じられたセシルは、その運命を受け入れ、王宮でシルヴィアの弟子となったのだった。

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