最終章「新たな時代」

第92話「エンデスの三人娘」

「あ、セシル!」


 交差路ですれ違った少年が声を上げた。


 輝く銀色の髪を高い位置で結い上げた少女が振り返る。

 髪と同じ色の大きな瞳が少年を映し、


「……パトリス!?」


 ぱっ、と花開くように笑った。


 パトリス……ルンベックの街で出会ったシュティリケ難民の少年が、勢いよく駆けてきてセシルの胸にダイブする。


「わぁ、セシルだ! 本当にセシルだ!」


 セシルはその小さな背を抱き止めて、笑顔で言った。


「久しぶり、パトリス! 元気だった?」


「うん! 元気だよ! セシルも元気? 急にいなくなっちゃったから、死んじゃったかと思ってたよ……」


「ご……ごめん」


 セシルは殊勝に言う。


「……みんなは? 元気にしてる?」


「うん! みんなシュティリケに戻ってこられたんだよ!」


「そっか」


 セシルは、ふふ、と小さく笑う。

 よかった、と思う。


(本当によかった……)


 ──銀色の巨女が大暴れしたあの二度目の大厄災から、約半年。


 このシュティリケの地はゆっくりと、しかし着実に復興していた。

 こうして、一度は戦争でこの土地を追われた人々が、再びここで生活を始められるまでに。


「セシルも、これからはシュティリケで暮らすんでしょ?」


 パトリスが訊いて、セシルは曖昧な笑みを浮かべる。


「ぼ……私は……」


「その子はダメよ」


 カツカツとハイヒールを響かせて、セシルの少し先を歩いていた女が道を引き返してきた。


 つばの広い帽子に長い髪をすべてしまい込み、顔の半分を隠すような大きなサングラスをかけた彼女は、


「この子はあたしの召使いだからね」


 そう言って大きなサングラスを外し、エメラルドグリーンの瞳でパトリスを見つめる。


 あ! と少年は驚きの声を上げた。


「『英雄』、シルヴィア・ベルディ!?」


 シルヴィアは赤い唇で笑みの形を作って、「ええ、そうよ」とうなずく。


「うそ、なんで!? なんで英雄……さんがここに? ……ていうか、なんでセシルと一緒に!?」


「ま、いろいろあってね。あたしたち、今日の即位式に参列するのよ。今はお忍びで街に出ててね……だから、今日ここであたしと会ったことは誰にも秘密よ?」


「は、はいっ!」


 緊張した返事にシルヴィアは満足そうに笑い、「あの……」と少年は遠慮がちに口を開く。


「英雄さん……あの、俺と、握手してくださいっ!」


「あら、いいわよ」


 シルヴィアはころころと笑って右手を差し出した。

 パトリスは緊張した動作で手を伸ばし、シルヴィアは苦笑してその小さな手を握った。


「それじゃ、あたしたちはそろそろお城にいかなくちゃいけないから」


 とシルヴィアが桃色の髪を翻して立ち去り、


「あ、は、はい! それじゃ……セシル!」


 パトリスは歩き出したセシルを呼び止めた。

 セシルは振り返り、元難民の少年は大きく手を振って、


「たまにはシュティリケにも遊びにこいよ!」


「……うん!」


 セシルは頷いて、少し先で待つ二人の女子……再び大きなサングラスで顔を隠したシルヴィアと、街娘に変装したアメリアの元へと駆けていった。


 セシルは恨みがましくシルヴィアを見上げる。


「……で、シルヴィア。僕はいつから君の召使いになったの?」


「あーら」


 シルヴィアは傲岸に顎を築き上げて、サングラスの奥からセシルを見下ろした。


「弟子は師匠の召使いみたいなもんでしょ?」


「絶対違う!」


「ち・が・わ・な・い。あんたはあたしの弟子なんだから、これからも王都エンデスでたーんと雑用もこなしてもらうわよ? 元騎士さん!」


「く……!」


 と悔しげに呻きつつ、実際はそこまで気にしていないセシルなのだった。


 アメリアは変装用の大きな眼鏡の下でくすくす笑ってそんなセシルとシルヴィアを見守る。


「今の子、セシルのお友達?」


「あ、はい。難民時代の……」


「そう……」


 アメリアは悼むように数秒間目を閉じると、ぱっと愛らしい垂れ目を開けてセシルを見つめた。


「ねえ、昔セシルが住んでた家はどの辺りなの?」


「え? 僕の家はあの辺り……だったんですけど、今は巨人に踏み潰されてぺちゃんこに……」


「あら……。残念。見てみたかったのに」


「別に、アメリア様の目に入れるようなところじゃありませんよ? 借家でしたし……」


「いいのよ。わたしが見たかったんだから」


「……コホン」


 シルヴィアがわざとらしく咳払いする。


「アメリア様、セシル。そろそろお城に向かいませんと、即位式に間に合わなくなってしまいますわよ?」


 年長らしく威厳を持って、


「こっそりお城から抜け出して、護衛もつけずに街を散策してたことがバレたら面倒なことになりますし……」


「大丈夫よ。セシルとシルヴィアも一緒だもの。でも……あら、もうそんな時間なの?」


 アメリアはおっとりと首を傾げた。


「じゃあ急がなくちゃね。式に遅れるわけにはいかないもの。だって……」


 アメリアはセシルを見てにっこりと笑う。


「久しぶりに彼に会えるんですもの。ね、セシル?」


「……なんですか? その意味深な目は?」


「うふふ♪ なんでもないわ」


 言って、アメリアはスキップで歩き出し、


「あ、ま、待ってください!」


 セシルは慌ててそのあとを追いかける。


「まったくあの子は……! いつまでもお転婆なんだから! こらー! 一人でいくんじゃありません!」


 シルヴィアもぶつくさと親しみを込めてつぶやきながら、女三人は姦しく城へと帰っていく。

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