第9章「戦争」
第61話「別れ」
「あと一時間ってところかしら」
高速馬車の中でシルヴィアが言う。
セシル、ラクロ、テレジオ、シルヴィアの四人を乗せた馬車は、王から指示のあった兵士隊との合流場所・マンダールへと向かっていた。
マンダールは、イルナディオスとの国境付近にある国防上の重要都市だ。戦争時には防衛・攻撃の拠点となる場所のため、街には騎士たちの駐屯施設が置かれている。
都市部からほど遠い国境付近が「街」と呼ばれるまで栄えたのは、このためだった。
――イルナディオス軍が、アルファルドとの国境に向かって進軍している。
アルファルド王国騎士団・兵士隊は全勢力を持ってこれを迎撃、国内への侵攻を阻止する。
本日付けで兵士隊の所属になったラクロ、そして現在ラクロと行動をともにしているセシルとテレジオの三人は至急マンダールで兵士隊と合流し、敵の進軍を阻止せよ。
そう勅命を受けたのが、二日前。
大至急でルルセレアを飛び出した馬車は、あと少しでマンダールの街に着くところだった。
セシルは膝の上で拳を握り締める。
固めた手がぶるぶると震えていた。
――怖い。
国境の街で兵士隊と合流……それはつまり、セシルも兵士隊に交じって前線で戦うということだった。
(怖い……怖いよ……。でも……)
――僕はもう、逃げないって決めたんだ。
カチカチ鳴りそうな奥歯を、ぐっと噛み締める。
(ラクロを守るって決めたんだ……)
ずいぶん遠くまできてしまった、と思う。
セシルはルンベックの街での生活を思い出す。
あの頃の惨めな気持ちを。
父が死んで悲しかった、一人で不安で泣いた夜を……。
(僕は寂しかったんだ……ずっと……)
故郷を、父を――大切なものを失って。
(もう二度と、あんな思いはしたくないんだ……)
銀の瞳に光が灯る。
馬車はマンダールの街に到着した。
「あんたたちにこれを渡しておくわ」
見送りのために馬車を降りたシルヴィアが、ローブの内ポケットから手のひらサイズの縦長の紙を取り出し、三人に手渡した。
それは栞だった。それぞれに違う色の鳥の羽が、押し花のように貼りつけられている。
「……なにこれ?」
「式神よ。緊急の用があったらこれを飛ばして。これに向かってメッセージを言って、空に放ればいいの。魔力がなくても使えるから」
「……わかった。ありがとう」
シルヴィアの整った眉が不安げに顰められる。
「……気をつけてね」
「うん」
シルヴィアは馬車に乗り、窓から顔を出して、
「じゃ、またね!」
……そして、馬車は走り出した。
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