第10章「光陰の兄弟」

第68話「秘密の出会い」

 ──彼とはじめて会ったのは、八歳のときだった。


 広い城の中を、エドウィンはひとりで歩いている。


 部屋を移動するときは、いつも世話係のギルバートが一緒だった。

 けれど、さっきふと書斎にいって本を読もうと思ったとき、いつも付き添ってくれるギルバートは部屋にいなくて。


 だから、エドウィンはひとりでこの広い城内を歩いていた。


 いつも大人に連れられて歩く城内は、子供一人では迷路も同然だ。


 いつもはぼけっとギルバートの背中についていっていただけだから、ろくに道すら覚えていない……。


 エドウィンは普段の自分ののん気さにため息をついた。


(自分の家なのに……ここ、どこだ?)


 気がつけば、普段はあまり通らない人気のない区画に出ていた。


(……っと……)


 廊下の端に、あまり装飾のない、言ってしまえば地味で小さな扉があることに気がつく。


 なんだろう、とエドウィンは扉に近寄り、ドアノブに手をかける。


 扉の向こうには、下へと続く薄暗い階段が続いていた。


(地下……?)


 エドウィンのいる地上階の、半分もない照明。

 ふわりと頬を撫でる、不気味に生温い風……


(風? いや……)


 そんなもの、吹いていない。


 生温い風が階下に向かって吹き込んでいる気がしたが、頬にかかる短い髪も洋服も、少しも動いてなどいなかった。


(なんだ……? なんだか……)


 ──呼ばれているような気がする。


 吹き込むように、引き寄せるように、空気がエドウィンを階下に呼んでいるような……。


 少年はごくりと唾を飲み込み、一歩、階段へと踏み出した。


 カツカツと足音が響く。

 階段は長く、下にいくほど照明の数は減っていった。


(城の中に、こんな場所があったのか)


 ちょっとした冒険。

 エドウィンはわずかに胸を弾ませながら、薄暗い階段を下っていく。


 階段が終わると、そこは城の地下牢だった。


(地下牢の裏口だったのか……)


 地下牢を見たのははじめてだった。


 少年は足音の響く石畳の空間を、半分の恐怖と半分の好奇心で歩いていく。


 牢屋には、今は誰も入っていない。


 しかし隣国のアルファルドと戦争をしていたときは、ここには大勢の捕虜が詰め込まれていたという──


 「……っ!?!?」


 声にならない悲鳴を上げた。


 廊下の突き当たりの壁に、二つの目玉が光っていたのだ。


(な……なんだっ!?)


 尻餅をつき、あわあわと口元を引攣らせるエドウィンに向かって、驚いたように目を見開いて、目玉が言う。


「おまえ……エドウィンかっ!?」


「へ……?」


 子供の声。

 それも、エドウィンと同じくらいの歳頃の少年の声だ。


 ガチャリ、と重い音を立てて扉が開く。


(扉……)


 ……そう、そこには扉があった。

 突き当たりの壁だと思っていた壁には扉があり、その真ん中には小さな鉄格子がはめ込まれていた。


 そこから、扉の向こうにいた少年が目を覗かせていたのだった。


 少年が扉から出てくると、鉄格子から明かりが漏れ出し、周囲がわずかに明るくなる。


 奥は部屋になっていた。

 少年の姿が、室内の薄明かりを受けてぼうっと浮かび上がる。


 ──少年は、エドウィンと同じ顔をしていた。


「え……?」


 そこに鏡があるのかと錯覚するくらい、瓜二つの顔。


 栗色の髪に、少し赤みがかった茶色い瞳。低くも高くもない背丈。

 違うものといえば、エドウィンの着ている真っ白いシャツと、彼のくたくたになったそれくらいか。


 唖然とするエドウィンを見て、少年はニヤッと笑った。


「びっくりしたか?」


「う、うん……。君は……誰? どうしてこんなところに……」


 城の中で子供を見たのははじめてだった。

 ましてや、自分にそっくりな顔の子供なんて。


 尋ねると、少年は一瞬だけ悲しそうな顔になり、しかしすぐに人懐っこい笑顔になって、


「俺はジスラン。俺、おまえに会えてすっげェ嬉しいよ!」


 ジスランと名乗った少年はエドウィンの後半の質問には答えずに、


「なァ、中に入れよ! いろいろ話そうぜ!」


「ちょ、ちょっと……!」


 腕をほとんど引っ張るようにして、エドウィンを部屋に連れ込んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る