第74話「外へ」
「俺、軍に入る」
いつものように地下の部屋にやってきたエドウィンに、ジスランは言った。
「……え?」
「ちょっと前、親父殿に言われたんだよなァ。魔導部隊に入れって。まァ、俺、魔術の筋は良さそうだし? 軍に入ったら部屋の外にも出れるし? まァ、それならいっかなって……」
「……ちょっと待ってよ……」
軍?
(そんなの、危ないじゃないか……)
軍事国家であるイルナディオスは現在停戦中のアルファルドとの開戦に備え、ひそかに、しかし着々と準備を進めていた。
軍事拠点を拡大したり、敵の内情視察を行ったり、さらにはひそかにアルファルド国内に軍を送り込むなど、相手国にばれたら一触即発の事態に陥るであろう行為にも手を染めている。
エドウィンには、それほど遠くない未来、二国が再び戦果を交える姿が見えていた。
(だって、それが父の望みだから……)
戦時中に王としての教育を受けた父、クリスト・イルナディオスは、隣国アルファルドへの強い憎しみを植えつけられていた。
エドウィンにはわからない強い感情。
父を、大人をあんな風に歪ませてしまう、戦争という巨大なもの……。
(僕はまだ経験したことがないから、よくわからないけど……。でも、もしも戦争がはじまったら……)
――ジスランも、それに飲み込まれてしまうのだろうか?
「ダメだよ! 軍なんて! 君がもし怪我でもしたら……!」
「……じゃあ、このままでいろって言うのかよ?」
「……え?」
声変わりしたジスランの声は、聞いたこともないほど低くエドウィンの耳を打った。
「お前は、俺にずっとここにいろって言うのかよ?」
「っ……! それは……」
──軍に入れば、この部屋を出られる。
それは、ジスランに与えられた唯一の外へ出る方法だった。
「だって、そういうことだろ」
ハッと笑い、ジスランは吐き捨てるように言う。
「まァ、お前にはわかんねェよな。地上で王子様として大切に大切に育てられたお前には。地下牢で暮らす俺の気持ちなんか……」
「そ、そんなこと……」
「わかるわけねェだろ?」
初めて自分に向けられる兄の冷めた表情に、エドウィンは開きかけた口を閉じる。
「わかるわけねェんだよ。お前になんかに……俺がどんな気持ちで魔術の勉強をしてたかなんて……! どんなに、親父のその言葉を待ってたかなんて……!」
「……ジスラン……」
俯き、震える肩に手を添えようとして、その手を払われる。
「……出ていけよ……」
「…………。わかった」
エドウィンは肩を落とし、静かに地下の部屋を出た。
……エドウィンにはわかっていた。
兄が本当は何を望んでいるのか。
(だって……)
――最初から、部屋の鍵は一度たりとも締められていたことなどなかったのだ。
(もし外から鍵が締められていたとしても、ジスランの魔術なら自分で開けられたはずだ)
それでも、彼があの部屋を出なかったのは……。
(きっと、認めてもらいたかったんだ)
自分を閉じ込めた王様に。
──この世でたった一人の、自分の父親に。
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